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7-4 狼の逃亡

 眠りの宿屋。それはとても有名な宿屋で安い料金だがそれ以上の接客と料理の提供に力を入れており、様々な冒険者や旅芸人などに良く使われている。


 アルクも冒険者を始めてからは良く眠りの宿屋で寝泊まりしていた。


「そう言えば眠りの宿屋は獣人王朝から始まったんだな……良し!ここに泊まるぞ!」


 アルクは元気よく子供の獣人の後を歩き眠りの宿屋に入る。そして、アルクに続きリラも入るがイレナは警戒しながら眠りの宿屋に入る。


 アルクとリラは冒険者としていろんな宿に泊まった事があるがイレナは違う。イレナは自分の特殊な身分上、宿に気軽に止まることが出来ず、それに加えて修行のせいでクプ二村から出る機会が少なかった。


 ドラニグルでは協力者が偉い竜人だった為、ものすごく高い宿に泊まることが出来。だが今回は協力者がいないため眠りの宿屋と言った安い宿はありがたいのだ。


 アルクは慣れた手つきで二人部屋を二つ取り、ある程度の荷物を部屋に置く。そして、イレナとリラはアルクの部屋に集まる。


「それでこれからの予定なんだが……結構難しいな……」


 アルクは頭を抱えながら言う。


「やっぱりドラニグルと違って協力者が居ないからか?」


 イレナはアルクの悩みの種を見抜き声を掛ける。


「そうなんだよ……まぁ怪しまれない程度に情報を集めるしかない。今は昼だから情報収集に向いてない。夜になれば酒場にいろんな獣人が集まる筈だ。そこで、イレナ。お前の出番だ」


「私か!?」


「そうだ。今のドラニグルは閉鎖的だから竜人は比較的珍しい。その上酒に酔ってるお陰で口が軽いはずだ」


「なるほど……でも……」


「どうしたんだ?」


 イレナは一つだけ自覚していることがあった。


 それは、


「どう会話すればいいんだ?」


 イレナは他人との会話が苦手であった。イレナは今まで会話していたのは自身の母であるクラシスと、師匠と呼べるレイリンだけ。アルクは兄弟子として気軽に接することが出来る。リラは妹弟子として接することが出来る。


 つまり、イレナは自身の家族としか本格的な会話をしたことが無かった。


「安心しろ!竜人は珍しいからあっちから話しかけてくれ筈だ!練習として今外に出ろ!」


 アルクは何か言い返そうとするイレナを無理矢理、宿の外に出す。すると、獣人達は今では珍しい竜人にどんどん集まって行く。


「竜人なんて珍しいもんだな!」


「そうだね……でもどこから来たんだろう?」


「そんな事より話でも聞こうぜ!どっか適当な酒場に連れて行こうぜ!」


 獣人達は見た目が竜人であるイレナに話を聞こうと酒場へ連れて行こうとする。だが、イレナは勇気を出して声を出す。


「あの……あぅ……」


 だが、イレナは突然知らない大勢の獣人に囲まれて何を言えば良いのか考えていなかった。そこへ、イレナは限界だと判断したアルクはイレナに助けようと、イレナの下へ寄って行く。


「すまない。こいつは俺の連れでな……会話が少し苦手なんだ。だからちょっと勘弁してくれないか?」


 アルクは魔法で特徴的だった白い髪の毛と赤い目を青色に変えていた。そのお陰か闇の使徒であるアルクに気付く者が居なかった。


「そうなのか?それはすまない事をしたな……お前ら!ちょっと詰め過ぎだ!退け退け!」


 赤い翼を持った空鳥族の獣人は集まっている獣人達を追い払った。


「すまないね」


「大丈夫さ!それに空鳥族を取り仕切ってる俺の役目でもあるからな!」


 赤い空鳥族の獣人がそう言うと、アルクは顔を見上げる。氏族を取り仕切っている獣人言えば族長に当たる者だ。


 アルクは余りの運の良さに頬が上がるのを我慢しながら獣人に声を掛ける。


 空鳥族とは主に空から地上の警備を任されている兵士が多い。つまり黒暗結晶の闇を影響を受け、腐敗している樹海の一部を遠くからでも発見する事が出来る。


 アルクが話しかけようとした瞬間、獣人は突然「眠りの宿屋」を振り返り、とある部屋の一室を凝視する。


 凝視していた部屋はアルクが寝泊まりしていた部屋だった。そして、アルクも何故目の前の獣人が振り返ったのか理解した。


 それはアルクの部屋から微量ながら殺意を感じ取ったからだ。それと同時に目の前の獣人の力量も測ることが出来た。


「おい、どうしたんだ?」


 アルクはどうにかして獣人の気を引こうと、声を掛け続ける。


「あ、ああ。すまないね。所でどうしたんだ?」


「俺の連れを助けてもらったからお礼をしたくてな。酒場にでも行かないか?それにこいつの会話苦手を治したいんだ」


 アルクの提案に獣人は快く引き受けて、獣人のオススメの酒場へ向かう事にした。


ーーーーーーーーーー


 アルク達と獣人が酒場へ向かった頃、リラは壁にもたれていた。そして、自身の腕を血が出る程に噛み締めていた。


(あの赤い翼……コアだ!)


 アルク達に話しかけていた赤い翼を持つ獣人。それはリラでも知っている空鳥族の族長の名前だった。


 そして、リラにとっては忘れたくても忘れられない獣人。


(あいつが……あいつが村を見つけなければ……)


 夜狼族の村は差別が始まってからは、首都から逃げる様に砂漠のギリギリまで逃げて村を作った。


 だが、それを偶然警備中だった空鳥族の族長であるコアに見つかってしまった。それを機に様々な獣人が夜狼族の村までやって来ては、村を荒らすなどしていた。


 だが、リラは溢れ出る殺意を必死に抑え、冷静になる。このままでは黒暗結晶を見つける計画が台無しになってしまう。


 リラも何か情報を探ろうとするが、アルクに言われた事を思い出した。


『リラは魔法をあまり使えない。つまり俺の様に髪の色を変える事が出来ないから外に出ない方がいい』


 獣人族は人間の様に魔法を使えない。だが、リラは他の獣人よりも優れている所がある。それは鼻と耳の良さだ。


 リラは氣を耳に流し、耳の聴覚を極限まで高める。すると、宿で酒盛りしていた獣人達の話し声が鮮明に聞き取る事が出来るようになった。


 だが、宿で酒盛りしているだけあって、自分の武勇伝を話す者、妻と馬が合わずに愚痴を溢す者、仕事が上手くいかないと言った話が多かった。


 そこでリラは氣をより多く耳に流し、遠くを聞き取ろうとする。目標は陽獅族が暮らしている陽獅族領だ。


 だが、突然氣が消え去り、体から力が抜けてしまう。氣の使い過ぎだ。 


 リラの氣の量は他の獣人と比べ比較的低い。その為、リラは長期の戦いには向かず、短期の戦いに向いている。


 リラは無理に体を動かすより休憩してから動いた方が良いと判断して、そのまま眠りに着いた。


 眠りに着いたリラは久しぶりに夢を見た。いつもはアルクの厳しい特訓やクラシスとレイリンの特訓で気絶するように眠っているからだ。


 そしてリラが見た夢とは5年前に夜狼族の村が人間に襲われていた夢だ。当時のリラは8歳だった。村を襲った人間は盗賊にしては高級な鎧と剣を持っていた。


 それに加えて人数は少数だった。通常の盗賊は10人から20人程で構成されている。そして村を襲うほどの盗賊ならば30人以上いてもおかしくはなかった。それに加えて、夜狼族の大人の攻撃をすべて躱す等の人間離れした身体能力を持っていた。


 リラは夜狼族の人々を助けようと動こうとするが体が動かない。むしろ何者かによって体を揺さぶられている。そして、リラの視界が狭窄していく。リラは視界を戻そうと頭を勢いよく横に振り、再び目を開ける。


 すると、目の前には夜狼族の仲間ではなく白蜘蛛が心配そうにリラをのぞき込んでいた。


 リラは白蜘蛛を安心させようと頭を撫でる。すると、誰かが扉をノックする。


 リラは最初、獣人の兵士が押し寄せて来たのかと思った。だが、よくよく考えれば宿にいるのだから宿の従業員だとリラは考えた。


 リラは部屋の扉を開けて宿の従業員と話そうとする。だが、リラは僅かながら従業員らしき人物が誰かと会話する音が聞こえた。


「本当に夜狼族の生き残りがここにいるのか?」


「はい!実際にこの目で見ましたよ!髪の色が夜色になっているのをしっかり確認しました!」


 リラは従業員の目の良さに驚いた。アルク達と宿に入った時にはローブのフードを深く被り、髪の毛が外に出ない様にしていた。


だが、アルクが宿で受付をしていた時に、獣人にぶつかり一瞬だけフードの位置がずれてしまった。宿の従業員はその一瞬でリラが夜狼族の生き残りと判断したのだ。


 リラはある程度の荷物を纏め、白蜘蛛を背中に上らせて宿の窓から外に飛び降りようとする。その瞬間、獣人の兵士達がアルクの取った部屋に突入する。


「アイツです!」


 獣人の兵士が動くより先にリラは宿から飛び降りて、路地裏に入り姿を眩ませる。


「追いかけろ!捕まえたら一生遊んで暮らせる金が手に入るぞ!」


 獣人の兵士は一攫千金のチャンスを狙い、リラを捕まえるために大勢の兵士がリラの後を追い始めた。

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