6ー54 勇者の計画
アルクの攻撃を紙一重で躱したクラシスは再び魔法を放とうとするアルクに急いで近づく。
「アルク!一旦止めて話し合おう!」
そして、クラシスはアルクの両肩に手を置くと、アルクの魔力を一時的に封印する。
「何するんだよ?あんたに傷を付けれる為に自分で作った魔法なんだから良いだろ?」
「アルク?よく考えてみて?あれ程の大きな爆発を地上近くで放つとどうなると思う?」
クラシスの言葉にアルクはハッとする。確かにあれ程の大きな爆発を地上近くで起こしてしまったら周囲に取り返しがつかないほどの被害を齎してしまう。
「すまん。闇を全力で解放したせいで余り考えられてなかった……」
アルクはそう言うとイレナに謝る。
「いや、元と言えば闇の性質を忘れていた私のせいでもある。それに被害は無かったんだから気にしなくて良い。取り敢えず今日は好きに休んでてくれ。明日からはリラと白蜘蛛、イレナと一緒に訓練するから伝えておいてくれ」
「分かった……あと分かってると思うが黒暗結晶について情報が出たらすぐに教えろよ」
「分かってるわ」
アルクはそう言い、巨大な樹に向かって行った。
クラシスはアルクの中に眠る闇が多きくなっている速度に驚いた。アルクの闇は確かに光の性質に徐々に似ている。だが、その他にもアルクに言っていない事もあった。
それは、
(それにしてもアルクの闇……いくらなんでも濃くなるのが早すぎる)
そう、アルクの闇の異常なまでの成長速度だ。ドラニグルへ向かった時と比べ、アルクの闇の量はクラシスの想像すら超えて増えていた。
(やっぱり黒暗結晶の闇を吸収したせいか……あとで自身の力を封じる魔道具を渡しましょう)
クラシスはそう考えながらアルクの魔法の大爆発で怯え切っている妖精達を落ち着かせるために、しばらくその場に留まっていた。
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聖ミリス皇国のとある部屋のベットの上で寝ていた少年は苦しがっていた。その少年はミリス教によって異世界から召喚された勇者の一人である神谷翔太だった。
『助けて!誰か!』『神よ!どうか!どうかご慈悲を!』『呪ってやる!呪ってやる!神を!この世界を!』
翔太は誰かからの恨みの声に目を覚まし、起き上がる。そして、しばらくすると誰かが部屋のドアを叩く。
「翔太君。入って良いかな?」
部屋のドアを叩いたのは許嫁である巫雪だった。
「あ、うん……入って良いよ……」
翔太は苦しみながらもそう言い、雪を部屋に入れる。そして、何かに苦しめられたのか、汗をかいている翔太を見ると心配する声を掛ける。
「大丈夫?もしかしてまた悪夢でも見たの?」
「そうなんだよ」
翔太が見たと言う悪夢。それは闇の使徒アルクが元々持っていた黒赤刀を奪ってから見る様になった。
最初は燃え上がる村で一人の血まみれの子供が黒赤刀を持ちながら泣いていた夢。
その夢を見た翌日、翔太はミリス教徒に言うと黒赤刀に対して浄化作業を始めた。
ミリス教徒の考えだと闇の長い汚染により、この刀で切られた人々の憎悪が宿っているらしい。
最初は苦戦していたが毎日やる事で、黒と赤の色だった刀が白と赤へと変わり、しばらくは悪夢を見なくなった。
だが、それは一時の安寧であり、再び悪夢を見る事となった。時には血まみれの無数の手が翔太に掴む夢。時には複数人の呪いの言葉をひたすらに浴びせられる夢。
翔太は刀の浄化を再び頼もうと考えたが、やめる事にした。ただでさえ訓練や治療の他にも料理を提供されている身でこれ以上頼むのは図々しいと考えていた。
「やっぱりもう一回浄化を頼んだ方が……」
「大丈夫だ。それに悪夢であろうとも慣れれば大丈夫だよ」
翔太は雪にそう言うと、軽く身だしなみを整え朝食を取るために食堂へ向かった。
翔太達が食堂に着くと、そこには同級生である伊藤蓮司と鈴木梨花、そして異世界召喚で巻き込まれた新谷熊鉄が居た。
「おはよう、翔太。もしかして今日も見たのか?」
翔太が食堂に入って来た事に気付いた蓮司は声を掛ける。
「そうなんだよ……まぁその内慣れると思うから大丈夫だよ!」
「本当か?でもなんだか痩せてるようにも……」
「それは訓練が厳しいからだよ。取り敢えずお腹が減ったから早く食べよう!」
翔太と雪は蓮司と梨花と対面するように座る。
「熊鉄もおはよう」
「お?おう」
新谷熊鉄。翔太達との異世界召喚に巻き込まれた人間。召喚されたばかりは翔太達とは仲良くなろうとはせずに孤立気味になっていた。
だが、闇の使徒との戦いから熊鉄は考えを改めたのか、少しずつ翔太達に声を掛け続けた。その結果親友とまで言わないが仲間と言い合えるほどには関係が改善されていた。
そして、しばらく朝食を食べていると翔太達の指導をしているセイラ=スキルニングが食堂へ入ってくる。
「お前達!良い知らせがある!」
セイラはそう言うと、テーブルの空いている空間に地図を広げる。
「遂に次に現れる黒暗結晶の居場所を見つけた!」
そして、セイラは地図を指差そうとすると、梨花が気になる事を聞く。
「その前に竜人王国ドラニグルに出現した黒暗結晶はどうなったの?」
「その事なんだが……ミリス教徒がドラニグルに着いた頃には全てが終わっていた。聞いた話によると龍と竜人族が力を合わせて黒暗結晶の闇を取り払い、ついでに封印から目覚めた黒龍を撃退したそうだ」
セイラはそう言うと、ドラニグル王国が位置するところを指差す。
「そして何故かドラニグルの王城に闇の使徒であるアルクも居たそうだ」
セイラのその言葉に翔太は立ち上がる。
「アルクが!?もしかして黒龍の復活もアルクのせいだったんですか?」
「その可能性もあるが……どうにも引っかかる所が多いみたいなんだ」
「引っかかる所?それはなんですか?」
「ああ。実はドラニグルでアルクよりも前に別の闇を探知した。それに加えてドラニグル兵の話によるともう一人見たことのない闇の使徒も居たみたいなんだ」
「つまりあの時みたいに別の奴も……」
「そうだ。だから今度は遅れを取らないように朝食を食べたら会議をする。そして三日後に出発する予定だ」
「そうですか……それで?どこに出発ですか?」
「あ!そう言えば言ってなかったな!向かう場所は聖ミリス皇国から西に位置する国」
そして、セイラはそのまま東に指を差す。それは国土の半分が黄色で塗られ、もう半分で緑に塗られている所だった。
「砂漠と樹海に囲まれた獣人王朝アニニマだ!」
獣人の国。蓮司はその言葉を少し嬉しそうな顔をする。隣にいた梨花は少し引きながらも声をかける。
「どうしたの、蓮司?ちょっとキモイよ……」
「だってよ!獣人だよ!耳とかモフモフしてみたいじゃん」
「あ!その事だがレンジ。獣人族は耳を触られるのが嫌いだからやめた方が良いぞ。私も知り合いにそれをやったら殴られたからな」
セイラの忠告を聞いた蓮司は嬉しそうな顔だったが、直ぐに絶望した顔をした。
「まぁそれだけを言いに来た。各々朝食を取り終えたら会議室に集まる様に!」
セイラはそう言うと、食堂を出た。




