僕の灰色の世界
~笛吹誠 大学四年生(二十二歳) 夏~
中学の頃、「天才」というあだ名を持っていた僕は、もうこの世にはいない。
かと言って、僕は命を落としている訳でもなく、ただ単に「平凡」ないち大学生として過ごしている、と言うだけである。そもそも、僕を「天才」と呼んでいたのだって、たった一人の幼馴染しか居なかった訳で。そんな感じで、僕は「ただただ平凡に学生時代を大学四年まで過ごしてきた」。
……と、断言できれば良かったのだろうけど。
結論から言えば、僕自身を「平凡」と形容するには問題無いが、学生時代を「平凡」と表すことは、ちょっと僕にはできない。それは、中学時代に僕が犯してしまったある罪によって、そう言える。「天才」というあだ名と、「たった一人の幼馴染」を失くしてしまった。
そして、今、僕はとある病院に通っている。僕への罰は、こうやって続いていくのだ。
「入院されますか?」
二十二歳、上下リクルートスーツに身を包み、単身地方へ就活に来ていた、夏のことだった。
ここは、N県の端に位置する病院だ。山の中にあるので、小さな病院かと思っていたが、以前看護師達の会話が聞こえてきたときに、地下にベッドの数が二百床あることを知った。そのベッドは、当然入院患者の為のものだ。
そして、今日、今しがた、僕はそのベッドを使わないかと提案されたことになる。
「……は?にゅう……いん……?」
僕は、オウム返しに主治医が放った言葉を呟いた。そして、しばらく押し黙る。
「笛吹さん?あなたの御意思はどうですか?」
待つことに痺れを切らした男性医師は、重ねて入院をするか否かの確認を取ってきた。
「え……。あ、いえ。入院はしたくはありません……。」
僕は、苗字の響き通り、弱々しい返事をした。
ここには、就活の合間に何度か通っている。実を言うと、四度目の診察日だった今日、僕はここで泣き叫びながら大暴れをしてしまった。診察中に部屋から飛び出し、他の患者で溢れ返る待合室を力いっぱい走り、受付の驚いた顔を見る余裕も無く、出入り口の自動ドアを拳で叩いて、外へ飛び出した。
幸いだったのは、外に車は通っておらず、僕は飛び出ても事故に繋がらなかったこと、自分が運動不足なことですぐに息切れし、立ち止まったところを病院のスタッフに保護されたことだった。
外から院内に連れ戻され、部屋に通された僕は、看護師に注射を打ってもらい、ベッドに横にされ、やっと落ち着くことができた。
そして、主治医は僕の入院に対するNOの返事を聞くと、
「そうですか。では、薬を出しておきます。お大事に。」
と、短く言い、僕がいる部屋を後にした。