表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/21

第二一章 永遠に

「んー!ほっ!」

「むむっ!おぉーっ!」

 数日後のタルコナ。杠は新作マジックの練習にいそしみ、アルバイトの九次が、それに付き合っていた。

「どうっすかねぇ、インパクトの方は」

「んー、ちょっと弱いかなー、やっぱ鳩の方が……」

「おや、仕事してるねえ」

 店の奥から出てきたマスターは、今日もタキシードをビシッと着こなしていた。オレンジの間接光により、ワックスで固めた髪が優しく照らされていた。

「いやー、ちょっと自信作なんで、見てくださいよぉ!きゅーじさん厳しくって!」




 幾分か漫画の減った鮫島邸に、鋼は乗り込んでいた。

「おはよう鮫島君」

 玄関から鮫島の元まですんなりと進めたことに喜びつつ、鋼はあいさつした。

 回転椅子をきしませながら、鮫島は振り返った。

「何その本」

「白雪姫の原本」

「それは何かの当てつけかい?エーレンベルクの方?グリム兄弟の方?ていうか、そんなもの日本にあっていいの?」

 鋼は苦笑いをしながら、持ってきた紙袋をガサゴソまさぐった。

 中に入っていた箱を取り出し、鮫島の目の前に突きつけてやる。

「なんだそれは」

 顔にめり込んだ眼鏡の奥から、疑り深い鮫島の目がキョロんでいた。

 鋼は胸を張り、自信満々に言った。

「この間は世話になった。Kindleオアシスだ。遠慮せず、収めてくれ」




 杠のマジックリハーサルはひと段落し、九次と二人、カウンター席に腰掛けていた。

「この前みんな頑張ったから、特別に――何か一つ、好きなカクテルをご馳走しよう」

 マスターはパチンとウインクし、二人から注文を取った。

 さすがの手際の良さで、杠には緑色の、九次には青色のカクテルを作ってやった。




 郊外にある墓苑に、鋼は来ていた。

 鋼に親族はいないが、ここに来なければならない理由があった。


 新道家之墓


 目の前にある墓には、そう刻まれていた。

 桶に汲んできた水を柄杓ですくい、鋼はそっとかけてやった。

 冬は終わりを迎えようとしている。桜に先立ち、梅がつぼみを膨らませている。きっとこれから、喉が渇くことも増えるだろう。

「なあおっさん」

 鋼は一人、物憂げにつぶやく。

「あんたのおかげでオレは、自分に素直になれた――ふっ……なるのが少し、遅かったかもしれないが……それでも、前に進める気がするよ」

「ちょっと」

 そんな願い探偵の後ろから、一言物申す影があった。

「なんで、私死んじゃったみたいな言いぶりなんですか」

「あれ?そう聞こえた?」

 鋼はニヤリと笑い、振り返った。その先には――


 フグのようにぷっくりと頬を膨らませた、興梠泉里の姿があった。


「ひどいんですよ!鋼さん、私が死んだこと、すぐネタにするんですから!」

 泉里はぷりぷり怒りながら、墓の中の新道に行った。手には、買ってきた花が握られている。

 鋼は花を半分ほど受け取り、泉里と手分けして活けた。墓の掃除をして、ピカピカのつやつやにしてやった。

「……ふう。こんなもんか」

 鋼が額の汗を拭ったのを、泉里は嬉しそうに見ていた。

「……あの時の警察官だったんですね」

「あぁ……誰よりも正義感にあふれる警官だった。立派だったよ、おっさんは」

 鋼はいつになく真面目な顔をしている。

「おっさんがいなかったら、オレはお前を助けに行けなかった。物理的にも、精神的にも。それに……オレに、願いをかなえるとはどういうことなのか、教えてもくれた」

「そうなんですね……」




「あれー?」

 カクテルを半分ほど飲んだところで、杠が疑問の声を上げた。

 今日はマスターも一緒に飲んでいる。カウンターの向こうで、透き通るようなカクテルを嗜みながら、杠の声に耳を傾けている。

「そういえば、鋼さんって、『ついに願いをかなえた』って、言ってましたよね」

「あー。確かに、言ってたな、あの後」

 九次も頷き、カクテルをちびちびと飲んだ。

「結局あいつは、何の願いをかなえたんだろうな……だって、これは泉里から聞いた話なんだけど、『死んだ人間を生き返らせて欲しい』って願いは――」

「――ダメなんですよね。ええ、知っています」

 マスターが人差し指を立て、九次の言葉を引き継いだ。

「え?え?でも、泉里ちゃん、確かにあの時、ヤバい状態だったって――」

「――それも知っています」

 マスターは人差し指を強調し、杠の言葉も引き継いだ。

 二人はマスターの一挙手一投足に注目し、出てくるセリフに耳をそばだてた。なんだか、大事な話をする気配を感じたのだ。

「私は、全て神様の仕組んだことだと思っています」

「え――神――」

「どういうことすか?」

「これはあくまで、私の仮説ですがね……おそらく、泉里さんの願いをかなえた時、神様にも予期していなかったことが起きた。泉里さんが、死に近づいた人間を感知してしまう能力を、偶然にしろ、なんにしろ、授かってしまった。このままでは、せっかく生まれなおしたのに、危ない状況にどんどん頭を突っ込んで行ってしまう。それは、神様にも不本意なことだったはずです」

「なるほど」

「でもそれは、泉里の話だ」

「そう、泉里さんの話です。それなのに、当の泉里さんには、もうどうすることもできない。なぜなら、願いを使い果たしているから。だから神様は、彼女にめぐり逢い、彼女の境遇を理解し、彼女が危険に陥った時には、必ず救い出してくれる――そんな人間を、生み出したのだと思いますよ」

 マスターは得意げに言った。

 それが正しいか、はたまた偶然の産物か、私は答えないでおこう。

 しかし、杠と九次はその答えに満足し、顔を見合わせて笑った。

「なるほど!」

「深いな……」




「それはそうと、ねえ鋼さん」

 泉里は少しもじもじしながら聞いた。後ろ手に持った柄杓を、必要以上に撫でつけていた。

「結局あの時――なんて願いをかなえたんですか?」

 聞かれた瞬間、鋼は固まった。

 数秒の沈黙を挟んだ後、そそくさと帰りの準備を始める怪しさだった。

「さあ!帰ろうか!」

「え。ちょ、ちょっと、鋼さん?」




「うんうん……って――マスター、鋼さんが何の願いをかなえたか、言ってないじゃないですか」

「あぁそうだ。それが一番気になるとこだよな。探偵に聞いても教えてくれないし」

 カクテルを飲み干した二人は、口々に言った。

 目下、鋼を取り巻く人々の、一番の疑問だったからだ。

 マスター大きく咳ばらいをして、二人の噂話に終止符を打った。これまた仮定の話だったが、マスターには確信があった。

「二人とも、決まってるじゃないですか」

「「へ?」」

「眠れる美女を起こすのは、王子様のキスだと相場が決まっています」

「きゃー!ロマンチックっすね!」

「いや、それだけで生き返るってのは無理だろ。そんな願い方はない」

「えーっ?じゃ、じゃあ……鋼さんは、どうやって?」

 マスターはふふふ、と笑い、最後にこう付け加えた。

「九次君の言う通り。鋼君は、泉里さんを生き返らせて欲しいとは願っていません。それは泉里さんの人生であり、鋼君の関与するところではないからです。だから鋼君は、神様にお願いしたのです――」

 そう、こればっかりは認めよう。

 マスターの言う通り、あの時鋼は、そう願った。

 悔しかったので、その行為に具体性を持たせてやった。

 だから鋼は、きちんとした(・・)さ。




「ちょっ!鋼さん!逃げないで教えてくださいよ!」

「やなこった!自分で考えろ!」

 泉里は鋼を追いかけ、鋼は泉里から逃げていた。いつかと立場を逆転させながらも、二人は心底楽しそうだった。

 さあ、もう私は必要ない。マスター、締めくくってくれ。


――自分に、泉里さんを愛させて欲しい、と」


「鋼さんのケチ!けちんぼ!」

「なんとでも言え!はっはっはっ!」


永遠(とわ)に」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ