第二話 スライムとゴブリンと初恋
森から帰る途中に僕は不穏な気配に気づいた。最弱モンスターなりの直感と言ったところだろうか。自分の体から一部分を伸ばしセンサーのようにしてあたりを見回す。
何かいる!
僕は急いで自分の軟体ボディをユイの脚に向かって伸ばして、その歩みを止めさせた。
「きゃっ、佐藤さんどうしたの?」
僕は自分の体の一部を矢印のように変形して、何かがいた方向を指差す。そこには人型ではあるが確実に人ではない、そんな獣が立っていた。
「ゴブリン...」
ユイは緊張を含んだ声で呟いて急いで茂みの間に伏せた。
そして彼女は僕の頭をゆっくり撫でながら小声で話しかけてきた。
「実は佐藤さんに伝えないといけないことがあります。今のわたしはスライムをテイムすること以外何もできないのです」
「なのであの子が襲ってきたら佐藤さんが一人で戦わなくてはいけません。ごめんね、佐藤さん」
そう涙目で伝えてきた。明かされた衝撃の真実であったが、泣きそうになりながら流耐えてくる美少女を前にしては僕は何も言えなかった。
そしてやはりこういう時に限って人というものは運が悪いものである。
このときの僕は知らなかったことが三つある。一つ目は、ゴブリンは獲物を狩るためにそこそこ嗅覚が良いらしいこと。二つ目は、この森を抜けた先には崖があってそこから吹き付ける風のせいで僕たちのいるところはゴブリンから見て風上に当たること。
この二つを総合するにすなわちゴブリンからすれば僕たちの発見は容易であったのだ。
「ウヴォオウオウオウ!!!」
獲物を見つけた喜びだろうか、僕たちを見つけたゴブリンは僕たちの方に興奮気味によだれを垂らしながら近づいてくる。
発見されたらそれすなわち戦闘か逃走。たかがスライムたる僕と、少女たるユイからすればどちらを選んでも死の香りは濃厚であった。
戦えば僕は死ぬとしても彼女が狂った脳みそをしていたとしても、まだ人生をまっとうしていない小さな女の子を見捨てて逃げるわけにはいかなかった。前世で地球に住んでいた僕がそうするには悪人度が足りなかったし、気も小さすぎた。
まあ仕方ないか、僕は2回目の人生だし。僕はそんな妙な諦めの良さと変な無常観に突き動かされた。どこかの主人公のようにやれやれと思いながら、少しでもユイの元にいかせまいとゴブリンにまとわりつく。
「佐藤さん!」
ユイは驚きの顔で僕の名前を叫んだ。
そして先程僕が知らなかったことが三つあると述べたのだが(具体的には段落7個分上で)、まだ二つ目までしか教えていないことを思い出してほしい。
ここで三つ目、僕はどうやら僕が思っていた以上に強かったということである。
僕がゴブリンにまとわりつくと、ゴブリンは急に苦しみ始め、狂乱気味の声を上げ始めた。
「ア"ア"""ウ"ア""ア""アあぁぅぁぅあぁあうぅ...ぅぅぅ」
そしてゴブリンは苦しみながら地に伏して息絶えた。
「佐藤さんすっごーい!」
自分でもびっくりである。
ユイは顔に先程までの涙の後を残しながら僕に駆け寄り抱きしめる。
「キュー(ぐへえー)」
僕はわざと苦しそうな声を上げる。照れ隠しである。なにせ僕はスライムボディで、抱きしめられると柔軟に形を変えてしまう。何が言いたいかというと彼女のボディにピッタリくっつき、発達途上の胸であったりとか少女らしい柔らかい体つきだとかがはっきり知覚できてしまうのである。正直、すごくドキドキする。
先程までのしおらしい雰囲気はどこへやら彼女は興奮気味に光悦とした表情で僕に声をかける。
「佐藤さん、わたし君のこと好きになっちゃったかも...」
「キュ!?(ホントに!?)」
僕が告白されたのなんて生まれて初めてだ(前世通算)。しかもこんな美少女。いやでもでもでも冷静になれ。普通、人間がスライムになんて告白するだろうか。これは何かのミスリーディングイベントに違いないのだ。僕がその気になったところで何か僕を奈落へ落とすような何かがあるに違いないのだ。予感は別の意味で的中する。
「だからねえ、佐藤さんのこと.....
.......食べていい?」
僕がキュという鳴き声を上げる暇もなくユイは僕の頭にかぶりついた。
痛い!痛い!痛い!僕のぷにぷにボディに歯がすごく食い込んでいる痛みを感じる。
頭が!頭が!ちぎれるー!
僕は声にならない悲鳴をあげる。
一度くらいつき満足した彼女は僕に言い放つ。
「佐藤さんてあんまり美味しくないね、でもこれで佐藤さんとわたしは一つになれたよね」
先程より一層とろんとした目を僕に向けつつ、彼女は妙に艶めかしい声色でそう言った。
こいつまじで頭おかしいのではなかろうか。僕の想いはただただそれだけであった。
そしてどこか初恋をしているウブな少女のような恥ずかしがり方をして僕に問いかける。
「スライムと人間の恋って成立すると思う?」
「キュパパ(無理だろ)」
即答である。
先程までの抱きつかれて告白されて少し宙に浮かされていた僕とは違い、今の僕はとても冷静だった。彼女にとって惜しむらくはその発言は僕の頭に噛み付く前にしておくべきだったということに尽きる。
彼女はなぜか僕に口づけをする。
「うんうん、そうだよね!愛さえあれば種族なんて関係ないよね!」
あいも変わらずスライム語なんて通じていないこの美少女には何を言っても無駄なのであった。