第一話 スライムと召喚とサイコパス少女
「ではあなたの新しい人生が実りあるものとなることを願います」
よくある異世界話しと同じく例によって、超常の存在の手違いで僕は死んだらしい。天使が語るには「あなたは手違いで死んだ」ウンヌン、「お詫びに特別な能力で異世界に転生できる」カンヌン。もっとも当事者の僕からしてみればその原因なんて割とどうでもよく、異世界に転生するできるということに興奮し感動していた。
そしてなぜかこのときに限って『スライムになって平々凡々な異世界生活を楽しみたい』なんて殊勝な気持ちになってしまった。今思えばなんやかんやで動揺していたのかもしれない。こうして僕は転生した異世界でスライムになった。
思えばこれが僕の誤りの始まりであったのだ。このときに大人しくチート能力をもらっておけばよかった。
転生した僕は一人の少女に召喚された。そこから語ろう。
ただしこのときこの天使が「謙虚な転生者さんにちょっとだけおまけをあげましょう」なんて呟いていたことには全く気づきもしていなかった。
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"スライム召喚"
そう頭に響き僕は召喚された。目の前に立っていたのは年端もいかない少女でとても可愛らしい子だ。白髪のショートカットでクリクリした二重、控えめに見ても美少女だった。
召喚転生パターンかあ、そう得意げに頭の中で転生の種類を分類した僕は目の前の少女にとりあえず挨拶しなければと思い、
「キュピピ!(こんにちは)」
僕は挨拶をしたつもりだったが、当たり前といえば当たり前。スライムは人間と同様の発声器官などは持ち合わせてはいなかった。発することができたのは間抜けなハムスターのような鳴き声だけ。むしろ相手の話が聞き取れるだけマシと言えるだろう。
「きゃあ!かわいー!」
女の子はそう言って僕のぷるぷるした頭を撫でる。その手は小さくほんの少しだけ暖かく、心地よいものだった。
「キュピピピッ!(よろしく!)」
ちょっとだけ緊張して声が上ずってしまったが仕方がない。なにせ前世では女の子とこんなに触れ合うことなんてシャイな僕では考えられなかった。特にこんなかわいい女の子とは。もちろんスライムのそんな心情なんて察するべくもなく、少女はひとしきり僕の頭を撫ぜると満足したようだ。そして僕の名前を考え始めた。
「そうだなあ、じゃあ名前は『佐藤さん』ね」
「キュパ!?(!?)」
「そんなに喜んでもらえるなんて嬉しいなあ」
「キュピピピピパ...(もうちょっとスライムっぽい名前がいいです...)」
「あっ、そうだよね。わたしまだ自分の名前言ってなかったね」
「キュパパパパパピピ...(全然言いたいことが伝わってない...)」
スライムのキュとパ行の音だけで複雑な人間の文法を表せるはずもなく、僕は虚しい思いを胸にしまう。
「わたしはユイっていいます。よろしくね、佐藤さん」
まさか異世界に来てまでこんな日本風の名前をつけられるとは思ってもみなかったが、なにせ異世界であるしまあこっちの世界でもこういう名前が普通なのかなあとも思った。
ただこのときはちょっと変わった子だなあ、とだけ思っていた。”このときは”だ。
「佐藤さん、わたしはお腹がすきました。一緒にご飯を取りに行こう」
僕は特段お腹が減ってはいなかったが主人が空腹だというのなら行かないわけにはいかない。このときの僕には健全な召喚獣の志と使命感があったのだ。
森に入るとすぐに怪しげなキノコが見つかる。どう怪しいかといえば一眼見て毒キノコだとわかるぐらい。
「うーん、このキノコ食べれるのかなあ?ちょっと佐藤さん食べてみてよ」
「キュパ!?(!?)」
え、僕これ食べないといけないの?冗談だよね?
「ほら」
ユイはさっきと変わらない声色でユイは僕の体にキノコをつっこんだ。
「キュピピピピ!?(なにするの!?)」
僕の体の色が紫に変わる。これ
「キュ...キュ...パ...ァ↑(あ"...あ"...あ"っ"..あっ↑)」
そして断末魔をあげあっけなく僕は死んだ。でもなぜか意識はあった。スライムはどうやら死んでも生きながらえることができるようだ。仮死状態ってやつだろうか。とはいえこの状態では動くこともできないし、どうしたらいいかわからない。
「佐藤さぁぁぁぁぁぁん!?うわああああああ!?佐藤さん死んじゃやだぁぁぁぁあああああ!
「悲しいよお。佐藤さん死んじゃった......」
「佐藤さぁん...ぐすん...」
「ひっくひっく...」
「ぐすんぐすん...」
「ぐすん...」
「...」
「新しい佐藤さん作らなきゃ...」
ええ...この子やばいやつだ...、と僕がドン引きしながら気づいたのはやっとこさこのときだった。ちゃんとした定義は知らないがこういう人のことをサイコパスというのではなかっただろうか。
「スライム召喚」
ユイはそう呟くと宙から青色のぷよぷよした塊が現れる。客観的に見るとスライムってこんな感じなのか。どうしようもない僕はすっかり他人事だった。
出てきたスライムは僕を見つけると一目散に駆け寄ってくる。怖い怖い!ちょっと待って!
心の声なんて届くはずもなく僕を無慈悲に飲み込んだ。身体中に肉がまとわりつくような不思議な感覚を覚える。
そして僕は再びスライムとして生き返った。
「佐藤さん?もしかして佐藤さんなの?」
ユイはなぜか僕が『佐藤さん』であることに気づいたらしい。まだまだこの世界は未知が多い。
「キュパパ!(そうだよ!)」
「ほへー、スライムさんたちってそんなことできるんだ...すごーい!」
面と向かって褒められちょっと照れくさかったので僕は体をぷるぷる震わせる。
「じゃあ次はこのキノコね!」
ユイはさっきとは違うキノコを僕の新しい体に突っ込んだ。
「キュピ!?(また!?)」
僕とユイがようやく食べられる食料にありつけたのはユイが5回ほど新しいスライム召喚したときだった。
このとき僕にはある思いが芽生えていた。
『こいつから早く逃げださないと!』
残念ながら当然と言えるだろう。