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短編集

カラオケに行こう!(娘と)

 今、まさに今だ。

俺は今、今まさに、よりによって今、人生最大の試練を迎えようとしている。


「父よ、私にカラオケを教えてくれ」


 今年で高校生になる娘からの突然の要請。

俺は娘から何かを教えて欲しいと言われたのが嬉しくて、つい快諾してしまったが……


(カラオケなんて……俺もまともにしたことねえ……)


 身の程を知らないというのは、まさにこういう事を言うのだろう。

反抗期が抜け始めた娘から、一緒にカラオケに行こうと言われたのだ。

そんなの行くしかない。だが俺はカラオケなど友人に無理やり連れていかれた程度。

 しかも当然ながら、最近流行りの曲なども全く知らない。

九十年代に流行った曲なら歌えなくも無いだろうが……


「父よ、どうした? 顔色が悪いぞ」


「あ、あぁ、いや、そんなことないぞ」


 ちなみに俺と娘はすでにカラオケBOXの中。

どうする、カラオケを教えるって何から始めればいいんだ。


「では父よ、私はドリンクバーに行ってくる。何がいい?」


「あぁ、じゃあウーロン茶で……」


「わかった。しばし待たれよ」


 部屋から出ていく娘の後ろ姿を見送り、俺は速攻で携帯で友人に連絡。

頼れるのは奴しか居ない。自称カラオケの王、蓮実(はすみ) 廉太郎(れんたろう)


『うーぃ……もすもす……』


「あぁ、廉太郎……今大丈夫か?」


『別にいいけど……どうした……』


「実は……」


俺は廉太郎へと、娘からカラオケを教えて欲しいと言われたがどうしようと相談。

正直、カラオケ機器の使い方すら良く分からん。


『成程……だがまあ娘も初心者なんだろ? そんなに難しい事を教える必要もないだろ……』


「そうなんだが……俺は何が難しいかも分からないんだ。教えてくれ、まずは何を教えるべきなんだ」


『……あぁ、まずは……う』



「戻ったぞ、父よ」



 娘が部屋へと帰還すると同時に通話も切ってしまう俺。

しまった、どうしよう。廉太郎は何を言いかけていたんだ。


(まずは……“う”……う、う……うさぎ! そうか、廉太郎はウサギのように耳を大きくしろと言いたかったんだ!)


 いや、まて。

奴は俺の事を何だと思ってるんだ。


「父よ、ではカラオケを教えてくれ。まずは何をすればいい」


「ぁ、あぁ、そうだな……とりあえずは……うさぎだ」


「……ウサギ?」


そう、兎……。


 沈黙する娘。何か痛い目線が注がれているのが分かる。

きっと、コイツは何を言っているんだ、と思っているに違いない。

まあ、俺も自分が何を言っているのか分からないが……


「成程。ウサギのように……のびのびと歌えということか」


おぉ、なんか納得してくれた。

うん、まあそれでいいや。


「その通りだ、我が娘よ。最初から難しい事を考える必要はない。習うより慣れろだ」


言いながら、カラオケの選曲する奴っぽいタブレットを手渡す俺。

さあ、どんどん歌うのだ、我が娘よ。


「……父よ、まずは父が歌ってくれないか? いきなり歌えと言われても……流石に気恥ずかしい」


「ぁ、あぁ、まあ……そうだな……」


っく、どうする。

何を歌えばいい? まあ娘も、自分の父親が最近の流行りの曲を歌えるなんて思っていないだろう。

ここは多少時代が違っても、まともに歌える曲を選曲すべきだ。


 タブレットを操作し、九十年代のカテゴリーから曲を選ぶ俺。

懐かしいタイトルが並んでいる。どれも俺が中学から高校にかけての青春の曲。

題名を見るだけであの時の記憶が蘇ってくるようだ。


(ん……? この曲……)


【LOVEクマ 作詞・作曲 DJシロクマ】


俺とカミさんが初めて出会った時。

無理やり廉太郎に合コンに拉致され、二次会で入ったカラオケで……カミさんとディエットした曲だ。


あまりの懐かしさに、俺はつい……その曲を入れてしまう。

だがまあ大丈夫だ。カミさんとディエットして以来、この曲は死ぬほど聞きまくった。


 流れ始める伴奏。

あぁ、そうだ、いきなりディエットしろと言われて……混乱する俺をカミさんがリードしてくれて……


なんて懐かしい……


(ってー! 出だし……出だしどんなんだっけ?! ド忘れした! 思いだせ、思いだせ!)


 まるで死へのカウントダウンのように、刻々と近づく歌い出し部分。

モニターに歌詞が表示され、もう……もう始まってしまう!


あぁ、神よ、カミさんよ、俺に……俺に出だしの音程を教え……


 と、その時携帯から着信を知らせるメロディーが鳴り響いた。

俺は咄嗟に携帯を取り、曲を取り消して電話に出る。


(た、助かった……っていうか誰だ……)


『おーい、途中で切るなよー、寂しくなっちゃうだろうが』


廉太郎……!

我が友よ!


「あぁ、すまんすまん……」


廉太郎と通話しつつ、娘にちょっと電話してくるとジェスチャー送りつつ、部屋の外へ。

マジで助かった……あと少しで沈没する所だった。


 部屋の外で壁にもたれかかりながら通話する俺。

周りからは熱唱する歌声が聞こえてくる。


「悪いな廉太郎……娘が突然戻ってきて……つい切ってしまった」


『あぁ……別にそれはいいけど……さっき言いかけた事なんだが……』


「ウサギだろ? 分かってるって。ウサギのように、のびのびと歌えとお前は言いたかったんだよな」


 沈黙する廉太郎。

なんだ、どうしたんだ。餅が喉にでも詰まったかか?


『ちっげーよ! なんだその妙ちくりんなアドバイスは! 俺がそんな意味不明な事いうと思ったか!』


うん


『アンポンタン! さっき言いかけたのは……歌の選曲に気を付けろって事だよ。初心者はどれが難しい曲なのかすら分からん。いきなり難しいの入れて自信無くさせるなって言いたかったんだ』


成程。

流石は廉太郎だ。

しかしどの曲が難しいかなど……俺も分からんのだが。


『お前の娘、今年で高校生だろ? 高校生に流行ってる曲の中で歌いやすいの教えてやるよ』


マジか、お前……神か!

カミさんか?! むしろお前が俺の奥さんだったのか?!


『ちげえよ。というわけで……LUNEで送ってやるから。娘と二人で聞いてみろ』


 数分後、無料コミュニケーションアプリ、LUNEに廉太郎からいくつか流行りの曲の題名が。

確かに題名だけなら俺も見た事あるな。テレビでやっていたのかもしれない。俺でも知っていると言う事は、娘は間違いなく知っているだろう。よし、この曲をストアで買って……


「父よ、まだか?」


 突然扉を開けて様子を伺ってくる娘!

びっくりするじゃないかっ。


「すまぬ。待ちくたびれたぞ。早く歌おうじゃないか」


おお、娘はやる気満々だ。

そうだな、まずは楽しく歌う所から始めよう。


「ところで父よ。誰と話していたんだ?」


「ん? あぁ、俺の知り合いにカラオケに詳しい奴がいてな。高校生に流行ってる曲というのを教えてもらった。知ってるか?」


 俺は娘へとストアで買った曲を見せてみる。

すると娘は途端に目を輝かせ始め、自分の携帯にもダウンロードさせてほしいと言ってきた。

おお、こんな嬉しそうな顔を見るのは久しぶりだ。最近は……まともに会話すら出来ていなかったからな……。


「しかし私に歌えるだろうか……このアイドルのように……」


あぁ! 自信を持つのだ、娘よ!

とりあえず俺が手本を見せてやる!


「いいか、我が娘よ。言っちゃなんだが……最近の曲など俺は全く知らん。だから何だ! カラオケで一番大事なのは……先程も言った通り、のびのびと歌う事だ。ウサギのように!」


まあ、そのアドバイスは勘違いだったんだが。


「まずは恥を捨てよ。この狭き部屋の中で、俺は今だけ……アイドルになる!」


ビシィ! と胸を張りつつ曲を予約し、俺は俺の生きざまを娘に見せつける為に歌い始める。

ぶっちゃけ、音程など全く分からない。

だから何だ。俺は娘の為に……恥を捨てる!


「幾千のー……戦場を越えー……ケルベロスの心臓に、今、子猫が爪をたて、悦に浸るぅーっ!」


やばい、なんか気持ちよくなってきた。

全く知らんと行った手前、遠慮なく音程外しまくる俺。

だがこれでいい。まずは楽しく歌う事! これぞカラオケの神髄なり!


「フフゥ、どうだ、娘よ。父の歌声は」


曲を歌い切り、娘を見ると……


「ん? あぁ、中々の歌声だったぞ、父よ」


ってー! イヤホンつけて音楽聞いとるやんけ!

父の歌声聞いてなかったやんけ!


「いや、聞いてた聞いてた。絶望感はひしひしと伝わってきたぞ、父よ」


絶望感……!

まあ否定はせんけども……音程外しまくってたし……。


「しかし父の言わんとしていた事は理解したつもりだ。次は私の番だな」


いいつつ曲を予約する娘。

お、先ほど廉太郎に教えてもらった曲だ。

某シンガーソングライターのヒット曲。

街を歩いていれば誰でも耳にするほど有名な歌だ。


「では父よ……聞いてくれ」


 何処かで聞いたことのある伴奏が流れる。

そして今まさに歌い出さんと大きく息を吸い込む娘。


そうだ、娘よ。恥をすてよ。まずは楽しむことが大切なり……!


「夢ならば……」





 ※





「お会計二千九百八十円になりますー」


会計を済ませ、カラオケを出る俺と娘。

あれから娘は二時間、見事に歌いまくった。

歌の方も中々どうして、十分に上手かった。


「父よ、ありがとな。実は友人にカラオケに行こうと誘われていて……どうしても予習しておきたかったんだ」


「あぁ、まあ……あれだけ歌えれば十分じゃないか? 少なくとも俺よりは上手い」


店の駐車場、俺の車が停めてある場所まで来ると、眩しいほどに月が街を照らしていた。

なんだか清々しい。思えば……思い切り声を出した事など最近無かったからな。


「父よ、どうした?」


「……いや。今度は母さんも誘って……三人で来るか」


「それは良い。母もカラオケ好きだと以前言っていたしな」


そうなのか。

俺はカミさんとカラオケに行った事など……本当に合コンのあの時以来なんだが。


「あぁ、母が言っていたぞ。父の歌はマジでヤバかったって」


って、ちょっと待て。

お前……俺がカラオケ下手って知ってて、教えて欲しいなんて言ったのか?!


何故だ、何故そんな事を……!



「だって……母だけズルイじゃないか。私だって……父と一緒にカラオケがしたかったんだ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 娘のために必死になるお父さん、可愛かったです。 オチがほっこり!でした! 娘もかわいい。
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