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代償

作者: トミネ

「あんまり無理すんじゃないよ、アンタにゃ世話になりっぱなしなんだから」

「あはは、大丈夫よ。辛くなったらいつもみたいに休ませてもらうから」

「ああ、そうしな」

「まったく、アンタみたいな気さくな人が、元貴族様なんて信じらんないねぇ」

「本当に。こんなにいい人を…お国は本当に信用ならんね」

「またそんな事言って…私は此処で過ごす事が出来て幸せなのよ。あっちにいた時より今の状態が幸せなんだもの、感謝しているわ」


 クレアは元貴族の女性だ。今は、ある国の端に在る田舎の村に居る。その理由は、彼女の身体に刻まれた、生活が不自由になる程の深い傷にある。その傷を癒す為として田舎暮らしを命じられた訳だが、当たり前だがそれは建前。現実は貴族という身分を剥奪され、修道院にも行けず、農民として地方の、貧しい村へと追放されたのだ。証拠隠滅として。

 彼女にそんな傷がついたのは、今から10年程前になる。背中の左肩から右太腿まで達する斬り傷と、内臓に達する下腹部刺し傷は、現王と現騎士団長によるものだった。当時は生きている事が不思議な程だったが、現在は傷と後遺症による生活の不便さがあるものの、本人は至って元気で、その事を気にも留めていない。寧ろ面倒な貴族ではなくなった今を、思う存分謳歌している。しかし、貴族の女性を、王族と騎士が傷モノにした事実は、世間を動揺させる。それを恐れた人間によって、彼女は傷が癒える前にこの地へと飛ばされた。家族と王族の人間に。そのお陰で、クレアの家は爵位が上げられ、王となる人間も王と成れたのだ。自分もその周りも幸せになった。だから彼女は恨みも何も持たずに楽しく暮らせているのだった。






「陛下、如何致しましょう」

「このままでは我が国に攻め込まれかねません!早く国境へ軍を派遣せねば!」

「どうかご決断を!」

「派遣は構わないが、その場合その村はどうなる。戦場になる可能性が高いのだろう?」

「それはそうですが、元々数十人の小さな村です、万が一が起きたとて被害は最小限になります!」

「…成る程」

「それでこの国の民の多くが救われるのです!」

「…分かった、トレヴィルに伝えよ。そして私も行くと」

「な!?何をお考えです、それでは…」

「マーガレットが居るではないか。アレであれば私の留守は務まる」

「ですが!」

「お前たちは言ったな、村は戦場となると。その犠牲で多くの者が救われると。ならばそれを見届けるのが私の役目だ、その場の者も私の国の私の民だ。異論は認めぬ」


 エリュシオン・ディズハイネは王となった。前王の隠し子で、幼少期は街で一般の人間に混じって生活していた。本人は全く知らなかった訳だが、革命が起こり、本人が革命軍によって担ぎ出され、革命が成功し、彼は王となったのだ。子供だった彼はそこから王と成るべく、毎日を過ごした。そして民の気持ちを汲める良君となった。そんな彼が唯一の汚点とされているのが、クレアを刺した事だ。民に知られているわけではないが、当時を知る人間の記憶を消すことは出来ない事件、事故である。

 クレアを刺したのは決してワザとではない。だが、本人も、そして彼の周りも、王と成る人間の歴史にあってはいけないものと理解していた。だからこそ、彼は彼女を迎えようとした。しかし、それは叶わなかった。彼女の刺し傷は、子供を産む身体には負担が大きいものにしてしまったからだ。産めて一人、そして母体も保つか分からない。そんな彼女に、正室も側室も務まらないと、周りは彼女を彼から遠ざけようとした。そして、結果、地方の村へと遠ざけたのだ。






「トレヴィル様、陛下より出陣の命令が出ました!」

「…そうか、分かった」

「隣国の不穏な動きを逐一報告しておいて良かったですね!」

「これで勝てば我々はまた英雄ですな!」

「トレヴィル様が既に英雄なのだ、貴様に英雄は向かんよ」

「違いない!」

「…俺が英雄、ねぇ…」

「そうです!トレヴィル様はこの国の英雄です!」

「陛下と共に、我が国の双翼の英雄です!」


 トレヴィル・ネーデルトラウトはとある国の騎士団長だ。英雄と呼ばれる彼の剣の腕は、この国随一と呼ばれ、彼自身も自負している。しかし彼は元々、盗賊だった。出生も何もかも分からない彼は、偶然剣の腕を買われ、この国の革命軍の一員と成り、エリュシオンと共に革命を成した。その功績を讃えられ、後見人を得、騎士団長にまで上り詰め、良家の姫を妻にした、騎士達憧れの存在である。そんな彼にとっての汚点は、クレアを斬った事だ。エリュシオンと同様に、知られている人間は限られているが、彼自身も消す事の出来ない記憶となっている。

 斬った事はわざとではなかった。エリュシオンが参加する、ある貴族の夜会に護衛として赴いたのだが、その時賊が侵入したと知らされ、見つけたとして切った相手がクレアだったのだ。その際、エリュシオンも彼女を刺したのだった。

 当時未だ騎士団長ではなかった彼は、責任を取ろうとしたが、クレアの家族がそれを止めた。彼を騎士団長として引き立てると同時に、後見人と家の爵位を上げるようエリュシオン達に告げ、同意を得た事で、クレアの事は無かったことにする事となり、トレヴィルは実力と権力を手に入れる事となったのである。






「…言う通りになったな」

「あぁ、そうだな。だがあの村はクレアが居る村だ。よりによって…クソッ!」

「その村を犠牲にしろと、よくもまぁアイツらは言えると反吐が出そうだった…!」

「…筆頭は、俺の後見人様だろ?アイツは自分がのし上がるためにクレアを利用して、それで今回も見捨てる事を躊躇わない」

「そうだな、マーガレットは自身の親戚の娘だし、ローズに至ってはクレアの妹だ、どうしても自分が国を操る力を得たいのだと分かるものを、惜しげも無く披露してくる」

「二人とも良い女だよ。マーガレット様は国母として、ローズも騎士団長の妻として、自分の責務を務めている。そしてクレアの事を分かっていて、黙っている」

「あぁ、二人も被害者だな…」

「だからこそ、俺たちが守ってやると決めたんだろう?クレアに出来なかった分を…」

「…そう、だな…」

「今回の戦いは負けられない。お前も行くのだと聞いたが、俺はお前を守ってやれない」

「分かっている。村の被害を抑えたい、可能であれば村の人間を逃がしたい、無理なら守ってやりたい。そう、思っている」

「…分かった、ならばその通りに戦おう。俺も、お前と同じ考えだ」






 平和だった村は、直ぐに火の海になった。急にやって来た盗賊は、次々に火を放ち逃げ出した人々を次々に殺していった。しかしそんな中で一人の女性が、村人を一人でも救おうと逃がしていた。美しい金色の髪が焼け切れても、迫る炎に怯む事なく、自国の騎士達が到着するまで。

 自国の騎士達が到着すると、直ぐに沈静化した。しかし村は全壊、死体もあちこちに転がっていた。隣国との戦いを想定して来た彼らにとって、盗賊は完全に想定外だった。だが直ぐに彼らの長達は理解した。これが目的だったと。当初からこうなる予定だったのだと。


 不安材料を無くす(クレアを殺す)事が。


 時間を掛けたのは、真実を知る人間を徐々に減らし、自分達の、王と騎士団長の後継者を作り、周りを油断させる為。

 二人は目の前に倒れる、赤黒くなった肌をした女性の亡骸を前に動けなくなった。どんな状態でも、彼女だと分かる、僅かに残る美しい金色の髪。どうか、どうにか生きていて欲しいという願いも届かず、彼女は死んだ。死んでしまった。守れなかった。またしても、自分達は彼女を傷付けた。


「…全員、この村の復興に当たれ。生きている村の者がきっと山に居るだろう、その捜索も行え」

「は!…あの、恐れながら遺体は…」

「丁重に葬る」

「今回は完全な我ら騎士の失態だ!全員肝に命じよ、誤った情報に惑わされ、何の罪も無い村人達を犠牲にした、我らが失態を!二度と起こすことの無いように!」

「は!」


 それから二人は彼女を含めた遺体を弔い、村の復興を任せ、城へと戻った。関係者を全員城は集め、持ち帰った物を手に握りしめながら、睨みつける。己の愚かさに対する怒りと、言い表せない感情が、二人の表情に表れていた。


「…満足か」


 エリュシオンは、地を這うような声で告げる。


「言う事を聞き、国を操る道具となった我ら二人は、貴様らにとって満足か!!」


 ビリビリと空気が震えた。全員が怯む中、握りしめたそれを見せつけて、更に続ける。


「見よ!これが何か分からぬとは言わせぬ!貴様らが、我らが犠牲にした、駒にして見捨てたクレアの髪だ!!貴様らの目論見通りクレアは死んだ!我らが殺したのだ!!今度は私とトレヴィルか?残っているのは我ら二人だけだぞ、なあ、トレヴィル」

「そうですね。我が後見人のネーデルトラウト家は、娘であったクレアを使い、私と陛下に賊だと偽って切らせ、それを誰にも言わない代わりにと自身の要望を次々に言い、現在に至りますからね。その事を全て知っているのは、当事者で言ったらクレアが死んだ今、私と陛下、後は…」


 振られたトレヴィルが視線を投げる相手は、顔を真っ赤にさせ、明らかに怒っていた。


「トレヴィル、貴様何を…!」

「陛下、恐れながら私も発言させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「あぁ、マーガレット。構わぬ」

「ありがとうございます」


 喋り出した相手を遮り、王妃マーガレットが告げる。


「私も存じておりますの、陛下から全て真実を教えて頂いてますから。クレア様が側室になっていたらと何度も考えて、そして何度もローズと共に会いに行ってましたのよ?」

「な!?」

「ほう?それは誠かローズ」

「はい、陛下。姉であるクレアが居る村は、夫であるトレヴィルから聞き及んでおりましたので。茶会の席でマーガレット様とお話しさせて頂いた折、一緒に行く事にしたのです」

「陛下、その話はちゃんとお伝えしましたでしょう?()()()()()()()()()()と。()()()()、と」

「…あぁ、そうであったな。その後、それを公務の一つとしたのだったな、()()()()()()()を」

「はい…ですが、そう…ですか、クレア様は…」


 気丈だったマーガレットの声が震え始めた。視線はエリュシオンが持つ物へと注がれている。


「…最後まで、村人を逃がしていたそうだ。立ち続ける事さえ辛い中、必死に誘導していたと、助けて貰ったと…聞いた」

「…左様ですか、流石はクレア様ですね。ローズ、貴女も誇り高いですね」

「…はい、本当に。それに比べ、我が家の者は父親に始まり、腐っております。お恥ずかしい限りで、申し開きも出来ません」

「トレヴィル並びにローズ、他ネーデルトラウトの名を連ねる者は、全て、如何様にでも…覚悟は出来ております」


 二人は跪いた。しかし彼らの父親は怒り以外の感情を持ち合わせていなかった。わなわなと震え、叫び出す。


「貴様らいい加減に…!」

「貴様に発言は許しておらぬ。まして、誰に向かって言っておるのだ?」

「っ!」

「貴様を含め、我らの隠してきた事は公にすると決めた。貴様の処刑は免れぬし、免れさせぬから安心して地獄に堕ちるがいい!」


 その一言で、ネーデルトラウト公爵の運命は決まった。そして王を始めとする革命の後に位を上げた者達の殆どが、現在の座から降りる事となった。功績が大きい者達は、その子孫が跡を継ぐ事となり、王や王妃、騎士団長も例外ではなかった。

 ネーデルトラウト公爵の処刑が行われた後、前王と前騎士団長は互いの胸に剣を刺し、生涯を閉じた。その亡骸を見つけたのは元王妃であったが、葬儀は密葬にて静かにしめやかに行われた。






「…マーガレット様」

「あら、なぁに?」

「良かったですね、王子が無事王になる事が出来て」

「当たり前じゃないの、その為にずっと耐えてきたのだから。あの人、ずーっとクレアクレアと…漸く解放されたのよ、私もあの人もね」

「…これからはベアラー殿と?」

「そうね、彼を宰相にして、私は後宮でゆっくりしつつ…たまに愛し合えればいいわね。ねぇ、ローズ、貴女の娘は国母になる事に前向きになってくれたのよね?」

「ええ、漸く。()()の死が大きかったようですわ」

「貴女も苦労したわね…」

「ですが結果的に私も、娘が国母になる決心をして、サラエヤが騎士団長に就任したのですから、全て計画通りですわ。姉には感謝しております」

「ふふ、確かにそういう意味では感謝しなければなりませんね。私も貴女も、恋人が其々しっかりと役職を得て、愛する息子と娘が立派になる事が出来たのですから」

「所詮、男など愚かな存在なのですわ」

「ええ、本当に」

「失礼いたします!!」


 慌てた様子で現れたのは、若い文官だった。かなり青い顔をして、息を切らしながら元王妃と元騎士団長夫人への無礼を承知で頭を下げる。


「何事です、お前がそんなに慌てるなんて…」

「申し訳ございません!ですが、ですが…!」

「落ち着いて話しなさい、どうしたのです」

「は、はい…っ、あ、あの、り、隣国が攻めて参りました!!」

「な!?何ですって!?」

「使者は我が国との同盟を受け入れた筈です!それを何故!?」

「ど、どうやら前王の時のものであり、それを、その…」

「何ですか!はっきりなさい!」

「は、はい!あの…っ、平気で国王を裏切り、不義の子である現王を平然と据えた今のこの国を信用する要素が無い、と!」

「何ですって!?」

「何故…そもそも何故その事を隣国が知っていると言うの!?しかも事実は限られた人しか…まさかローズ、貴女じゃないわよね!?」

「な!?そんなわけありません!!」


 取り乱す元王妃に、見境はない。そして未だ基盤が出来上がっていないこの国に、現実は残酷だった。あっという間に隣国によって制圧され、一つの国が滅んだ。元王妃と元騎士団長夫人の末路は、現王やその妻候補の娘と共に公開処刑だった。国民がそう望んだのだ。


「…呆気ないものだな」

「人が如何に単純なのか、分かりやすい結果だな」

「…さて、これからどうする?」

「簡単だ、クレアを迎えに行く。俺達は()()()んだ。アイツが何処にいるかも分かっているんだし、迎えに行ってやらなきゃな」

「今度こそ、間違わないように…」


 愚かな男二人は、愛した筈の相手の最後を見届け、その場を去って行った。






「おい」

「あぁ、貴方でしたか」

「無理をするなよ」

「ええ、ありがとうございます」

「…それより、良い眺めだな。あの日お前を見つけて以来何度この日を夢見た事か…」

「何を仰います、夢ではありません。貴方は王となり、領土も広げ、しっかりと勤めを全うしたからこそ、全てを手にできたのです」

「そうか…お前にそう言ってもらえたなら、必死になった甲斐があると言うものだ」

「まぁ」


 穏やかな一組の夫婦が、城のバルコニーから街を眺めていた。部屋の中にはスヤスヤと眠る子供の姿もある。正に幸せな図がそこにあった。


「…そう言えば、エリュシオンとトレヴィルがお前に会いにあの村へ行ったそうだ」

「まぁ…あの盗賊の村へ?」

「本当に愚かだな。とうの昔にあの村は滅び、ならず者しか居ないと言うのに。そもそもお前は此処に居るのにな?」

「そうですね…何故分かったのでしょう、()()()()()()()()()と」

「愛のなせる技だな」

「やめて下さい、私は一度たりとも愛した事などございませんでしたわ」

「そうか、すまない。意地悪な言葉だったな」

「全くです。それに私はもう、死んだのです。貴方様にお願いして、()()()()()()ではありませんか、死にたがっていた()()()()()()は」

「…ふ、ふふ、ふはははは!全くその通りだ。此処に居るのは生きたいと願った()()()()()だな」

「ええ、ですからもう良いのです。ここから先は私のあずかり知らぬ事。全てはアーヴィル様の御心のままに」






 一つの国が滅び、その国を隣国が手にして大国とした。その話の裏には、欲が渦巻いていた。

 身体に不自由を負った女は、隣国の王に救われ、彼が望む通りに自国を見限った。

 王の男は、権力と名声を手にしたが、愛する女を手に入れられなかった。

 騎士の男は、権力と名声を手にしたが、家臣の駒となって彷徨った。


 愚かで残酷な人間の話。

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