勇者、勇者と対峙する
「フィドラー様……」
「何ウダウダやってんだよブタごときにさあ。こんなヒコーキ飛ばしてるからってビビんじゃねーよバーカ」
フィドラーとか呼ばれた装飾過多の勇者は、拡声器の男……憲兵隊長を端正な顔に似合わない浅薄な口調でなじる。
「んで、お前がブタの勇者か。何それSF?ダッセェ」
次にフィドラーは俺に歩み寄り、じろじろと眺めてくる。
何と返したものか、と居心地悪く考えていると、
「<バックスタッブ>」
突如その姿が掻き消え、
「<ペインキラー>」
背中にがつん、と衝撃が走る。ヒット判定は後方、シールド消失。
よろけた足を踏ん張り、振り返ると、背中にあったはずの大剣を構えたフィドラーが苦々しげな顔をしていた。
「何でブタの勇者のくせに防御魔法とか使ってんだよ、ウゼェ。あ、FPSだからシールドか」
とりあえず何らかの方法で瞬間的に攻撃を受けたのは分かったし、シールドで受けられるのも分かった。
……シールドが無い今はどうすりゃいいんだろう。
「せっかく即死スキルで楽にしてやろうって思ってたのによぉ。ほら、ジンドーシュギって奴?……<ステータス>」
と、フィドラーの顔が歪んだ笑みを浮かべる。
「何お前、レベル0とかマジかよ!ザコじゃんこいつダッセェ!」
膝を叩いてゲラゲラと笑いこけるフィドラー。
どうもさっきからこいつの言葉の端々が引っ掛かる。FPSだのスキルだのレベルだの、何でゲーム用語が混じるんだ?
「おい!決闘の申し出を受けてもいないのに奇襲とは卑怯だぞ!」
オークの一人が声を荒げる。食らった本人が言うのも何だが正論だ。
「ブタに卑怯もクソもねーよ、ウゼェ」
対してフィドラーはまともに取り合う様子すら無い。
「決闘はもう始まってんだよな、なあ?」
「そ、その通りです!全員下がれ!フィドラー様のお邪魔にならんようにな!」
突然話を振られた憲兵隊長が慌てて後退命令を出す。邪魔にならないように、などと口にはしているが、多分とばっちりを受けないようにしているだけだ。
「ザコ勇者、お前死んだらブタども皆殺しにすっからな。せいぜい頑張れよ」
馬鹿にした表情を崩さず、フィドラーは大剣を下段に構える。
「下がってください、流れ弾が当たるかも」
「ふん、あんな腰抜けどもと一緒にされたくないね」
「決闘には立会人が必要です。我々もご一緒に」
「うぬの働きぶりをとっくりと見せい、ぎゃひゃぎゃぎゃ」
こちらは誰も俺の後ろからどいてくれない。はっきり「邪魔だ」っていうのもアレだしなあ。
しょうがない、始めるか。
「セントリーガン起動、攻撃目標……」
「はい<ソニックスラッシュ>」
フィドラーはセントリーガンの起動をどうやったのか察知し、瞬間的に剣から何か飛ばして左右のセントリーガンを同時に切り飛ばす。うっそ何この超反応。
装甲服のHUDに表示されている武装一覧のうち、セントリーガン2基に赤いバツ印が付く。
「ざんねーん、これで武器なくなっちゃったけど、どうよ?どんな気持ち?」
フィドラーが何か言っている間に、こちらは姿勢を低くしてブースター全開で前へダッシュ。
ラグビーのタックルの要領で、重装甲服の推力と質量をそのままフィドラーの腹へ叩きつける。
「え、ちょ、<パリ……ぐべぇ!」
そのまま組みつき、重量で押し潰すように引き倒し、空いた拳で顔と言わず胸と言わず腹と言わず腕と言わず殴る殴る殴る。重装甲服のナックルガードには打突用の突起が仕込まれており、装飾過多な鎧のあちこちがべこんべこんと面白いように凹んでいく。
「ちょ、おま、やめ、ひきょぶっ」
「先にっ、仕掛けてっ、おいてっ、卑怯もっ、カカシもっ、あるかっ、バカっ!」
言いながら馬乗りになって更に殴る殴る殴る。並みの人間よりも頑丈そうな勇者といえど、倍力機構込みで振り下ろされるナックルガードはさすがに痛いようで、そのうちフィドラーの頬が腫れ内出血を起こし血ヘドを吐く。
元々の作戦ではセントリーガンの弾幕で始末できれば良し、防御されたらその隙に組みついて格闘戦に持ち込む、というものだった。前半は大失敗でも後半は大成功、ゆえに結果オーライ。気を良くしてもっと殴る殴る殴る。
「……もういいでしょう、勇者。勝負はつきました」
オークの手が殴る俺の手を止める。倍力機構付きの腕を止めるとか、どんだけ力あるんだこいつら。
「見たか!お前達の勇者は倒されたよ!さっさと……」
そしてグルフの勝利宣言……
「め、<メガヒール>っ!<ソニックブラスト>ぉ!ざけんなコラァ!」
……は跳ね起きたフィドラーに中断された。どうやったのかは分からないが、ボコボコになった顔も鎧も新品同様に戻っていた。抑え込もうとした俺も何らかの力に跳ね除けられ、その場に尻餅をつく。
「テメーナマイキなんだよ!レベル0のクズのくせによぉ!レベル158の俺をボコりやがってよぉ!」
フィドラーは大股でこちらに歩み寄り、装甲服ごと揺さぶるほどのヤクザキックを噛ましてくる。一応攻撃扱いらしく、地味にヒットマークが出るのがむかつく。
「あとそこのブタ!いつ俺が倒されたって?あぁん?!」
数発蹴ってきた後でグルフに振り向き、手にした装飾過多な剣を突き付ける。
……あ、馬鹿だこいつ。この状況で敵に背を向けられる程度には。
じゃあ誘いに乗って、まずカニ挟み。
「え、あ、ふがっ」
足元を掬われたフィドラーは姿勢を崩し、顔面から着地する。
俺がオークの手を借りてよっこらせ、と起き上がる間に、フィドラーは
「<ソニックブラスト>ぉぉぉ!」
さっきの技名らしき物を叫ぶと地面を丸くえぐりながら宙に浮き、そのまま体をひねって立ち上がり、
「テメーマジぶっ殺す!<エンチャントウエポン>っ!<エンハンス・ストレングス>っ!<フレ……」
「黙れやオラッ!」
また何やら技名を叫んでいるので、この隙に顔面へナックルガードを叩き込む。
「ゅびゅ!」
「油断したレベル158がレベル0に殺されるのがFPSなんだよオラァ!」
よろけた所をもう一度組みつき押し倒し殴る殴る殴る。
……言っておいて何だが、これってFPSじゃなくてただのチンピラのケンカだよなぁ。
「え、FPSが、殴っげぶゅ」
「黙って!死ねや!クソガキがああぁ!」
更に殴る殴る殴る。今回はさすがにオーク達も止めに入らない。
「も、やめ、死ぶ、ゆるびゅ」
「今さらっ!許してっ!やれるかっ!ゴラァ!」
倍力機構全開で殴る殴る殴る。もっとこう頭蓋骨陥没とか洒落にならん事になるかと思っていたが、どうもさっき名前を叫んでいた技の中に自分の防御力を上げるか何かするのがあったらしく、どう殴ってもフィドラーの端正な顔は崩れない。
とはいえ殴られた頭の中で脳がシェイクされるのまではカバーできないらしく、そのうち目が泳ぎだし、口から泡を吹いて失神した。
「げひゃきゃきゃぎゃひゃひゃきゃ」
「国無き神」の満足そうな笑い声と鈍い殴打音だけが辺りに響く。
こうして異世界での最初の対勇者戦は俺の勝利となった。
決まり手はタコ殴り。
まだ宇宙へ上がらなくてごめんねー。