6話 現状確認ですわ
『西暦2242年5月に日本を主軸とし複数の国の出資の元、宇宙探査艦【アマテラス】が就航――(中略)――意図しないワームホールの発生により本惑星の衛星付近にワープアウト。その後、衛星に不時着。恒星配置から現在位置が不明――(中略)――惑星をより詳しく調査するため【アマテラス】メインコンピューターがワタシ、サポートAIである“震電”を惑星に投下することを決定――(以下略)』
震電さんが自分の経歴を語ってくれますがちんぷんかんぷんです。まったくわかりませんわ。
「ねえ、イベリスは理解できますの?」
私は隣で同じように震電さんの話を聞いているイベリスにこそっと問いかけました。
「ええ、何となくは」
「まあ、ほんと? 凄いわね。で、どういう事?」
「えっと、……彼らは空に浮かぶ星の海を渡るための大きな船だったそうです。ですが遭難してしまい夜空に浮かぶ月にたどり着いた。……そしてこの私たちの住む世界の研究を進めたそうです。……そうしてより詳しく調べるためにこの震電? を私達の住んでいる大地に送り込んだと……いう事だと思います。」
イベリスが先ほどの震電さんの言葉を私にも分かり易いように噛み砕いて説明してくれます。イベリスは勉強もできるのね。
それにしてもすごいわね、星を渡る船だなんて。
そして震電さんは今この大地の調査をしていると、ふむふむ。
『しかし問題も発生しています。現在、衛星に不時着後、地球との通信回復を試みましたがすべて失敗しました。恒星配列、探査衛星による周辺調査により地球への帰還はほぼ0%との判断を下しました。そのため【アマテラス】のメインコンピューターは初期目標である地球型惑星の探査という目的に対して対応を検討していますが、このまま地球からの指令が無い場合、自己目標が喪失する恐れがあるため、自壊プログラムの稼働を視野に入れています。本来我々はあくまでも人類のサポートをするための疑似的な知性体ですので命令系統の消失により、人間によるところのアイデンティティーの消失に陥っています。』
まったくわかりませんわ。イベリス説明をお願いね。と視線で訴えます。
「彼らは私達で言う所の使用人や奴隷のようなもので、遭難したことで主人と連絡が取れなくなったそうです。それでどうしたらいいか困っていると」
なるほどさすがイベリスですわ。私は今まで指示を出す側でしたが、使用人などは指示が無いとどうしていいのか分からなくなるのですね。
確かに困るかもしれません。主人がいなければお給金も出ませんものね。
ならばいいことを思いつきましたわ。
「お嬢様、笑みが浮かんでおりますがどうかされましたか?」
あら、ごめんあそばせ。どうやら自然と笑みが浮かんでいたようです。ともかく私が見つけた解決策と言うのはこれですわ。
「ねえ、震電さん。主人がいなくて困っているというのなら私に仕えなさい。」
「お、お嬢様っ!」
イベリスがびっくりしているようですが、関係ありません。
『お嬢さんに仕えることのメリットがわかりません。』
「私は伯爵令嬢ですのよ。つまりある程度の権力を持っています。震電さんはこの世界の調査をしているのでしょう。ならば有益な情報を提供できるわ。」
『……わかりました。【アマテラス】と通信します。少しお待ちください。』
【アマテラス】? と通信? しているのでしょうか。震電さんが黙ってしまいます。
「お嬢様。このようなことを勝手に決められては……」
「いいじゃありませんの。震電さんに敵意は無いのですから。それに星の海、憧れますわ。いつか連れて行ってほしいですわね。」
「ですが……」
イベリスは乗り気ではないようですね。ですが私、目の前で困っている者を見捨てるほど薄情ではありませんのよ。
だからと言って無闇に孤児などを助けたりしませんが。あの辺りは行政の問題ですからね。1人2人ならともかく。
それに震電さんはあの星の海からやって来たそうですのよ。そんな方と知り合いになれるなんて、なんとロマンチックなんでしょう。
『【アマテラス】が了承しました。お嬢さんを仮のマスターと認め権限を譲渡します。』
「あら、ずいぶんとあっさり決まったのね。」
『地球との通信途絶からすでに6年近くが経過しています。【アマテラス】メインコンピューターは自己意識の閉鎖ループに陥っており、すでに一部正常な判断を下せなくなりつつありました。そのため外部に“希望”を求めたようです。』
「イベリス、通訳を」
「……はい、主人を失って6年経っており鬱状態になりかけていたため、誰でもいいからすがりたかったと」
「なるほど」
さすがイベリスですね。分かり易いですわ。月にいるアマテラスさんと言う方も心細かったのでしょうね。同情しますわ。
『マスター、現在よりワタシはマスターの指揮下に入ります。』
「分かりましたわ。“震電”でいいのですよね。私の事は……マスターって何か仰々しいですわね、他に何かないのですか?」
『マスターはダメですか? では……お嬢様などはどうでしょう』
「それでいいですわ」
“お嬢様”なら屋敷の者にも言われて慣れております。それでいいでしょう。
『そちらのお嬢さんはどう呼称しましょう?』
震電がイベリスを指しながら言います。
「……はぁ、私の事はイベリスで構いません」
『了解しました“イベリス”』
そう言って、触手のようなものを差し出します。握手をしようとしているようですね。イベリスが疲れた顔でその触手を握っています。
メイドと触手。なんだか背徳的ですわ。このまま「らめぇぇ!」な感じになってしまえばいいお土産話ができるのですが。
「リリア様、ご領主様や他の使用人にはどう説明するつもりですか?」
「新しい使用人でいいのじゃない? 私がその素養を見込んでスカウトしたとでも言えば。」
「さすがにこれを使用人と言い張るのはいかがなものかと……」
仕方なく表向きは私のペットと言うことになりました。こんな金属のペットがいるのかは知りませんが、貴族の中には珍しいモノ好きの好事家もいるそうですしおそらく大丈夫でしょう。
そう言えばそろそろお昼ですわね。私お腹が空いてきましたわ。
そうして3人で馬車の停めてあるところに戻りました。