10話 私の今ですわ
「フフフ、こっちですよー、捕まえてごらんなさーい」
ドシッ! ドシッ! と言う音が辺りに響きます。地面の土がめくれあがり、草原に大きな足跡が刻まれます。
「リリア様ぁぁぁ!!」
後ろからイベリスが同じくドシッ! ドシッ! と言う足音と共に追ってきます。
私の駆る【ハウンドⅡ】1番機をイベリスの2番機が追いかけています。何か怒っているようにも聞こえますが気のせいですね。
只今、近くのでも実地訓練中ですわ。
この人型兵器ですが、脳波コントロールによる一体化制御のため、体の弱い私でも普通の人のように動くことができます。科学技術ってすごいですね。
肩にある武器を保持するウエポンラックや脚部のスラスターなど人間にはない機能があるのですが、震電がサポートしてくれているため難なく動かせるようになりました。
なお、サポートAIを積んでいないイベリスは数度の試みで動かせるようになっていました。なんでしょうあの天才は。きぃ~! ですわ。羨ましいです。
震電のアシストの元、脚部スラスターまで使いクイックターンでフェイントをかけ、体勢が揺らいだその隙間を縫うように体をすべり込ませてブロックを抜こうとしましたが……敢え無くつかまってしまいました。イベリスはフェイントに引っかかりながらも私より素早い反応速度による機体制御を行い、素早く体制を建て直し逆の腕でバランスを取りながら私を片腕で抑え込んでしまいました。
くぅ、やはり昨日今日で体が自由に動くようになった私ではイベリスの鉄壁のブロックを突破できなかったようです。
「ふぅ……、やっぱり運動の後のお茶は美味しいわね。」
「リリア様、ごまかされませんよ。」
運動をした私は機体を降りて持ってきていたお茶を自分で用意しました。上手く機体の指を地面につけるようにして即席のベンチにします。
そんなところに同じように機体から降りてきたイベリスがやってきます。
あら怒っているのかしら? そんな顔をしていてはシワになってしまうわよ。
「私が言いたいことは別荘じゃなければ駆け回っていいという事では無くて――」
そうなのです。この【ハウンドⅡ】を別荘の庭に出して乗ってみようとしましたが、別荘にいる使用人たちが皆悲鳴を上げて倒れてしまったのです。その後、イベリスからお小言お貰いました。
ならば別の場所で出せばいいじゃない。と言うことで街から離れた平原まで来て機体に乗ってみたということですね。
この機体に乗っている間は私も他の人たちと同じように、運動をすることができます。自分の体はコックピットにあって眠っているような状態なので危険もありません。
ダイエットなどには使えないのでしょうが。
もぐもぐ
持ってきていたサンドイッチを咀嚼します。ちょっとしたピクニック気分ですね。私はこれまで体が弱いということもありピクニックにすら簡単にいくことは出来ませんでした。
ちょっと歩くぐらいならできると思うのですが、お父様たちが過保護でしたの。
「イベリスもそんなところで起こっていないでこっちに座って食べましょう?」
「……はぁ、リリア様、本当に貴族としての心得をですね……」
『イベリス、過度な“怒り”はストレスの原因となり脳への悪影響を与えます。笑顔で生活しましょう』
「震電、貴方にも言っているのですよ!」
『何のことかわかりません』
モグモグゴックン!
さて持ってきたサンドイッチも食べましたし、ひとつ運動をしましょうか。
私はポケットに入れていた紙をイベリスに見せます。
「ねえ、イベリスこれをやってみたいのだけれど……」
「何です? ……こ、これは!」
ガーン! という顔をしています。さっきからなかなか面白いですね。顔芸と言うやつでしょうか。
私が手に持っているのは冒険者ギルドの依頼用紙です。内容はオーガ3体の討伐。やはり冒険者と言えば討伐依頼でしょう。健康な機体を手に入れたのですから今までできなかったことをやってみたいですわ。
「……他の使用人に何を頼んでいるのかと思えば……そんな」
イベリスは今度はあきれたような顔をしているわ。
ここはもうひと押しですわ。可愛らしくお願いしてみましょう。
「ね、いいでしょう」
「はぁ……わかりました。それをやったら帰りますよ」
了承してもらえましたわ。やりました。震電にこっそりと武装を装備してくるように言って正解でしたね。私の機体が中~近距離専用武装で、イベリスの機体が中~遠距離専用の武装ですのよ。
再度機体に乗って、やはりこの感覚は良いですわ。別の自分になるようです。まあ、別の機体になっているのですが。
キュピーン!
起動と同時に目が光ります。……これに何の意味があるのでしょう?
『ロマンです』
背部上ポンラックに装備していた35㎜カービンを構えながらオーガがいるであろう銛に向かいます。
ちなみに2番機は105㎜狙撃銃を持っています。常時構えているのは無理なので銃をこうしたに向けいつでも構えて打てるようにしていますが。
「震電どうです? オーガいますか?」
「そう言えば震電、あなた、オーガがどういう物か知っているのですか?」
『お嬢様の別荘にて資料を確認しました。手書きであったため多少不明瞭でしたが、問題ないと考えます。』
私たちはお喋り――機内スピーカーによるクローズ通信と言うそうです。決まった相手にしか声が聞こえないシステムだそうです――しながら進んで行きます。
しばらくすると、
『お嬢様、前方にオーガと思われる個体を捕らえました。確認してください。』
震電が、オーガを捕らえたようですね。よく目を凝らしてみます。すると望遠鏡のように視界が遠くを見れるようになります。これは機体の機能ですね。実際の体ではできません。うーん……見つけましたわ、しかしあれは
「オーガですが……オークも混ざっていますね。しかも全部で20体ほどいます。」
イベリスも見つけたようで報告してくれますね。そうです、そこにはオーガを含めた魔物がウジャウジャいました。この前のゴブリンと言い魔物と言うのはこういった物なのでしょうか。見たところによると、オーガが6体にオークが14体いますね。しかもみんなこっちに向かって走ってきています。なんなのでしょう。
それにしても……オーガについては授業なんかで説明されていましたし絵も見せてもらいましたが、実物を見るのは初めてですわね。ムキムキのオッサンみたいですわ。角が生えて肌の色が違うし顔もなんというか凶暴そうですわ、人間と見間違うことは無いでしょう。
オークは以前領地に向かう際に見たことがあります。立って歩く豚さんですね。
私は即座に35㎜カービン銃を構えます。ガンカメラと連動したロックオンサークルが起動し着弾予測地点を示してくれます。震電のサポートを受けてのブレを押さえなるべく目標に当たるように狙いを定めます。
ここですわ! えいっ!
ダダダッ!
弾幕が敵密集部に着弾し土煙が巻き上げられましたわ。命中しましたわね。
「……あら?」
射撃をやめ土煙が晴れた先に見えたのはミンチよりもひどい状態になったモンスターたちだった。
『お見事ですお嬢様』
「え、ええ?」
「リリア様……これはどうやって討伐したことを証明するのですか?」
イベリスの白けたような声が聞こえてくる。
結局変わりの相手を探すのに2時間もかかりました。しかしその甲斐あって、すでに私達2機でかなり接近しオーガを挟み撃ちにしています。
ただ問題がもあって……35㎜どころか20㎜拳銃ですらあの程度の相手であれば当たればミンチ肉になると震電に教えてもらえました。
ど、どうしましょう。
イベリスと相談しようとしたら、コックピットハッチ意識が自分に戻り、コックピットハッチが開きました。
「震電?」
『ここはイベリスに対応してもらいましょう。ではイベリスこれを』
同じくコックピットハッチを開いているイベリスの方にフヨフヨと震電は飛んで行って、あれは……私たちの機体が持っているのと同じような銃ですねそれをイベリスに渡しています。おそらくあれが生身で使う銃なのでしょう。かなり大きいですね、おそらく狙撃銃と言う種類なのでしょう。
そうしてイベリスはコックピットハッチから身を乗り出しその狙撃銃を構えると、
バンッ! バンッ! ――――
と5発の銃声が響きました。イベリスみたいな健康体になると生身でも射撃ができるのですね。ちなみに私は体が弱いため銃の反動を吸収できないだろうと言われて、禁止されています。
『お嬢様こちらを』
震電がフヨフヨトやってきて双眼鏡を渡してくれたため、それを使ってオーガのいた場所を見てみました。
そこには頭に穴をあけて倒れているオーガが5体いました。
『これでミッション終了です。』
その頭に穴の開いたオーガの死体を持って(ハウンドⅡで)冒険者ギルドに報告に行きました。
……くすん、私が受けた依頼でしたのに……イベリスがやっちゃいましたわ。
その後、私は害獣であるドラゴンを見かけたという報告とを聞くと今度こそはと意気込んで出撃しました。その結果見事ドラゴンを討伐することに成功し、冒険者ランクがぐんと上がりましたわ。
やったー! ですわ。