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僕も異世界に行きたい  作者: 十条王子
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彼岸花

 埼玉県日高市に、連れ合いとともに、彼岸花の群生を見に行った。道中の電車は、目的地に近づくにしたがって乗客が増えてきた。そして予想どおりに、みな同じ駅で降りた。

 改札は大変混雑していたが、しかし駅からの目的地までの行き先が分からない僕達にとって、それは幸いなことだった。地図も見ず、人の流れに乗って歩き出した。この行列が本当に僕達と同じ目的地に進んでいるのかの保証はないまま、しかし間違いなく到着できるだろうということを疑わず、ひたすら流れに乗っていった。こういう時の先頭の人は、いったいどのような人なのだろうか。自分が先頭だったら、なんとなく、優越感を持てるような気がする。

 道中、川沿いの道を歩く。川は浅く、水は澄んでおり、水底が良く見えた。砂利敷きの河原ではキャンプをしている集団がいた。水切りをしている子ども達もいた。川を挟んだ反対側には岸壁が聳えていて、岩々の割れ目には緑が見られた。

 子ども達にならって、自分も手ごろな石を拾い上げ、水切りをした。何度やっても2バウンドくらいしかせず、そのうちに自分の肩やひじに痛みを感じ始めたので、おとなしく止めた。連れ合いには笑われた。

 彼岸花は巾着田曼珠沙華公園内に咲いているということであったが、公園までの道中のそこここに、彼岸花は姿は見られた。岸壁の灰色や森林の緑を背景に、それはとても赤々と鮮やかに見えた。

 公園に到着し、入園料を支払って、群生地の広がるエリアに入った。樹木がうっそうと生い茂り、日光を遮断する足元に、その花々は咲いていた。園内は暗く、それが却って幻想的な様相を醸し出していた。彼岸花は、燃える炎のような形をしていて、一花ひと花は花びらも細長く、上から見下ろせば隙間から地面もよく見えるのに、群生しているのを見れば地面は全く見えず、赤い絨毯を敷き詰めたかのように、見渡す先まで真っ赤であった。真っ赤な絨毯の中に、時おり白い彼岸花が咲いていて、なんだか可憐に見えた。

 なんとなく、彼岸花に対して持つイメージが明るくないのは、その名前のためだろうか。お彼岸、そしてお墓参りをイメージするため、どことなく控えめで暗いイメージを持つのだろうか。それともその見た目の独特さに、危うさを感じるからだろうか。

 小さな頃から「怖い」というイメージを持っていた。有毒だということも、なんとなく知っていた。幼いころに、祖父母あたりから聞いたのかもしれない。そのことが、僕が彼岸花に持つイメージを暗くしているのかもしれない。

 群生を見た感動はその暗いイメージを塗り替えた。陽の射さない空間に群生する一面の赤は、燃えるような激しいエネルギーを感じさせながらも、そのエネルギーを放出せずにぐっと抑え込んで燻っているような、焼けた炭を思わせる燃え方だった。

 この絨毯の先にすすめば、そこは異世界に繋がっている。しかしそれは明るい世界ではなく、魔物や魔獣に支配され、常に空は暗く曇っていて、人々は岩壁のはざまなどで、何かに恐怖しながらひっそりと暮らしている。そんなイメージが湧いた。

 このように、全体的には暗い印象だったのだが、時折、傾いた陽が一面を照らしだす部分があった。陽に照らされた曼珠沙華の赤は、とても明るく鮮やかであった。風に揺れる木々に合わせて光も揺らめき、赤い絨毯は光の波を打った。座り込んで近くで見れば、花弁についた水滴が陽を受けて煌めいていた。

 歩いていて、コスプレイヤーを何組か見た。また、フリルなどのついた可愛らしい服を着た女性と本格的なカメラを構えた男性の組み合わせを何組見た。また、フィギュアを配置して写真を撮っている方も何名か見た。

 きっとこの光景が、背景として大変有用なのであろう。日常を遠く離れた世界観を表現できるのだろう。そう思った。

 ちなみに、私の連れ合いは両手首をくっつけて頭の上に持っていき、「花」とかいうポーズを決めていた。それを私に写真で撮らせていた。恥ずかしかった。

 公園を一周して帰る途中、川を渡る橋があったので歩いてみた。川の流れは意外と速かった。橋の真ん中に私を残し、連れ合いが岸に戻り、私にカメラを向けた。私は左腕と左足を後ろに振出し、右腕を九十度に曲げて前に出した。なんば走りをするようなポーズをとった。すると後ろから「イェイ」という小さな男の子の声が聞こえ、振り返ると、同じポーズをとった見知らぬ少年がそこにいた。連れ合いに急いでシャッターを押してもらった。私も「イェイ」と少年に返し手のひらをかざす。少年はハイタッチして、そのままどこかへ走り去っていった。とてもよい写真が取れたので、見せたかったのだが、彼とはそのまま会えなかった。

 彼は、僕らの思い出をより明るく楽しいものにしてくれた。いちばん印象に残っているのは花よりも彼だ。全てを持って行かれた。もしかすると、異世界から来た不思議少年だったのかもしれない。なんつって。

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