花火大会
月に一度、二駅ほど離れた神社へ参拝することにしている。盛夏の七月末、参道の両側に立ち並ぶ木々の葉が青々と茂る。生命力の強さを感じた。前日に親友の結婚式があったので、二人の末永い幸せを神様に祈った。引いたおみくじは吉だった。おみくじに、「このおみくじをひいたものは宗像神社を参拝すべし」とあったので、境内にある同神社へ参拝する。そこにいらっしゃる神様のお名前を覚えた。
参道を戻っていると、浴衣姿の人々と多くすれ違った。そういえば今日は花火大会だったかと思い出す。携帯で会場を調べると、割と近くであることが分かった。神社の向こう側にある会場に向かうため、振り返り、もう一度、参道を進む。
会場である公園にはこれまで一度くらいしか入ったことがない。つまり公園のつくりがわからない。どこがメイン会場なのか。街灯もほとんどなく、今どこにいるのだろうか、帰れるだろうかという一抹の不安を抱えながら、とにかく人の流れにそって進んでいく。
一人で花火を見に行くというのは初めてだった。周囲を見てみると、一人の人はほぼいなかった。スーツ姿の女性が、出店の食べ物の入ったビニール袋を持って一人で歩いていて、なんとなく目を惹いた。周囲から聞こえるのは、色恋に関するワードが多かった。特に、若い男子、女子の声で聞こえるのは大抵そうした内容だった。
ここに一人でいる自分がもし中学生だったら、きっと異世界に連れて行ってくれる存在との邂逅や、非日常に誘ってくれる美少女との出会いを期待しただろう。高校生だったら、想いを寄せるあの娘は来ているだろうか、ばったり会えたりしないだろうかと、想像したことだろう。
メイン会場らしいエリアに到着した。人がたくさんいる。出店の赤や黄色の目立つ看板が並ぶ。地面にシートを敷いて座る家族連れや若者も多くいた。会場への到着と、花火の開始はほぼ同時だった。アナウンスが、大会開始のカウントダウンを始める。5、4、3、2、1。カウント0と同時に、夜空に上る光の筋、そして広がる花火、鼓膜を振るわす轟音と人々の歓声。僕はすみっこで立って花火を見上げた。
しばらく何も考えず花火を眺めていた。ある時、花火があがると同時に、若い男の声で、「俺、おまえのことが!」と聞こえてきた。そしてどん!と花火が開くと同時に、「好きだ!」という叫びと、それを聞いた他の男子たちの笑い声が聞こえてきた。マンガやドラマや小説の、よくある告白の場面を真似て楽しんでいるようだった。男子四、五名ほどの集団だった。「お前の方がきれいだよ」そんな台詞も聞こえてきた。その感性は嫌いではないと思った。彼らはその後も何度も同じことを繰り返していた。ひゅー。「お前のことが」どん!「好きだ!」
社会人の自分が花火を見上げて思うことは、あんな青春が送りたかったなということだった。男だけで花火大会に来て、ばか騒ぎするようなことはなかった。むろん、花火大会に連れ立って、ロマンチックな雰囲気のなか、お前のことが好きだと、愛を告白するようなイベントもなかった。人混みのなか、下駄をカランコロン鳴らしながら歩く浴衣の君に、「はぐれたら困るから」みたいな言い訳をして、手を差し伸べて、君は赤面しながら僕の手を取る。そんなことなんか全くなかった。脳内では何度もあったんだけれど。お前のことが好きだと言えなかった、あの人は元気にしているだろうか。
次の花火を見たら帰ろうと思った。アナウンスが協賛企業の案内をする。次の花火を上げるのは、仕事で関わりのある企業だった。これを最後にして帰るのはなんだかイヤだったから、もう一つ見てからにしようと決めた。花火があがる。予想外に立派で豪華な花火を上げていて、理由なく、こんにゃろうと思った。
その次の花火を見て、帰路についた。迷うことなく公園の出口まで向かう。メイン会場から離れたところからでも、花火はよく見えた。見上げるよりも低い位置に花火の全景を見ることができ、観客も少なく、こちらの方が落ちついて見えるなと思った。観客の後ろを通って帰る。
会場を離れるにつれ、喧噪がなくなり、逆に花火の音はいっそう目立って聞こえる気がした。どん。どん。会場の方を振り返ると、木々の影の合間に、光のつぶがみえた。どん。どん。離れても聞こえるその音に、どこまでも追いかけてくる月を思った。背中から聞こえてくるその音を受けながら、駅へ向かい参道を歩いた。