ラッシュガード
君のラッシュガードになりたい。
降り注ぐ太陽光から君を守りたい。
紫外線から君を守って君のその白い肌を保ちたい。
あぁでも日に焼けた君も健康的で素敵かもしれない。
君の水着姿を見ようとする男たちの視線からも君を守りたい。
君の肢体は誰にも見せやしない。
僕がラッシュガードになってぴったりと張り付いて君を守るんだ。
そう、主に君にぴったりと張り付く方面で頑張りたい。
僕を着たまま水に入って構わない。
むしろ水にぬれた方がよりぴったりとくっ付けるだろう。
あぁ!でもぴったりとくっついたら君のボディラインも浮き上がってしまう!
君の美しい身体をチラ見しようとする悪漢達から君を守るという僕の目的に反してしまう!
どうすればいいんだ!
そうだ、僕はパレオにもなろう!
ひらひらとはためいて君のボディラインを隠そう。
そして隠しながらも僕のひらひらで君を一層華やかに飾ろう。
そうすることで結局君は男たちの視線を集めてしまうかもしれないけれど、僕がラッシュガードとなりパレオとなり、君はボディラインを隠したまま男たちの視線を集めるんだ!
君を守りながら君を華やかにする。
なんて光栄なことなんだ!
「そういうわけだから、僕と海に行こう」
「ほんっとうに気持ち悪いよね」
僕の目の前に立つ女の子はそう答えた。
「君のパンツになりたいとか言ってるわけじゃないよ」
「いやラッシュガードとかパレオとか、むしろより絶妙に気持ち悪いところ持ってくるよね」
「そんなに褒めるなよ」
「僕のひらひらとかいうワードもなんか気色悪い」
「何考えてんのよエッチ」
「死ね」
「ありがとう」
「きめぇ」
「とりあえずラッシュガードやってみていい?」
「やめろ来んな来んな」
にじり寄る僕を彼女は前蹴りで押しのけた。
海水はべたついて嫌だという理由から、海ではなくプールに来ることになった。
夏も後半のためかそれほど混雑はしていなかった。
「若い女子見るのやめろよ?」
「焼きもち?」
「違う、変質者になるなよってこと」
「大丈夫、君しか見ない」
彼女は呆れたように笑って、流れるプールに入っていった。
浮き輪にもたれて力なく流れていく彼女に着いていく。
「そういえば海じゃなくてプールとはいえ、なんで付き合ってくれたの?」
あれだけ罵詈雑言(という喜びのシャワー)を浴びせかけておいて、なぜ結局水遊びには来てくれたのだろうか。
「あんたが行きたいって言ったからだが?」
理由はそれ以上でもそれ以下でもないようで、それは多分嬉しいことのような気がして、僕は頬が緩むのを禁じえなかった。
「ねぇ」
彼女が尋ねた。
「ラッシュガード以外になりたいもんないの?」
その問いに僕はすぐに返事ができず、頭に即座に浮かんだ「恋人」というワードを上書きするように逡巡した結果「パンツ」と答えていた。
彼女は呆れたように笑って「つまんねー」と言って、一人流れるプールで先に流れて行った。
水面に浮かぶ浮き輪とそれにもたれる彼女の後ろ姿が小さくなって行くのを眺めながら、僕は突っ立って動けないでいた。
背中に水流の圧力を感じる。水流が僕を起点に二手に分かれて、僕の目の前でまた一つの流れになっていく。なんかそんな百人一首があったなと思いながら、僕は水流の合流地点を追い越すように彼女の背中を追いかけた。
水流に背中を押してもらうように、
勢いに流されるように、
思ったことをそのまま口に出す。
「ごめん、なりたいもの、言い直してもいい?」
「なに?」
「彼氏」
「この流れじゃないだろ」
やり直しを命じられた。
*
「そんな妄想をしているうちに秋になったよ」
「ほんと気持ち悪いよね」
「俺は君のヒートテックになりたい」
「黙って」
「なんならミートテックになりたい」
「どゆこと?」
「俺と言う肉体で君を暖める」
「なるほどね。ちょっと出かけて来るね」
「来年は海行こうね」
「ベタつくから嫌だ」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
ラッシュガードにはなれないけれど、彼女を守れるように、来年の夏に向けて、筋トレでもしようかと思う。
お読みいただき誠にありがとうございます。
どのようなことでも構いませんので、感想をいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。