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僕も異世界に行きたい  作者: 十条王子
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帰り道

 異世界に行くにはどうしたらよいのだろう。

 仕事が一段落したので自主的な休憩を数分間入れる。デスクの足下においたコーヒー缶を開けて飲むと、だいぶ温くなっていた。

 パソコンのモニターを眺めながら、頭の中から仕事のことを追い払う。さぼっていることが周りにばれないように、何かを真剣に考えているかのような表情を作る。眉間に皺を寄せてモニターを睨み付ける。実際に真剣に考え事はしていた。そう、異世界への行き方を。

 異世界にいくには、どうしたらよいのだろう。

 そんなことを考えていたら、眼前のモニター上に突如異世界の景色が表示されて、何かと思ったら女の子が画面下からぬっと顔を出して、目があって、そしたら女の子は嬉しそうな表情になって、その顔は可愛くて、だけどすぐに真剣な表情になって、でもそれも可愛くて、「お願いします! 私の世界を助けてください!」「え? なに? どういうこと!?」「あなたしかいないんです! 勇者様!」「勇者って、僕が!?」「はいっ!」とか画面とやりとりしている僕を周りの職員は気が触れたかとどん引きしながら見ていて、僕も僕で面食らっている内に画面の中に不思議な現象で引きずり込まれて、気づけば職場じゃなくて、さっき画面上で見た景色が周りに広がっていて、そばにはさっき見た女の子がいて、期待と不安が入り交じったような表情をしているから、僕は安心させるように、「大丈夫、僕がこの世界を救ってみせるよ」とか言ってみたりして、そうすると女の子は先ほど以上に嬉しそうな表情になって僕に抱きついてきて、「召喚の証として、キスをします」とか、頬を赤らめながら上目遣いで言って、その濡れそぼった柔らかな唇を僕の方へ近づけてくるのだったー。

 休憩終わり。妄想終了。とりあえず僕の脳内は異世界へトリップした。

 一日の業務を終えて職場を出る。日中に降った雨が乾かずにアスファルトの色を濃くしている。大通りで信号待ちをしていると、高速のトラックが目の前を抜けていった。そのスピードによって生じる風を、微かに、身体の前面に感じる。交通事故に遭えば、異世界に行けるのだろうか。転生、するのだろうか。跳ねられた身体はどうなるのだろうか。不思議と消えたりするのだろうか。後始末が大変な様には、なりたくない。事故を引き起こすきっかけとして、飛び出した子供を守ったりする必要もあるのだろうか。やめてくれ、怖い。子供が飛び出すというその想像がもう怖い。飛び出したのを守るんじゃなくて、飛び出すことを防がせてくれ。見ず知らずでも、子供をそんな危ない目に、あわせないでくれ。誰に対するお願いなのかも分からないまま、勝手に心の中で願う。

 家のそばまでくると道路の舗装も行き届いてなくて、均されていない地面にはいくつか水たまりができていた。そのうちの一つに、どういう条件が揃えばそうなるのかは分からないが、やたらと空がはっきりと映っていた。青い水たまりの中には、雲も浮いている。この水たまりに飛び込めば、とぷん、と身体ごと落ちて、異世界に行けないだろうか。せーので、両足から飛び込めば、そのまま空の中に落ちては行けないだろうか。水たまりを抜け、空に出て、そのまま地面に向かって落ちていき、それを向こうの世界の美少女魔法使いが助けてくれないだろうか。美少女魔法使いに受け止められた衝撃で、うっかり手が美少女魔法使いの胸元に触れたりしないだろうか。それとも踏みつけてはぜた水しぶきが、僕のズボンの裾を濡らすだけだろうか。

 そよ風が吹いて、水たまりに静かなさざ波がたった。地面の空が微かに震える。やがてゆっくりと静まる水面は、変わらず、空を映していた。水たまりの縁に立つ。のぞき込むと、自分の影が空を遮った。その姿は暗く、表情もよく見えず、半透明で、幽かに揺れていて、自分だという実感がなかった。向こうの世界からこちらをのぞき込む誰かのようだった。

 一歩離れると、その影は消えた。また全てが空を映す鏡に戻った。きれいだなと思った。異世界には行きたいけれど、これを踏みつけるなんてできないなと思った。本物の空を見上げてみた。この空の、どの青色の部分が、水たまりに映っているのだろう。

 夏の空は、仕事から帰る時間でもまだ青い。嬉しくなる。遊びに行きたくなる。だけど、どこかから、カラスの鳴く声がした。カラスの鳴く声がしたから、帰ることにした。水たまり異世界ルートではなく、現実家路ルートに乗ることにした。

 水たまりを飛び越えた。その一瞬、足下の水たまりに映る自分は、たぶん空の中にいた。

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