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僕も異世界に行きたい  作者: 十条王子
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昼休憩

 僕も異世界に行きたい。


 異世界ものが流行している。僕も異世界に行きたい。

 異世界ものの多くは、主人公が現実世界から異世界に転生することで大活躍するものである。もと居た世界の知識を駆使したり、はたまた転生することで強力な能力を手に入れていたりして、異世界で名を揚げていく。現実世界ではうだつのあがらなかった者たちが。僕みたいに、現実世界ではうだつのあがらない者たちが。

 僕も異世界に行きたい。強力な能力を授かりながら異世界に行きたい。悪の大魔王に支配された異世界に救世主として転生して、多少の困難を乗り越えながら大魔王を倒して、そして可愛いヒロインと結ばれたい。ヒロインは王国の王女だったりするんだ。他にも出てくる女の子たちは、たいてい僕のことを好きになったりするんだ。

 昼食のおにぎりを食べながらそんなことを考える。少し空しい気持ちになる。

 あと三十分もすれば、午後の業務が始まる。今口にしているこの米粒たちは、業務をこなすためのエネルギーとして消費されるのだろう。それは米粒たちにとって幸せなのだろうか。できれば主人公的な人物に食されて、大魔王を倒すためのエネルギーになった方が幸せだったのではないだろうか。ごめんね、米粒たち。

 向かいのベンチでも、女学生が一人、お弁当を食べている。

 会社を抜け出して昼食をとる公民館のロビーはとても静かで、僕が持つおにぎりを包んだラップのクシャクシャと擦れる音と、時折、女学生の持つプラスチック製の弁当箱が立てるカチカチという乾いた音が響く。会社にも休憩室はあるが、休憩時間まで会社の人たちと共に過ごしたくはないので、僕は一人、この場所に逃げている。別に会社の人たちが嫌いなわけではない。嫌いというか、苦手なのは、上司や後輩と会話をしなければならないことだ。一体なにを話せばよいのか。話題を考えながら昼飯を摂るのは、疲れる。食事の時間くらいは一人の世界に行きたい。あわよくば、異世界に行きたい。

 異世界になんて行けないことは当然とっくに分かっていて、それでもこの現実世界から、というか何も活躍できない現実世界の自分から逃げ出したくて、変わりたくて、異世界へ転生した後の自分を夢想する。夢想して、ちょっと爽快な気分になって、そのあとは空しくなる。

 だめだと思いながらも、女学生のスカートから伸びるふとももに一瞬視線が行って、そのあともまた空しくなる。異世界に転生する主人公なら、たぶんきっと、こんなんことはしない。

 おにぎりを食べ終え、包んでいたラップをビニール袋に突っ込んで、立ち上がる。

 女学生は、こちらを見ない。こんなところで一人で昼食を食べている女学生には何か事情があるのかもしれないし、そこにはとてもドラマがあるのかもしれないし、なにか困っていて、助けられる話なら助けてあげたいと思う。けれどたぶん、自習室で勉強をしているだけであろう。

 勉強頑張れよ。

 心の中で学生にエールを送って、自動ドアを抜ける。

 会社という闇のダンジョンに戻る。そこには、邪悪なる業務、そして敵なのか味方なのか、正体の分からない上司が待っている。僕はここでレベルアップできているのだろうか。そしてこのダンジョンをクリアできるのだろうか。というか、何をもってクリアとなるのだろうか。考えるほどの時間はないので、さっさと会社に戻ることにする。戻る前にとりあえず、回復薬となるコーヒーを買おうと思う。

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