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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ミモザ

作者: おすず

 連日、世間を賑わせているバレンタイン。

 家に居ても、学校へ行っても、話題はチョコレートで溢れかえっている。

 中にはどう話が枝分かれしたらそうなるのか、家電製品やインテリアまで、プレゼントにと盛り上がりきっている。


 元を正せば、恋人や想い人に日ごろの感謝や気持ちを伝える為のイベントなんだから、プレゼントは別にチョコに限らなくてもいいのだろうけれど、日本ではチョコレートが主流なので、他のプレゼントだとなんとなくしっくりこない。


 女の子は面倒くさい。

 甘い話に喰らいつき、こんな恋愛イベントでさえ、誰でも楽しめるよう改革を進め、友チョコなるものを生み出した。

 わざわざ嫌いな人間にまで渡す義理チョコよりはマシかとも思うが。


 高校に入って一年目、中学の時は友人と友チョコを交換する習慣はなかった。だからその年のバレンタインも私は何も用意していなかった。

 結果、お菓子を用意してこなかったのは私だけだった。


 「お家に忘れちゃったから、明日もって来るね! 」

 焦りを隠しつつ苦しい言い訳をする。

 その日の放課後、慌ててデパートへ赴き、既製品のお菓子を適当に買い漁った。それらを適当に組み合わせ、ラッピングを済ませ、翌日、おどけながらも、なんとかお菓子を渡したのだ。


 苦い経験をした一年前の今日。同じ轍は踏むまいと前日から友人用のお菓子をしっかり用意は済ませてある。

 お昼休みになり、いざ、物々交換が開始された。やはり一番多いのはチョコレート。しかし、手の込み具合に大きく差がでる。


 美帆は、溶かして固めた一般的な手作りチョコレート、唯は少し手の込んだ石畳風のチョコレート、マコは既製品を寄せ集めてラッピングしたタイプ、麗那はジャム入りのクッキーを持ってきていた。私と麗那だけが、チョコレート以外のお菓子を持参していた。


 バレンタインは本命以外はチョコレートを渡すことに違和感を感じて、私はチョコレートは一切使っていない、ごくありふれたカップケーキを作ったのだ。

 麗那はクッキーに使っているジャムも手作りしたらしい。テストも近いというのに、手の込んだものを作る。


 お菓子は作るが、料理はカップ麺しか作ったことがないという麗那、それは料理ではないだろう。

 お菓子の交換会が終わり、ティータイムが始まる。揉め事を避けるため、慎重に褒められるポイントだけを抜粋して感想を述べていく。


 女の友情は絡み合った糸だ。しかしその糸は、一本でも軽く引っ張ってしまえば、すぐに解けてしまう繊細な関係だ。

 チャイムが鳴って、お昼休みが終わると、みんな名残惜しそうに次の授業の準備を始める。


 先生が現れて、学級委員長が号令を掛けると、授業が始まる。

 特にしたいことがあるわけではないけれど、ここには居たくない。ひとつ息を吸って窓の外を眺める。


 マコが前の席から、体を捻って話し掛けてくる。彼女の機嫌を損ねないよう、アイドルの話に耳を傾け、時々、相槌を打った。マコは自分の話ばかりで、人の話はあまり聞かない。正直あまり楽しくないが、そんなことは顔に出しはしない。

 

 一瞬、視線を逸らした時に、麗那と目が合った。

 麗那は一瞬だけ微笑みを浮かべた後、マコに目をやる。私も同じように視線を向けて、マコの話に笑顔で相槌を打つ。

 また麗那の方に顔を向けると、彼女は眉間に皺を寄せていて、突然そっぽを向いた。


 途端に、焦りが私を襲う。

 麗那の様子が気になって、マコに対していい加減な返事しか返せなくなった。マコも私の空返事に気持ちが萎えてしまったのか、それとも、しゃべりつくして満足したのか分からないが、捻っていた体を正して、正面を向いた。憂鬱なマシンガントークから開放されたというのに、私の心のざわめきは落ち着かない。


 それは授業が終わった後でさえ続いた。それとなく彼女に近づくと、わざとなのか、たまたまなのか、彼女はすっと私から離れていってしまう。彼女を怒らせてしまったのだろうか、私の何がいけなかったのだろう。


 校則の拘束から解放される放課後になっても、麗那と目が合うことはなかった。

 いつもなら、みんなで一緒に帰るというのに、麗那は用事があると言って一人先に帰ってしまった。今朝も、お昼もそんなことは言っていなかったのに。なぜ彼女は一人で帰ってしまったのだろう。


 わからない。頭が回らない、手が汗ばんで感覚がわからなくなる。みんなが楽しそうに話しながら歩いている中、私はその空気についていけずに立ち止まった。


「あれ、穂乃香? 」

 唯が気付いて立ち止まる。

「ごめん。忘れ物しちゃった。みんな先帰ってて。」


 私がそう言うと、みんな、あっさりと帰っていく。その後姿を少しだけ見送った後、道を引き返し、教室を通り過ぎて外階段を下った。


 彼女を探さなければ、裏門から出ればきっと間に合う。彼女の見えない背中を追いかけて走った。卒業式のために美化委員が育てさせられた花々が咲くプランターが敷き詰められている。おかげで正門はがらんどうだった。


 間違ってふんずけてしまわないように気を付けながら、それらを飛び越えて彼女の背中を目指す。

 

 重たいコートも、蒸れるマフラーも邪魔で脱ぎ捨ててしまいたかった。でもその間に彼女はきっと遠くへ行ってしまう。


 もどかしくって、苛立って、汗だくになる。

 地面を蹴った力が余って、体が浮かんだ。浮かんだ後は落ちるだけだ。全身に鈍い衝撃が走り、気付くと地面に這いつくばっていた。


 なんて、惨めだろう。


「お馬鹿。」

 花壇の奥から声がして、地面に這いつくばったまま振り返ると、麗那が立っていた。

「そんなに慌てて走るからこけるんだよ。」

 私は、慌てて立ち上がり、スカートやコートについた葉っぱを払った。高校生にもなって、転んだところを見られるなんて。


「麗那、用事って? 」

「これだよ。」

 見ると麗那はじょうろを手に持っていた。

「この間言ったでしょう? 」

 言われて、思考を巡らし、思い出す。美化委員の作業があると私は彼女から聞いていた。

「お馬鹿。」


 そう言って笑う麗那を見て、途端に心が綻ぶ。大きくため息を吐いた後、深く息を吸う、それで今まで自分がろくに呼吸していなかったことを知る。ようやくざわめきが治まった。


 どうやら、彼女は何も怒ってはいないようだ。じょうろで花に水をやり始めた麗那に近寄る。

 手伝って、と言われじょうろを持ちだし、それに水を溜める。麗那が水やりをしているのと反対側のプランターから水遣りをする。

 小さな黄色い花が集まり並んで咲いて、いくつもの房のようになっているそれが、なんとなく好きだった。


 その名前も知らない花にいくつも跳ねる冷たい水滴、それに太陽が反射するのを綺麗だと思った。麗那と隣り合って、じょうろの水をすべて注ぎきり、麗那はお疲れといった。

 昼休み以来、まともに麗那の顔を見たのはこの時が初めてだった。肩の上で切りそろえられた艶やかな黒髪に、どこかからか飛んできた花びらが付いているのに気づいた。とても綺麗で見惚れてしまった。


「穂乃香、頭ボサボサ。」

「嘘!? 」

 慌てて頭を抑えると、麗那の手が私の手に重なる。


「アタシ、ブラシ持ってるから。」

 じょうろを片付けて、麗那は私を花壇の隅に腰掛させた。髪の毛を梳かしてくれる。

「髪の毛、いじっていい? 」

 私が頷くと、彼女はご機嫌そうに私の髪を優しくひっぱったり、結ったりしている。髪をいじられると、気持ちよくて、まどろんでゆく。あのねと寝言のように声を掛ける。彼女も小さくやわらかい声で返事をする。


「さっき、怒っちゃったかと思ったの。」

「どうして? 」

「5時間目、目が合ったとき、変な顔してたから。」

「変な顔って何。」

 彼女がうなるように言うから、私は慌てて弁解する。


「麗那が変な顔って事じゃなくて、なんか、怒っているみたいだったから……。」

 私がそういうと、麗那は私の前に回りこみ、ジッと顔を見つめてくる。私も、見つめ返す。時間が止まったみたいだ。


「うん、可愛い。」

 突然の言葉に、呆けた顔になる。

「髪、綺麗にできた。」

 頭に手をやると、まとめられた髪の感覚を感じて、ひとつ間を空けて納得した。


「穂乃香のことを言ったと思った? 」

「違うよ! 」

 しかし、彼女はいたずらっぽく笑う。恥ずかしくてうつむいていると、かわいらしくラッピングされた小さな紙袋が目の前に突き出された。


「……さっきももらったよ。」

「うん、あげた。穂乃香はないの? 」

 あっけらかんとしている麗那の紙袋を受け取り、ふてくされながらも、しっかりと用意していた箱を鞄から取り出し渡す。


「あけてもいい? 」

 と、聞きながらすでに箱を開けている。

「チョコレートだね。」

「そうだよ。」

 自分のものはもう開けられてしまったので、こちらも開く、入っていたのは、フォンダンショコラだった。


「ここで食べれないじゃん。」

 頬を膨らませて、そう言う。

「食べれるよ。手で食べたら? 」

 彼女は悪戯っぽく笑う。

「綺麗に食べれないでしょ。」

 私は、唇を尖らせる。

「じゃあ、おうちでゆっくりアタシのこと考えながら食べてね。」

「何言ってんの。」

 呆れて、ため息混じりに言う。


「最近ね。」

突然、麗那が静かな声で言った。

「よく嫌になる。」

「何が? 」

「イライラする事が多くてさ。」

「生理近いんじゃない? 」

「お馬鹿。」


 私がこんな風に軽口をたたけるのは麗那だけだ。この会話が嬉しくてつい笑ってしまう。

「あんまり他の子と仲良くしないでよ。」

 対して麗那は刺々しい声に、鋭い視線を向けてくる。

 喉の奥にぎゅっと力が入って、お腹の下のほうが引きつるような浮かぶような曖昧な感覚が走る。

 立ち上がって、見上げるように麗那の顔を覗き込む。変わらず視線が痛い。でも、全く気にならない。


「テスト前に、あんなに気合の入ったお菓子作るくせに。」

 睨み返すと、不意を付かれたというように瞠目した。その姿に、乾いた笑いが零れる。

「お馬鹿。」

 彼女の口癖を真似て罵る。

 不意に、手首を掴まれ、引っ張られ前のめりに体が倒れる。しかし、今度私を受け止めたのは地面ではなく麗那の胸だった。


「お馬鹿。かわいい。」

 頭の上からする声には、笑みが含まれている。

「うるさい。」

「チョコレートは本命だけなんでしょ。」

「じゃないとしっくりこないじゃないだけ。」


 麗那の腕がより一層きつく私の体を締める。

「きつい。」

 そう言って、私も彼女の背中にしがみ付いた。私を抱きしめる力が緩んで、そっと体を離す。

 黄色い花が咲くプランターの中に浮かぶ彼女を綺麗だと思った。今度は私から彼女の首に抱きついて、また、しばらく離さなかった。

 ミモザというお花には、秘密の恋という花言葉があります。


 小さくて、とてもかわいらしい花なので、ギャップがあってより一層艶っぽく感じます。


 読んでいただきありがとうございました。

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