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九死一生

※性的描写あり

どうしようか。


私は、美園司の意図する行動を取ってしまった。


自分でも、彼の罠に段々とはまっていっているのがわかる。


「何だよ。袖つかむってことは、なんか文句あるの?」


ニヤニヤしながら私を見据える彼。

その端正な顔にアッパーカットをお見舞いしてやりたいと思いながら、私は渋々彼に折れた。


「…っ、わかったから。で、何をしてほしいわけ」

「やっと素直になったか」


壁にギリギリまで寄り添う私を追うように、彼の顔が更に近づいてくる。


「で、これ、本当の出処はどこなんだよ」

「さっき言ったじゃないの」

「あれを信じろっていうのかよ」


呆れたように私を見下ろすその趣味の悪い目を見返しながら、私は苦々しく言った。


「本当のことを言っても信じないようじゃ、なんて言えば良いのかわからないし」

「どうせお前だってヤッてる相手の一人や二人、いるだろ」


ため息が出る。


「あのさあ、私を何だと思ってるの?そんなに尻が軽かったらとっくに処女失くしてるし」

「…は、お前、処女?」


まずい。口が滑った。


彼は一瞬目を大きく見開いた。その直後に、その瞳に新しい光が宿った。


「ふうん。お前。経験なしなんだ」

「何とでも言え。そろそろいい?私もう帰りたい」


平然を装いながら、彼の横をすり抜けようとする。でも、すぐに腕を掴まれて、また壁際に引き戻される。


「こんな美味しい情報入手したのに、何もせずに返すわけないだろ」


なんとなく嫌な予感がした。まだ掴まれたままだった腕を振り払おうとするけど、彼の手はまるでのりで貼り付けられたかのように外れない。


「結構かわいい顔してんのに、今まで襲われなかったことが奇跡的だな」

「思ってもないこと言わないでくれる?それに、そりゃ誘われたことは何回かあるし。私が自分で守ってきた、ってだけの話」

「へえ、腕力も何もなさそうなお前が?」

「無理やりされたことはないから」


美園司は大声で笑いだした。


「へえ、それじゃあ、俺が初めてになるかもってことじゃん。そりゃ面白いね」

「あんたなんかとなんて絶対に嫌だ」

「威勢のいい女だよな、お前。まあ、それがいいんだけど」


その、なぜか私を気に入ったとでも言うような口調に、寒気がする。


「とにかく、早くどっか行って。もう帰らないと、それこそ本当に外が真っ暗になっちゃう」

「大丈夫だって、俺が送るって言っただろ」

「あんたなんかに送られて家を知られるくらいなら自分で帰ったほうが安心」

「それは誘ってんの?」


何をどう受け取れば今の発言が誘いになるのか、さっぱりわからない。


「とにかく、何してほしいの?部屋の掃除?あんた専用のパシリ?」

「…なんか、男慣れしてんだかしないんだか…」

「他に何がほしいっていうの」

「あのな、」


すると彼は突然私の耳の横に口を近づけた。


「男ってのは、ヤることしか考えてねえんだよ」

「ひゃわっ!」


その掠れ気味の低い声はなぜかとても色っぽく感じた。


更に彼は、知ってか知らずか的確に私の弱点をついていた。


私は耳が弱い。小さい頃からそうだった。というか、肌を触れられると過剰なほどにくすぐったく感じてしまう。それが理由で私は触られることがあまり好きではない。


掴まれていない手で、とっさに耳を覆う。その行動の一連と、私の柄にもなく動揺した顔を見るなり、美園司は満足したような笑みを浮かべた。


「なんだ、普段の様子見てると無敵みたいに見えるけど、案外弱いんじゃん」

「っく、だって…ひゃあっ!」


今度は脇腹を大きな手でなであげられたので、私は急いでその腕を両手で掴んで自分の体から引き離した。


「やめて、くすぐったい…!」

「はっ、この程度でここまでとはな」


焦っていた私の両腕は、いとも簡単に封じ込まれた。美園司は片手で私の両腕を頭の上で固定し、もう片方の手で今度は私の首筋に触れた。


慌てて頭を左右に振る。


「ねえ、首だけは勘弁して!お願い!」

「さっきのすました態度とは比べ物になんねえほど必死になってんなあ」

「お願いだから!」


私の懇願も虚しく、彼の長い指は私のうなじを優しく撫でた。


「ふ、ふあ」


頑張って目も口も閉じて我慢するけれど、刺激が予測できないがためにいちいち反応してしまう。


「少し触るだけでこれって。おもしれ」


相変わらず余裕の笑みで私を見下ろす美園司。私は今、彼に遊ばれ、翻弄され、いじられている。


そんな自分の無力さに腹が立ってきて、思い切って目を開けて彼を精一杯睨んだ。


「いいな、その反抗的な目」

「私は、あんたの遊び道具じゃない…ふにゃあ!」

「にゃあって、猫かよ」


一体いつまで耐えなければいけないのか。


思わず叫んだ。


「んくっ…あとで殺してやる」

「殺すとはまた、大胆なことをいいまちゅねえ。んなことできねえくせに」

「あんたなんか、いつでも、潰せるんだから…!」


その発言は彼の何かのスイッチを押してしまったようだった。


「ふうん。そんなに自分を守れる自信あるなら、俺に抵抗してみろよ」


そういうなり、彼は空いた手で私の顎を掴み、上を向かされた。何事かと頭が考えているうちに、私の唇には彼のそれが重なっていた。


熱い。熱いとしか言いようのないような、荒く激しい動きをするその唇を、私は固く拒否した。


漏れる吐息が、頬に当たる。


話すと変に聞こえるかもしれないが、それまで高揚していた私の心は、そのときになって落ち着いてきた。

ああ、こいつの髪、サラサラだなあ。どうしたらこうなるんだろう。


そんな関係のないことを考えていた私の脳内に、ふとあるアイデアが浮かんできた。


こいつは、抵抗しろと言った。だったら、その勝負、受けて立とうではないか。


次の瞬間、私は固く閉じていた顎を緩め、口を僅かながら開けた。すかさず押し入ってきた彼の舌と唇を感じてから、タイミングを図った。そして、今だ!と思った瞬間、彼の舌も唇もまとめて軽く噛み付いた。


「っ!」


すぐに口から離れていくその顔は、苦痛に少しだけ歪められていた。見ると、下唇が切れていて、少量の血がたれていた。


「はあ、はあ…」


やり遂げた達成感で私の緊張の糸は切れ、腰が抜けた。座り込んだ私を見下ろしながら、美園司は感心したような声を上げた。


「さすが、鋼の女呼ばわりされてるだけあるな」


しかし彼が怯んだのもつかの間だった。すぐに体制を整えた彼は、私の前にしゃがみ込み、最悪に悍ましいことを言い放った。


「わかった。お前、アレのこと言ってほしくなかったら、今日のこと誰にも言うな。これから何されても、何も言うなよ」


私は青ざめた。抵抗できないのはわかっていた−−なぜなら、こいつはそれなりに生徒や先生から信頼を置かれているからだ。もしあの袋を私の持ち物だと言って先生にでも渡されたら、私は生徒指導室直行だ。


どうせヤラせろとか言われて、いやと言えない私はそのままこの憎い男に処女を捧げることになるのだろう。そのくらいは、今日の出来事から推測できる。


ああ、終わった。人生終わった。


がっくりとうなだれる私を、彼は強引に引っ張り上げた。


「なんで、普通にパシリとかで済ませてくれないのよ」

「お前、面白そうだから」

「私の何が面白いっていうの…」

「キスしても懐いてこない女子、初めて会ったから、なんか手懐けてみたくなっただけ」

「はあ?!あんたなんかに手懐けられる気、さらさら無い」

「その反抗的なのを攻めて屈服させんのが楽しそうなんだよ」


やばい。こいつ、筋金入りのサディストだ。


そして私はマゾではない。断じてない。


こんなやつが、私の手に負えるはずがないのに、なぜこんな展開になってしまったのだろう。


そうだ。全ては最初にポケットに入っていた、コンドームが原因。

じゃあどうすれば救われるか。


脳内のに4つの漢字が浮かび上がった。


「証拠隠滅」


早速、私はさっきのコンドームを取り返すべく、計画を企てた。


おそらくアレは今、彼のポケットの中。教室に戻れば、きっとそれをスクバに移して保管するだろう。

そこを狙おう。スクバの中をこっそり物色して、取り戻す。最悪、もしコンドームが見つからなくても、なにか別の、逆に脅せるものがあるだろう。


失敗する可能性は大きいけれど、その手しか無い。


「おい、そろそろ教室に戻るぞ」


荷物を無事倉庫に運び入れたあと、私は新たな任務を全うすべく、意気込みながら美園司と歩き出した。



このときの私は、自分がどんなに愚かか気づいていなかった。そんな袋は、私に心当たりはありませんと一言言えば、万が一先生たちにバラされても信じてもらえるくらいの信頼は私にもあった。それを使って脅すなんて、本来効果はなかったはずなのに。

私は焦りのあまり、自分の状況を過剰に危険と判断してしまった。


そしてその結果、私は、自分から脅しの種を作ってしまったのだ。



−−



教室に戻った私は、美園司のスクバを物色できる機会を伺った。


どうやら彼は約束したとおりに私を送る気のようで、私の仕事が終わるのを待っていた。

仕事が残っているふりをしながら、彼が目を離した隙にどうにか手に入らないかと、チャンスを待った。


彼が眼鏡を取り、スクバにしまいこみ、居眠りをし始めた時、私はようやく、チャンスは訪れた、と思った。


足音を立てないように静かに移動しながら、彼のスクバに一歩一歩近づく。


手が届く距離になったら、すぐに腕を突っ込んでガサガサと探る。

すると、先程彼が中に入れた眼鏡が飛び出し、床に嫌な音を立てて落ちた。


それを拾いもせず鞄の中を探り続けた。教科書や本の間になにかそれっぽいものが入っていないか、必死に手を動かす。


ふと、指先にプラスチックの小さな物体が触れた。


これだ、と思い、腕を引っこ抜いて見れば、指の中に収まっていたものは確かに今朝のあの袋だった。

安堵して大きなため息を吐く。と、そばで寝ていた美園司がぱちっと目を開いた。


「それ、俺の鞄だぞ」


いきなり立ち上がったので、驚いた私は数歩後ずさった。そしてその時、足の下で何か薄くてかたいものがカシャンと音を立てて割れたのに気づいた。


青ざめた顔で足元を見た。やはり、私が踏んでしまったのは彼の眼鏡−紛れもなく壊れ、枠が変形し、レンズにひびが幾本も入った、高級な眼鏡。


彼も、私につられてその残骸を見る。


「あーあ、やっちゃったな、それ」

「うっ…ごめ…」

「弁償だな」


引きつった顔で彼を見る。


たった今眼鏡が壊されたというのに、彼は悲しみもせずに笑っている。

彼よりも私のほうが眼鏡を気にかけていた。


私は苦々しげに、しかしきっぱりと言った。


「ご、ごめんなさい…」


いくらこいつが憎くても、これは本当に彼に悪いことをしたんだから、なにを言われても飲み込むしか無いだろうと思った。身を固くして、眼鏡の金額を聞く。


「え…」


聞いた途端、私は顔面蒼白になった。そんな高値の眼鏡、聞いたことがない。まして、高校生が払える金額ではない。


「おい」


呼びかけられ、口をパクパクアワアワさせながら彼に向き直った。


「俺が払う」


え?


いきなり言い出す彼に、私はポカンとする。


いや、でも、私が壊したから、ここは私が払わないと顔向けできない。


「いいよ、私が−」

「その代わり、お前は俺の言うことを聞け」

「は?」

「わかるよな?俺は、代わりにお前を好きなように使う、ってことだ」


え、ちょっと待って、え?


会話についていけていない私は、ゆっくりと彼の言葉の意味を掴み始めた。

私は、こいつのいいなりにならなければいけないのか…?


驚愕している私のことを気にもとめずに、美園司は更に続けた。


「お前に眼鏡壊されたから、家に帰れない。お前の家に泊まるぞ」


…ええ?

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