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絶体絶命

※軽度の性的描写あり

その日の放課後。


私は、美園先輩と一緒に各教室を回ったあと、自分のクラスに戻り、文化祭の準備を手伝っていた。弓道部は休みの日が少ないので、開いている日は出来る限り準備に参加するようにしている。


私は絵を描くのが好きだ。弓道部の活動がなければ、美術部に入部していたと思う。


それもあって、私はいつも垂れ幕や張り紙を描く手伝いをしている。今日も、宣伝用に印刷するフライヤーをかく任務を言い渡された。


最初はたくさんの生徒が働いていた。

が、時間が経つに連れて、段々と作業している人数が少なくなっていった。一人、また一人と仕事を切り上げ、下校していくのを横目で見ながら、手を進める。


「紗羅、帰らないの?」


描いていた紙から目を離すと、前には友人の蜷川にながわ 小町こまちが立っていた。


「うん、私普段は部活で来られないから、来れる日は最後まで残って仕事することにしてるの。まだ下校時間になるまでは結構あるし、ギリギリまではいようと思ってるから」

「そう。でも、あんまり遅くまでいちゃだめよ。私はもう帰らなきゃいけないから、明日ね」

「うん。ありがと」


西側の窓からは、夕日が差し込み始めていた。下校時間にはなってないとはいえ、もうそろそろ帰る頃合いだろうか。

しかし教室にはまだまだそれなりの数の生徒がいる。もうひと踏ん張りだ、と私は自分を励まし、再び机に向かった。


その一時間ほどあと、仕事が切りの良いところまで到達したので、私はそっと立ち上がって今日の成果を眺めた。

うん、なかなかの出来じゃないか。


その頃には、教室には二人しか残っていなかった。私と、あろうことか、あの美園 司だ。相変わらず掴みどころのないような冷静な表情を浮かべながら、彼はハサミで色紙を切っていた。


いきなり彼は声をかけてきた。


「武原さん、敬語やめましょう」

「え?」

「僕達同い年なんだから、お互い敬語を使うのはやめましょう。なんか、遠い感じするし」


私はあなたとそんなに仲良かったっけ、と不思議に思いながらも私は了承した。


「じゃあ、あと少しだけだから文化祭の準備頑張って、武原さん」

「ありがとう。あなたこそ」

「僕はもうそろそろ帰るけど、武原さんはどうするの?もうこんなに遅いし、送るよ」

「ああ、それは大丈夫。もうちょっと仕事残ってる」

「じゃあ、僕も終わるまで付き合うよ」


話し方があまりにも会長に似ていて、私は改めて兄弟のつながりに気付かされた。


そういえば、会長といえば、彼に依頼されていた荷物運びの仕事が残っている。それを終わらせたら、帰るとするか。私はそばに何箱か置いてあった段ボール箱の一番上を持ち上げ、教室の出口へ向かった。


しかしいざ扉の前に立った時、私は自分が扉を開けられないのに気づいた。段ボール箱が大きすぎて腕が使えないし、足で無理やり開けようにも扉はピタッと閉められている。一旦箱をおいても良いかもしれないが、そうすると私の腕力ではもう一度持ち上げるのが困難になる。


ふぐふぐともがきながら扉を開けようと悪戦苦闘していると、後ろから声が聞こえた。


「僕がやるよ」


振り返ると、そこにはさっきの美園くんが、残りの二箱を腕に抱えて立っていた。彼はその荷物をまるで

綿のように軽々と一本の腕で持ち、もう片方の腕で扉を開けてくれた。


「あ、ありがとう。でも、残りの荷物はいいよ、私が運ぶから…」

「理人も、女の子に力仕事をさせるなんて、随分と無神経なことをしてるんだね。このくらい、僕が運ぶから武原さんは遠慮しないで」

「でも」


断ろうとする私を、美園くんは優しく遮った。


「これは僕が好きでやってることだから、気にしないで」


いつものミステリアスな笑みを浮かべて、彼は私を諭すような目で見下ろす。

そこまで言われると、何も言い返せない。私は、小さく「わかった」とつぶやき、廊下に出た。


「これは、どこに運べば良いの?」

「そうね、ついてきて」


私たちは体育館倉庫まで足を進めた。


体育館にはもう誰も残っておらず、しんと静まり返っていた。倉庫の前で足を止め、ドアノブに手をかける。


「ここに置けって言われたんだけど…鍵がかかってるみたい」


私は一旦箱を床に置き、自分の制服ポケットから倉庫の鍵を探し出した。今朝、先生から別の仕事のために渡されていたものだ。持っていて幸いだった。


ガチャガチャと鍵を開け、倉庫の扉を押し開けた。むわっと乾いた汗の匂いが襲ってきたが、私は恐れずに中に入り、適当な場所に自分の箱をおいた。


「美園くん、残りの箱はここにおいて…って、美園くん?」


美園くんが倉庫の中に入ってきていないことに気づいた私は、彼を呼ぶために外に出た。その途端、誰かに腕を強く引っ張られ、気づけば私は壁に押し付けられていた。

目の前に迫る顔は、美園くんのものだった。彼は、ちょうど壁と自分の体で私を挟むようにして立ち、その逞しい腕を私の頭のすぐそばの壁に打ち付けた。ダン、と大きな音が体育館中に響いた。


少々呆気に取られた私は、目をパチクリさせる。


「な、なに、美園くん」

「…武原さん、これ、何」


彼はその手に何かを握っていた。まるで見せつけるかのようにそれをひらひらと動かす。その物体を認識した私は息を呑んだ。


それは、避妊具−そう、コンドームだった。


「え、あ、な…」

「さっき、鍵探してるときに、武原さんのポッケから落ちた」


ああ、そうだ。私はすぐに、どうしてそれが私のポケットにあったのか思い当たった。


私には同じ高校に通う三年生の兄がいるのだが、それは今朝、その兄が出かけ際に落としていったものだった。


両親はそういうことに関してあまり興味を示さないが、さすがにこれが親にバレてはまずいと思った私は、それをとりあえずポケットに突っ込んだのだ。家で捨てたら母親にバレるかもしれないし、とにかくそれは安易だと思ったからだった。


しかし、どうやらその判断が凶と出たらしい。忘れてポケットに入ったままだったその小さな袋は、最悪のタイミングで存在を暴露してしまったのだ。


私は心の中で舌打ちをした。これは絶対、美園くんに誤解されているパターンだ。

弁解しなければと思っても、衝撃でうまく言葉が出てこない。


「そ、それは…」

「武原って、こんな趣味だったの」


美園くんは、いきなり人が変わったように話し始めた。口調も、雰囲気も、何もかも普段と違っていた。

待てよ…今、呼び捨てにされた?


「へえ、あのいかにもお堅いイメージのクラス委員のお前が、裏でこんな物持ってるなんてなあ」

「…っ、ちがっ」

「何が違うんだよ」


思わず彼を睨んだ。彼は、いつものにこやかな笑い方とは違う、荒々しさのこもった瞳で、私を見下ろす。

口角はいつもと同じように上がっている。しかしその表情は普段の優しいものからは想像できない、狼のようなものだった。


「勝手に変な想像しないで。それは私のじゃない」

「誰が勝手に想像した?これがお前のポケットから出てきたのは事実だろ」

「それには正当な理由があるの。とにかく返して」


彼の突然の豹変に内心戸惑いながらも、私はその袋を取り返すべく、彼の手に掴みかかった。


「っと」


しかし私の指は空を切った。彼は、寸前で腕をありったけ伸ばし、私の頭上でその忌々しい袋をぷらぷらさせていた。


「…っく、あんたの、身長に…敵うわけ、ないでしょ」


私もつま先立ちをしながら手を出来る限り伸ばす。しかしそれで私が袋に届くはずもなく、一生懸命もがく私を彼は楽しそうに眺めていた。


「さっき、お前のじゃないって言ったじゃん。だったら、何をそんなに焦ってるんだよ」


私は一旦両足を地面につけてから、言った。


「だって、あんたがそれを持ってたらろくなことにならない」


眼鏡の奥から、彼の目が光ったのが見えた。


「よくわかってんじゃん。そう、俺がここでこれを先生に渡したらどうなる?武原さんが持ってたんです、って」


お前って言い出しただけじゃなくて、一人称も俺に変わっている、と思いながら私は唇を噛んだ。


「先生ならまだしも、理人に見せたらどうなるだろうな?」


私の肩がびくっと震えたのを、彼は見逃さなかった。


「お前、理人のこと好きだろ」

「…!」

「ほら、やっぱり」


いつもはそんなことを言われても、平然としていられるのに。冷静でいられるのに。なぜか、混乱している今は顔に心情が出てしまった。


というか、なぜ彼はわかったんだろう。


真っ赤になった私の顔を、彼が嘲笑うように見る。


「なに、もうあいつとヤるための準備?随分と用意の良いやつだな」

「違うわよ…っ」


私はありったけの悪意を込めて、彼を睨む。私は、普段の顔が少し怖いとよく言われる。友達曰く、視線が鋭いんだとか。そんな私のきつい眼光を受けても、美園 司は怯みもせずに余裕の表情で視線を交えてくる。


「それはうちの兄が今朝落としてったものなの。家で捨てたら親にバレるから、外で捨てようと思ってたの」

「そんな話、俺が信じるとでも?」


さすがにイラッときた。氷のように冷たい声で、言葉を紡ぐ。


「一体何が言いたいわけ?」

「お前は、俺に逆らえないんだっつってんだよ。たとえこれがお前の兄貴のものでもなんでも、俺がここで先生にこれを渡したら、お前がこれを持っていたことにできる」

「いきなり性格変わったと思ったら今度は脅し?私をそんなもので脅しても効果ないわよ」


美園くん…いや、美園は、その妖艶な口角を更に釣り上げた。


「ふうん。じゃあ、これ先生に渡してきてもいいんだ?」

「…べ、べつに、いいし」


ぷいっとそっぽを向いた私に、彼は更に追い打ちをかけてくる。


「バレたらどうなるか、わかってるよな?」


私はその視線の強さに気圧されそうになりながらも、言い返した。


「何にもならないわよ」


彼は暫く私を見つめてから、体育館の出口の方に向いた。


「そっか、じゃあ早速渡してくるからな。楽しみに待ってろよ」

「ちょっ…」


職員室に向かうために、彼の手がそばの壁から離れそうになるのを見て、私は思わずその袖を掴んだ。

しまった、と思う前に彼は私の行動に気づき、更に笑みを深めた。


強がってはいたが、心底不安で仕方なかった。バレたら、私の信頼は崩れ落ち、絶対に変な噂が流れるだろう。そう心配に思っていたのが、行動に出てしまった。


彼を引き止めてしまったせいで、彼は私の焦りに確信を持ったようだった。


そして私は私で、窮地に陥ったことをようやく認識し始めていた。


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