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蜂蜜檸檬の瓶詰を、蜂蜜多めで。

作者: 肌黒眼鏡

 


 ――とろん。

 そういう表現、擬音が正しいのかわからないけれど、確かにそれはとろんと出てくる。

 ――ぽとん。

 瓶の口からとろとろと垂れる、芳醇な香りをしたそれは、琥珀の煌きを放ちながら彼女の口の中に流れ込む。

 ――こくん。

 彼女はゆっくりとそれを咀嚼し、嚥下し、そして口元を綻ばせる。


「んー! おいしい!」

「そう、よかった」


 そう言ってから、僕もその瓶に手を向ける。

 黄色が濃くなった檸檬を一つ、口の中に放り込んだ。うん、美味しい。

 蜂蜜が多めと言うより、蜂蜜がメインになった蜂蜜檸檬は、彼女に言われて作っていたのだが、僕もいつの間にかこれじゃないと落ち着かなくなっていた。

 けれど。


「その食べ方、いい加減やめなよ」

「でも、蜂蜜も飲むのがおいしいんじゃない」

「……そうかなあ。身体に悪そうだけど」


 彼女の食べ方は、なんだか、その……エロい。

 普段の活発な彼女からは想像できないほど、その姿は蠱惑的だ。それは僕だけに対して有効なのかもしれないけれど。


 運動後の少し上気した頬。目を閉じ、蜂蜜を口に入れると、上を向いたまま喉を僅かに動かす。そして、喉を通り過ぎた後に漏れる、甘い吐息。

 少し焼けた小麦色の肌に、短く切りそろえた髪。首筋には玉の汗が流れ、髪を僅かに湿らせ、肌に張り付くさまもまた官能的に思える。


 なんだか、僕が変態みたいだ。僕が悪いんじゃない、こう見える彼女が魅力的なんだ。

 他の食べ物ではこうは思わない。けれど、この蜂蜜檸檬――蜂蜜多めの瓶詰を食べるとき、彼女はその妖艶さを醸し出す。

 いったい、なんでだろう。


「よし、休憩終わり! 行くよ!」


 檸檬を一切れ、口に含みながら、彼女は僕に言う。

 それに僕は「はいはい」と返事をし、瓶を片付ける。


「返事は一回ね」

「……はい」


 母親のように僕を諭す彼女は、なんだか眩しく見える。

 彼女は僕に背を向け、既に走り出していた。

 僕はそれを追いかける。昔からそうだ。

 僕は彼女を追いかける。それを気にするそぶりも見せず、振り返らず、彼女は走り続ける。


 今では、彼女は選手で、僕はマネージャーだ。

 彼女が走る姿を、僕は自転車で追いかける。自転車ではいささか遅めの速度で、それでも彼女は遠くにあり続ける。

 それでも、少しでもそばにいたいから。


 いつか、届くだろうか。追いつけるだろうか。

 そうすれば、この気持ちもいくらか軽くなると思う。


 ――明日も、蜂蜜檸檬の瓶詰を持ってこよう。蜂蜜たっぷりで。

 これを食べている間は、彼女と同じ場所に居られるから。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 青春ですなぁ。 大人でもないが、子供でも要られない。 登場人物を絞り、閃光のように一瞬のキリトリ。 [気になる点] 特になし。 オチや山はないが、そういう作品ですし。 ただまあ、最終的に…
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