病院とはパンツに似ている
主に白が似合うとことか似ている
この世に生を受けて十数年、数々の偉業ならぬ異業を達成してきた流石の僕も、全身を包帯で身を包み、全治3ヶ月を言い渡されたのは2回目である。
1回目は茶児との初めての戦闘――小1の頃だっけか。
懐かしいなぁ。
「ホント、懐かしいな」
現在地、病院。
俺はベッドに寝そべり、茶児はパイプ椅子に座りながら駄弁り中。
「おっと、あまり思い出さないでくれよ茶児、僕にとっちゃ黒歴史もいいとこなんだから」
「はは、学校中に広めといてやろう」
「ひでぇ!?」
茶児が持ってきて、俺が剥いたリンゴを一口。
甘い。
「しかし、全治3ヶ月って……魔法でどうにかならんのか? お前なら回復魔法とか使えそうなもんだが」
「んー、魔法ってのはそんな便利じゃなくてなぁ……」
さらにリンゴを摘まむ。
美味い、パンツの次くらいに美味い。
「『スクロール』っていう巻物みたいなのに契約すると魔法が使えるようになるんだよ」
「『スクロール』?」
「ああ、俺も良くわかんないけど、使い捨ての魔法取得アイテムって感じのやつがあってな」
へー、便利なもんがあるんだな、と、茶児はリンゴを食べた。
……最後の一個が……。
「で、冒険の最中に結構たくさん『スクロール』は手に入ったんだけどさ、あんまりにも白黒が役立たず過ぎて、序盤に手に入った『スクロール』以外はほぼ全部白黒にあげてたんだよ」
「あー、成程、じゃあ回復魔法は白黒が覚えてるのか?」
「そうだな、まあ、途中から面白がって『スクロール』集めの旅みたいなことしてた所為で、白黒の使える魔法は100を楽に越えるぞ」
「うわぁ……」
まあ7割くらいはどうでもいい魔法だがな。
髪の毛が15mm伸びる魔法とか、肩こりが治る魔法だったり。
「そういえば俺、異世界の話殆ど聞いたことなかったな、色々教えてくれよ」
「それはお前が中々信じなかったからだろ……ま、いいぜ、そうだなぁ、じゃあまず、厨学生男子大興奮の魔剣聖剣の話を――」
その時、ブブブ……と茶児の方角から振動音が聞こえた。
茶児の携帯に着信が来たようだ、茶児は画面を確認すると、にやりと笑った。
「噂をすれば……なんとやら、だな」
茶児の携帯の着信画面には、でかでかと『白黒』の二文字が映っていた。
*****
斉藤白黒という男の、話をしよう。
ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の両親に囲まれ、異常な事件に巻き込まれて両親を失って育った一般人。
名を表すように白黒の服装を好み、頭髪も白と黒の斑模様に染めている。
二次元の美少女を愛する。
オタク気質である。
特徴という特徴は沢山あるものの、それらは全て一般の領域を出ない。
茶髪眼鏡のツッコミ役のような怪力乱神も、変態性癖も。
虹色の髪の毛をした姉貴分のような溢れんばかりのカリスマも、変態性癖も。
マヨネーズ厨の妹分のような異常な行動力も、変態性癖も。
パンツが大好きなあの友人のような万能性も、変態性癖も。
無い。
斉藤白黒という男には、所謂異常性というものは無い。
異世界冒険編で、人の領域から一歩はみ出たものの、それはあくまで彼の努力の結果であり、何も、おかしなことではない。
努力が実を結んだだけのお話である。
そんな凡人な彼と、異常な彼らが、友好的な関係を結べている理由は、一つ。
白黒は、アニメや漫画が大好きだ。
そう。
だから。
だからこそ。
斉藤白黒は劇的な展開を期待する。
アニメや漫画みたいな展開を、この現実に期待する。
異常者の隣に居ることで、異常な展開に巻き込まれることに期待している。
至上に異常なあいつ等の隣にいれば、何かが変わると思っている。
今回旅に出たのも、異常なあいつ等のことを真似しただけ。
真似をすれば、何かが、劇的な展開が待っているんじゃないかと、そう思ったから、旅に出たのだ。
そしてその目論見は――――見事に当たることになった。
――数日前。
旅に出ることにした白黒が掲げた目標は、とりあえず日本一周だった。
交通機関を使わずに、徒歩で日本制覇。
心躍る言葉だ。制覇、うん、実にいい言葉。
「さて、いってきます」
もう誰もいない自分の家に、そう言って白黒は旅に出たのは、もう一週間も前。
白黒は、南は沖縄まで、北は北海道まで、数々の試練とも言うべき難関を突破し、時にギャングを倒し、時に幼女とフラグを立て、時にお年寄りの介護をしたり、時に女とフラグを立て、時に熟女とフラグを立て、時に妊婦を助け、時に幼女とフラグを立て、時にヤクザを蹂躙して、時に美少女とフラグを立てた。
何? 女とフラグを立てすぎ?
ただ残念なことに中身がいくら馬鹿でも白黒は見た目爽やかイケメンなので行きずりの女性とはフラグが立ちやすい体質なのだ。
深い付き合いになった後も白黒を好いてくれる女性もいることはいるが、それはごく僅かな上に彼自身二次元にしか興味が無いのも相まって彼女が出来たことは無い。
閑話休題。
そしてついに、故郷の街まで、あと少しという所まで辿り着いたのだ。
「名古屋か……何回かイベントで来たことはあるけど……ゆっくり回るのは初めてだな」
信号機が青になり、横断歩道を渡る。
流石は都会の一角、地元には無いような大きい横断歩道ばかりだ。
(そういえば、結構長い間旅したけど、そんなに劇的なこと起こらなかったなぁ……)
駅前にある地図を見て、現在地を確認。
あ、ゲームショップあるじゃん、行ってみよう。と次の行動を決める。
(やっぱ茶児も誘えばよかったかなぁ、パンツ野郎とは異世界で散々旅したから、アイツは別にどっちでもいいけど)
そんなことを考えながら、しばらく歩くと、裏路地を発見した。
表通りとは違う、暗さがあったが、方角的には近道だ。
白黒は迷わず裏路地へと足を踏み入れた。
(あ、スマホの充電切れてるんだった、あとでコンビニで買わなきゃなぁ……ん?)
泣き声のような小さな声が、白黒の鼓膜を微かに揺らした。
耳を澄まし、音がするほうに進むと、思った通りそこには泣いている幼女がいた。
ツインテールで黒髪の、花の髪飾りが似合う幼女だ。
「どうしたんだ?」
「ひぐ……おがあさんが……! うぅ……」
迷子か? と思ったが、すぐにそれは違うことに気付いた。
「ぅぅ……」
近くでうめき声が聞こえた。
幼女の嗚咽とは違う、大人の女性のうめき声だ。
急いで走りだす。
後ろから幼女が付いてくる気配を感じつつしばらく走ると、予想通り、そこには死にかけの女性がいた。
スーツ姿の、妙齢の美人だ。
お腹を手で抑えてるものの、そこからは赤い赤い、血がとめどなく流れていた。
「ママぁ……」
「…………」
幼女が呼びかけるも、もう答える余裕も無さそうだ。
呼吸は荒く、顔は真っ青。まさに死ぬ寸前。
幼女は、嗚咽混じりに白黒に懇願する。
「お願い……ママを助けて、病院に、運ぶの、手伝って」
「あ、うん、いいよ、回復魔法ドーン!」
黄緑の光が母親を包みこむ。
すると、傷は塞がり、血肉は再生、顔色も青から肌色にビデオの逆再生のように戻っていった。
「……え?」
幼女から呆けた声が漏れた。
「これで全回復しただろ、もし不安なら自分の足で病院にでも何でも行ってくれ、じゃあな」
幼女はどうしたらいいのか分からないといった表情を浮かべたが(当然である)、やがて、納得したように、笑顔で言った。
「ありがとう! 魔法使いさん!」
白黒は背を向けたまま手を挙げ、それに応えた。
(あー、ホント……)
裏路地から出て、目の前に迫ったゲームショップを横目に見つつ、呟く。
「……もっと劇的な展開は無いもんかねぇ……」
斉藤白黒。
異世界冒険編を経て、彼の異常と正常の基準は、大きく変わってしまっていたのであった。