妹とはパンツに似ている
「お主は意外と、想定外の事態に弱いようじゃな」
最終決戦目前の日、エリーゼ姫はそう言った。
「こうして突然キスしたくらいで顔を真っ赤にするとは……くっく、まるでおなごじゃの」
そう言ってエリーゼ姫は笑った。
可笑しそうに、笑った。
そんな、思い出。
*****
そういえば、エリーゼ姫に言われたっけか。
僕は想定外の事態に弱い、と。
成程、あの時は聞き流したが確かに僕は想定外の事態に弱いのかもしれない。
思えばカツラが脱げなくとも、正体をバラす方法など幾らでもあったじゃないか。
数刻前の自分を思い返し、歯噛みする。
それは兎も角。
「いやー、兄貴凄いなぁ、女装。アタシよりも女らしいんじゃね?」
「お前はもう少し女らしく振舞うべきだよ、マヨ」
我が妹であるマヨが胡坐をかきながら、うひひと笑った。
来年は中学生だというのに、男前過ぎである。
お兄ちゃんは心配だ。
ちなみにマヨ、というのは僕の妹のあだ名である。
マヨネーズが好きだからマヨ。実に単純なあだ名だ。
ちなみに僕のツッくんというあだ名は、『パンツくん』の略だから別に本名とは関係ない。
「で、何で急に帰って来たんだ?」
冷蔵庫からマヨネーズを取り出し、マヨに向かって投げる。
マヨは、マヨネーズを受け取ると、それをジュースのように飲み始めた。
昔からジュース代わりにマヨネーズを飲んでいるのに、どうして太らないのかが全くの謎だ。
「ぷはっ、あー、やっぱウチのマヨネーズが一番美味い」
「お前の自作だもんなぁ、旅の最中はどうしてたんだ?」
「市販品で我慢してた。それよりもさ、やろうよ、ポケ○ンバトル」
スチャッとDSを構えるマヨ。
相変わらずのバトルジャンキーである。
マヨネーズとDSさえあればコイツは人生楽しく生きていけるのだろう。
「好きだねえ、ま、構わんが」
久しぶりに会った妹の遊び相手をするのも悪くないだろう。
DSどこやったっけなぁ……。
「少しは強くなったか?」
「ふふん、以前のアタシだと思うなよー?」
「ほほう、自信満々だな、じゃあ僕が勝ったら今履いてるパンツ寄越せよ」
「身内のパンツでも平然と欲情出来る辺りレベル高いよね……兄貴」
「別に欲情はしてないがな」
ちなみに母さんのパンツだけは無理だ。口に入れたくない。
彩さんのパンツは興味無いだけで普通に大丈夫だが、母さんのだけはマジで無理。
……ていうかあれだ。
「母さんのパンツとか、嫌なこと思い出させやがって……絶対に許さん。じわじわと嬲り殺してやろう」
「兄貴とお母さんのパンツの間に何が!?」
うるせぇ!
聞くな! マジで! お願いします!
僕の剣幕に何かを感じ取ってくれたのか、マヨはそれ以上何も聞かないでおいてくれた。
それでいい。
誰にだって、思い出したくないことはあるのだ。
「あっと、そうだ、女装解くの忘れてた」
「そのままでいいんじゃない? 母さんと父さんに見せてあげなよ」
「えー? 別にもう見せたことあるからなぁ……」
まあ大事な妹の頼みだ、このままでいいや。
いちいち風呂行くのもめんどくさいしね。
「ていうかあれ……? DSが見当たらない……」
「え? マジで? ここまで来てバトル出来ないとか許されざるよ兄貴」
マヨも一緒になって捜し始めるものの、一向に見つからない。
あっれー? 誰かに貸してるっけな?
「あ、そうだそうだ、思い出した、今、白黒ん家に置きっぱなしだ」
「えー、取り行って来いよ兄貴」
そうしたいのは山々だが、白黒は旅に出ている真っ最中である。
奴は一人暮らしなので、奴がいないとなると家の鍵は当然閉まっているだろう。
「不法侵入すればいいんじゃね?」
「小六で平然とその発想が出てくるのは恐れ入るが、却下だ。流石の僕も友達の家に黙って入るとか出来ねえよ」
親しき仲にも礼儀あり。
そこんとこ、守らなきゃ駄目だよね。
「兄貴がマトモなこと言ってる……」
「それはそうと、DS無いし諦めてパンツレスリングしようぜ」
「感心した瞬間これだよ!」
んー、やはりマヨじゃまだツッコミのキレが足らんなぁ……。
茶児だったら、全米が笑うクラスのツッコミをしてくれるんだが……。
「今無意味に茶児さんへのハードルが上がった気がする……!」
「気のせいだ」
ふぅ……やれやれ、妹の相手は疲れるぜ。
もっとこう、アダルティな放課後ティータイムを過ごす予定だったんだがなぁ……今日は。
「そうだ、コーヒーを注ごう」
「何で突然!?」
「今からアダァルティな放課後ティータイムを過ごす予定があるってことを決めた」
「それは予定と言わねえ! 思いつきだ!」
マヨのツッコミに対して49点と書かれた紙を渡し、台所へコーヒーメーカーを取りに行く。
紙を茫然と見つめるマヨを尻目にコーヒーをコップに注いでいく。
「マヨー、コーヒーいる?」
「お、兄貴にしては気が効くじゃん、くれくれ。ミルクと砂糖とマヨネーズ入れてね」
「OK、いつものだな」
僕は、こういうこともあろうかとポケットに入れておいた墨汁をお湯に溶き、その中に言われた通りミルクと砂糖とマヨネーズを入れる。
そして、ティースプーンで良く溶き、コーヒー豆をそのままぶちこんで匂いを出す。
完璧だ。見た目も真っ黒だから豆が入ってることなんて分からないだろう。
問題があるとすれば、良く考えたらコーヒー豆を入れても別にコーヒーの匂いにはならないし、ぶっちゃけ墨汁溶かしたお湯にしか見えないことを除けば、まあ問題は無いだろう。
「ほらよ、出来たぞ」
「わーい、ありがと……ってこれ墨汁じゃねえかっ!」
「23点」
「さっきから評価が辛辣っ!?」
くっ……茶児だったら、もっとハイレベルなツッコミを入れてくれるのに……!
「しょうがない、マヨ、修行だ! ツッコミの修行だ!」
「しゅ、修行って……アタシ帰ってきたばっかで正直休みたいんだけど……」
「甘えんな! これも立派なツッコミ役になるために必要なことなんだ!」
「いや別になりたいわけじゃ……」
「昔からツッコミの上手さとポケモ○バトルの上手さは比例すると言われていてな……」
「何やってんだ兄貴! 今すぐ修行を始めるぞ!」
ふ、妹のゲームへの愛を利用するのは気が引けるが……これもそれも全て僕のボケに対応してくれるツッコミ役を増やすため……悪く思うなよ、マヨ。
「よーし、良い心がけだ! まずはスクワット1200回!」
「うぉおおおおおおお! アタシは立派なツッコミ役になるぞおおおおおおおお!」
猛烈な勢いでスクワットを始めた妹を見つめつつ、僕は静かに思った。
(――ラーメン食べたいなぁ……)
パンツの付け合せとして、ラーメンが食べたくなってきた。
なんか無性にラーメンが食べたくなることってあるよね。
後で食い行こう。
「……なあ兄貴、冷静に考えてみたらツッコミとスクワットって関係無いんじゃ……?」
「ん? いや、あるよ?」
「そっか、あるのか! よし、頑張るぞー!」
この妹、将来悪い男に騙されそうだ。
そんなことを思いながら、僕は携帯電話で近所のラーメン屋を検索し始めるのであった。