チョコレートとはパンツに似ている
唐突だが、今日は愛と嫉妬と陰謀が渦巻く、バレンタインデーである。
妹は旅立っているし、母さんは父さんにしか渡さないだろうし、彩さんには期待してないので、事実上今年のチョコ獲得数は0という結果に終わるだろう。
しかぁし! 僕はこのバレンタインデーという行事を、楽しむ方法を発見したのだ!
「これでよし……と」
授業も終わり、皆が帰り支度している中、僕はトイレの中で呟く。
黒髪ロングのカツラをし、女子用の制服に身を包む、正体がばれないように少し濃い化粧をし、手にはハート型のチョコレート。
今日の女装のテーマは『恋する乙女』だ。
くくく……我ながらナイスな出来だ。
ん? 急に女装なんてしてどうした……だって?
ふふ、決まっているじゃないか、今までの人生で家族以外からチョコを貰ったことが無い、寂しい茶児という童貞に束の間の喜びと、絶望を叩きつけようという作戦である。
手順は簡単。女装した僕がチョコを渡し、喜んでいる茶児の目の前で女装を解き、笑顔でタンバリン持って煽るだけ。
「おっと」
失敗は許されない、声でバレる可能性も考慮し、小型の変声器を用意した。
これで完璧である、僕は何処からどう見ても『恋する乙女』だ。
「さぁて、行くか」
朝、下駄箱に入れておいたラブレターを見て、奴は体育館裏に居る筈だ。
僕は誰にも見つからないようにトイレから出ると、一目散に体育館裏に向かった。
*****
お、いたいた。
体育館裏にて茶児はっけーん、くっくっく、そわそわしてるなぁ。
物陰に隠れて茶児の様子を見ているが、時計をチラチラと確認したり、僕が書いたラブレターを時折確認しているのが本当に笑える。大爆笑モノだ。動画に撮っておきたい。
今すぐにネタばらししてやりたい衝動に駆られるが、ぐっと感情を抑え込み、物陰から姿を表す。
「あ……あの……」
「あ、えーと、君がこの手紙の……?」
「あ、はい、そうです」
…………。
沈黙が流れる。
……ま、まだだ……まだ笑うな……しかし……これは……、この、どぎまぎしてる茶児を見ると、笑いが……やばい……!
「これ……受け取ってください!」
も、もう駄目だ……笑いをこらえるのがこんなにも辛いとは……!
さっさと渡してネタばらしをしてやろうと、背中に隠しておいたチョコを渡す。
「あ、ありがとう……」
(ふ、ふぐぅ……!)
茶児の照れ笑いに腹筋を破壊されそうになる。
その笑顔、絶望で染めてやろう!
カツラを掴み、一気に脱……!
「…………!」
「……? どうしたの? 急に髪の毛ひっぱって……」
……脱! ……ぬ……!。
…………あれ? 脱げない……。
(……あ)
……あ、やべ、癖でカツラ接着しちまってた。
どどど、どうしよう。と、とりあえず……。
「じゃ、じゃあ私はこれで!」
「あ! ちょ……!」
茶児の制止を振り切って、逃げ出す。
ネタばらしが出来ないなら、これ以上ここに居てもしょうがない。
グラウンドを抜け、校門から飛び出す。
何故かそこには見知ったカラフルな髪の女性。
彩さんが、待ち構えていた。
「な……!?」
なんで、ここに。
ジャージ姿で、コンビニの袋を持っている所を見ると、コンビニに行った帰りだろうか。
校門から飛び出してきた僕を視認すると、彩さんは目をまんまるにして驚いた。
「び――」
お、落ちつけ、落ちつけ僕。
今僕は女装中だ、それも、茶児にさえバレないレベルの女装だ。
今、彩さんに僕の女装がバレてしまったら、おそらく前の『文学少女』の時と同じ結末を迎えてしまうだろう。
それだけは嫌だ。
彩さんは、しばしの間目を見開いて僕を色々な角度からガン見し、匂いを嗅ぎ、頬っぺたをぐりぐりと撫でた後、
突然、抱きついてきた。
「――美少女だー! ひゃっほーい!」
「ちょぉおおおお!?」
「ねぇねぇ! 君ここの高校の子? ちょっとお茶しない?」
すっげえぜ彩さん! 美少女見たら即ナンパとか、そこに痺れる憧れる!
でも残念でしたー! 僕でしたー! 彩さんとデートとかお断りですー!
「ご、ごめんなさい、この後用事が……」
「じゃあさじゃあさ! 名前と携帯番号教えてよ! 今度遊びに行こう!」
う、鬱陶しい!
僕にパンツを強請られる女子の気持ちが少しわかった気がした。
「わ、私ノンケですよ!?」
「私はノンケでもホイホイ食っちまう女なんだぜ」
じゅるり、とわざとらしく音を立てる彩さん。
そんな下品な動作さえ様になっているのは何故なのだろうか。
「と、兎に角ごめんなさーい!」
「あ、力つよ! 足早っ!」
無理矢理拘束を振りほどき、一目散に逃げる。
久しぶりの全力疾走だ。
下校中の生徒共をすり抜けるように駆け抜けて、あっという間に彩さんから遠く離れる。
ちらりと振り返る。
どうやら追ってきてはいないようだ。
ふぅーっと長い溜め息を吐きながら息を整え、徐々にスピードを緩めていく。
「……あ」
流石に全力疾走したからか、いつもより数倍速く見慣れた我が家に着いた。
特別大きい訳でも小さい訳でもない、所謂普通の家だ。
別段家に帰ろうと舵を切って走っていたわけではないのに家に帰ってこれたのは、多分いつも下校している道を無意識に選んでいたのだろう。
明朝体で書かれた『赤坂』という字が、ここが我が家であることを証明している。
息を整えながら、もう一度ゆっくりと後ろを振り返る。
背後に人影は無し。
「ふぅ……諦めてくれたか」
さっさと風呂入って女装を解こう。
そう思い、玄関に手をかけた所で、
「あれ?」
と、聞きなれた声が、僕の耳に飛び込んできた。
振り返ると、そこにはDS片手に、Tシャツ短パン野球帽という、少年にしか見えない格好をした――
「誰? 兄貴の彼女? ……いや、それは無いか。ウチに何か用ですか?」
――僕の妹が立っていた。