演奏とはパンツに似ている
4月2日。
始業式。
「あー……」
3-Aと書かれたプレートが掲げられた教室で、もうすでに隅へと隔離された机に座りながら僕は呆れるように溜息を吐いた。
「今日から三年生かー楽しみー」
「もう受験かぁ……」
「ねえねえ今日帰り遊びに行かない?」
「やったー! きょーちゃんと同じクラスだぁ!」
「私も嬉しいよゆっちゃん」
「……ところでさぁ」
「……おい、言うな触れるな視界に入れるな、あれはああいうオブジェだ」
「でもあれは流石にねぇ……」
視線の先には、新クラスに浮かれる者、落ち込む者、早速新しい交友を広げる者、仲の良い友達と同じクラスになれたことを喜ぶ者、そして僕らと同じクラスになれたことに感涙をあげてむせび泣く者。
そんな色とりどり十人十色なクラスメイトたちを軽く眺めながら、音楽室から拝借したピアノと巨大スピーカを繋げる。
「ったく、新学期早々騒がしくてしょうがないぜ」
「全くだな」
僕の呟きに、白黒も持ってきたノートPCに入っているエロゲーを音楽室から盗……拝借してきた僕のと同型のスピーカーに繋げて最強音量でプレイしながら同意した。
ちなみにエロゲーのタイトルは『あの子と繋がったままとかマジ頭沸騰するわふひひ7』だ。
登場する女の子のセリフが全て喘ぎ声混じりという他に無い特徴を持つ長寿人気シリーズである。
そんなものを教室で大音量スピーカーを使用してプレイしているのだ、正直こいつが一番騒がしい原因なのではないのだろうか。
などと考えながら、僕も鍵盤を叩き始める。
曲は『超絶技巧練習曲』という……まあネットで調べたら出てきた曲だ。
練習曲と付いているだけあって、中々簡単だ。
ピアノ弾くの初めてな僕が楽に弾けるのだから間違いない。
喧騒、喘ぎ声、音楽。
三つの音が混じり合って教室内は中々にカオスな状況だ。
「皆始業式に浮かれ過ぎでござるな」
白黒は右手でマウスをクリックし、左手で100均の鼻眼鏡を掛けながら言う。
しかしスピーカーからの音量が大きすぎて何言っているのか全然わかんねえ。
まあいいか。
適当に返事しておこう。
「ああそうだな、やっぱパンツって神が人類に与えてくれた唯一無二の神器だよな」
「?」
ああそうか、白黒の声が僕に届いていないってことは僕の声も白黒には届いていないのか。
わざわざ耳が大きくなる手品の小道具を使ってこちらに耳を傾ける白黒を軽くチョップし、再び曲の演奏へと戻る。
しかしあれだな、この曲簡単すぎて眠くなってきた。もう少し難しいのは無いのか。
「――――!」
「練習曲で何か良いのは……あ、このゴドフスキー? の……【おふざけ】ってのが難しいって書いてある、これにするか」
白黒から借りたスマホでぐーぐる検索。
譜面を画面に映し出し、それ通りに弾いていく。
(……これさっきと大して変わらんなぁ)
「――――ぁ――!」
等と考えながら、ふと時計を確認しようと顔を上げる。
すると時計の代わりに、耳を塞いで何かを叫んでいる美少女が視界に入った。
「――――!」
「?」
桜色のヘアピンが良く似合う、黒髪美少女だ。
何処かで見たことあるような……と少し考え、思い出した。
春色文香だ。
以前、僕を取材した新聞部の美少女である。
打鍵を止め、ネコ耳を付けようとしている白黒にハンドサインで音を止めるように伝える。
音が止み、教室に静寂が流れる。
何時の間にやら、喧騒は消えていて僕の演奏とエロゲから流れる喘ぎ声だけが残っていたようだ。
教室中の全員――以外にも、廊下から何人もの生徒からの視線を感じる。
……やりすぎたか?
「二人とも何やってるんですか! 特に斉藤くん!」
「ああ――えっと、春色さん、何か用?」
「何か用? じゃないですよもう! 流石にこれは酷いからって何故か説得役に私が抜粋されちゃったんですよ!」
「どんまい?」
「はぁ……もう、何で急にピアノの演奏と……えっと、いかがわしい音声を大音量で流しているんですか?」
「やー、うん、深い理由は無いんだけどね……」
ピアノの後片付けを始める。
こうなった以上、演奏を続ける意味もない。
「ただツッコミ不在の恐怖を味わってみたかったというか……」
「ほんっとに大した理由じゃないんですね……ってツッコミ不在? 古谷くんはどうしたんですか?」
「絶賛行方不明なう」
瞬間、周りで傍観していた生徒がざわついた。
それもそうだろう、僕ら三人組の中で唯一無二のツッコミ役である古谷茶児が行方不明。
それはつまり僕と白黒の暴走を止める者がいなくなるということだ。
「いつも、最後の一線を超えさせないように、生徒に被害が及ばないように尽力していた茶児の有難みを精々噛み締めるがよいさ! ふはははははは!」
「自分たちが自重するっていう発想は無いんですかねえ……」
「ははは、自重なんて僕たちがするわけないじゃん。ねえ白黒?」
「じちょうってどういう意味?」
「お前が言うとギャグなのか本気なのか分かんないなー」
まあ多分本気だな。
白黒だし。
「さてと、ほら春色さん、そろそろ体育館行かなきゃ」
始業式が始まっちゃうよ? と言いながら、僕は立ち上がる。
ピアノは式後に片づければいいだろう。面倒くさいがしょうがない。
「……古谷くんの心配とかは全然してないんですね」
「え? ああ、うん。まあ行方不明は驚いたけど、アイツが死ぬわけないし」
「きっと今頃世界でも救っているんじゃないかお?」
「有り得る」
「……ほんと、私たちとは別次元に生きているんですね、貴方達は」
記事に出来そうです。とほんのり嬉しそうに微笑む美少女。
成程、ただ単に取材とはいえ一度話したことあるから春色さんが僕らとの説得役になっているのかと思えば……。
(それだけじゃない……か)
そんなことを考えながら、体育館に向かって歩く。
僕たちを囲っていた生徒らがモーゼのように割れるのは見ていて少し爽快だ。
「あれ? 春色さん付いてくるの? 一緒に体育館行く?」
「こーなったら今日は取材ついでに貴方達のストッパーやってやりますよ、生態調査です」
「生態調査って……」
そんな人を人外みたいに……失礼だね全く! ぷんぷん!
「……文香ちゃん大丈夫かなぁ?」
「す、スパッツ履いている筈だから大丈夫だよ……多分」
「文ちゃーん、危なくなったら大声あげて逃げるんだよー!」
周囲の生徒から春色さんへの心配の言葉が飛ぶ。
実際の所、一般人相手に何かするつもりは欠片も無いのだが、まあ恐れられているならそれはそれでいいだろう。
「あ。そういえば白黒、結局春休みの宿題どうしたんだ? 僕はやってない」
「しゅく……だい……?」
「何ですかその『宿題という単語の意味が分からない』、みたいな反応は……」
「まあいつものことか……」
「いやでもオレ的にはそもそも『休み』なのに宿題があるなんておかしガッ――」
「言っていることはまあ理解できなくもないですが……それでも学生としての本分は――え?」
「はは、まあ白黒らしい――」
やれやれ、白黒は相変わらずだなぁ、なんて。
笑いながら振り返る。
僕にも、否――僕には。
何が起こっているのか、すぐに把握することができなかった。
だからただ純粋に事実だけ述べよう。
理由は後で考えれば良い。
――――白黒の腹部に、漆黒の魔剣が、深々と。
突き刺さって、いた。
「――――あ?」
白黒の口から、声と血が漏れる。
どうして。
何時の間に?
僕たちに、気付かれずに?
誰が?
また単独行動か?
学校で?
なんて――。
思考が先走って行動できない僕は、本当に勇者に向いていない。
愚者か道化か、それ以下か。
でもね。
「……ぅがぁ!」
白黒が取った行動は、腹から突き出た刀身を両手で掴むことだった。
痛みに顔を歪ませながらも、歯を食いしばって魔剣を固定する。
白黒は勇者だ。
比喩無く、正真正銘の勇者。
僕と違って、本能に従った行動は本当に迅速で正確だ。
「い、まだ……!」
ずずず……、と目の前の空間が波紋のように広がる。
白黒の収納魔法だ。
机の引き出し程度の容量しか持たないが、某バビロンやら某ポケットのように使用できる便利魔法。
今、白黒がこの空間に収納しているものはたった一つ。
“聖剣”ニーヴェア・ネロ。
白黒のために創られた、神造兵器であり聖剣。
「オレが抑えておくから……それで封印しろ!」
「――っ!」
ああもう全くもう!
どうしてコイツはいつもいつも――!
「ちょっと異世界でのこと、思い出しちまったじゃねえか!」
目の前に柄だけ現れた剣を、亜空間から引き抜く。
漆黒い柄に、純白い刀身。ただそれだけ。
豪華な装飾等糞喰らえと言っているようなシンプルデザインだが、その性能は紛れもなき聖剣。
白黒用の剣だから僕じゃ性能の4割くらいしか発揮できないが、それでも封印くらいなら――。
「おっと危ない」
無造作な音を立てて、白黒の握力を物ともせず魔剣は奴の腹から引き抜かれた。
その行動の反動で、白黒の身体は前のめりに倒れる。
すると当然、その背後に居た白黒を刺した人物も目に入った。
先日のように洗脳された人間が白黒を刺したのだと思った。
でも違う。
あれは違う。
「ほんっとーにお前らも魔法使えンだな……魔剣の言った通りかよ」
『うふふ――だけどこれで彼らの戦力は半減ですわマイマスター。……いや、あの筋肉眼鏡が行方不明というなら、3分の1かしら?』
黒いスポーツ刈り、虚ろな黒い瞳。
学校規定のブレザーに身を包んでいるということはこの学校の生徒確定。
そんな一般生徒にしか見えないモブ顔が、漆黒の魔剣を携えている姿は意外と違和感が無かった。
それは多分、彼の瞳が魔剣のように黒く、闇のような眼の隈を持っているからだろう。
見た目だけ言うならこの前戦った洗脳人間たちの方がまだ人間らしかったくらいだ。
「お前――誰だ?」
「うわ、ひでーよこいつクラスメイトに向かって『誰だ?』とか普通いわねーよ、知っている振りくらいしてくれよ」
『マスターモブ顔だからしょうがないんだじゃない?』
「さり気無く味方に精神ダメージを与えるのはやめてくれ」
ここでやっと、周囲で見守っていたの女子たちが悲鳴をあげた。
甲高い叫び声を背景に、モブ顔男はぴくりとも笑わず自身の名を口にした。
「山田秋人――それが俺の名前だ。是非とも憶えておいてくれ」
「うっわ名前まで普通」
「ぶっ殺す」
実は山田くんの名前自体はちらほら出ていたりして(伏線は貼っておいたという言い訳)




