メイドとはパンツに似ている
今日は作者の誕生日だわー(チラッ。
まあもういい歳だし誕生日祝ってもらえなくてもなんとも思わないけど、
やっぱおめでとうって言われたら嬉しいものはあるよなー(チラッチラッ
「お帰りにゃさいませ! ご主人様!」
「ぶひひ、ただいまアオちゃん」
目の前の汗だく鉢巻眼鏡デブに向かって心の中で(死ねよ豚)と念じながら、顔は笑顔で応対する。
猫耳メイド喫茶e~えっくす。
僕の住む町でも特に異色を放つ店であり、町中のキモオタの憩いの場であり、金を吐き出す場所であり、そして今の僕のバイト先である。
「アオちゃーん、レジお願いにゃーん」
「……え、はーい、ただいま! ……にゃん!」
青樹はてな、通称アオちゃん。
それがこのメイド喫茶での僕の偽名である。
猫耳黒髪黒目の清楚系メイドさんとして、数日でお店の人気者になってしまったぜ。はっはっは。
欠片も嬉しくねえ。
「ぶっひっひ、アオちゃんオムライスに『大好き』って書いてー」
「はーい! 愛情込めて書かせていただきますにゃん! ラブリー注入~!」
ちなみにこの目の前の豚みたいな男は常連で僕のことがかなり気に入っている様子のキモオタだ。正直精神的にきつい。
それでも自分の心に(時給1250円のため……1250円のため……)と言い聞かせて、精一杯の笑顔を作っているのである。
日払い制で、ここまで時給が美味いバイトここくらいしかないのである。
すべてはニンテンドー4GTSのために……!
「アオちゃ~ん、萌え萌えキュンお願~い、ぶっひん!」
「もう、しょうがにゃいにゃあ……」
手でハート型を作り、それを胸元に持ってくる。
「ではご一緒にお願いします! おいしくなる魔法の呪文! 萌え萌えキューン!」
「萌え萌えキューン!」
こんなんで美味しくなるわけねえだろあほがああああああああああああああああ!
と、心の中で叫びながら笑顔で客の様子を窺う。
滅茶苦茶美味しそうにオムライス(売価1300円原価100円ちょい)を頬張るキモオタを見ると男ってあほだなぁと、自分の性別を忘れたかのような思考をしてしまう僕であった。
ちらりと時計を見る。
時刻は午後8時。僕のシフト終了時刻まであと二時間……。
こういうキモオタの相手をするのも疲れるけど……。
なにより辛いのは他のメイドのパンツに手を出したら一発でばれてクビってことだなぁ……。
「いってらっしゃいませご主人様!」
「ぶひひ! また来るよー!」
ふぅ、やっとキモオタが帰ったか。
別にオタクなのは構わないし、ファッションセンスとか顔面が絶望的なのもしょうがないけど、体臭だけはどうにかしてほしいわ。
「まだ仕事が終わってないのにため息は感心しないわね」
「うひゃい! ごめんなさい!」
突然後ろから声をかけられ、反射的に振り返る。
後ろに立っていたのは、このメイド喫茶の主任、松田零さん、知的な眼鏡と、理知的な顔、シャキッとした黒髪に猫耳とメイド服のギャップ萌えが大人気の美人さんだ。
僕にとって上司とも先輩とも言うべき人で、いつもお世話になっている人なのだ。
「そういう気の弛みがミスに繋がるのよ」
「申し訳ございません……」
「仕事中は笑顔を絶やさないようにね」
「……そういう先輩の笑顔は見たこと無いですけどね」
「私はクーデレが売りだもの」
しれっとした顔でそう言って、先輩は接客に戻っていった。
……、ああもう、先輩のパンツもぐもぐしたいなぁ……。
多分ブルーベリーみたいな味がするんだろうなぁ……ぐへへ。
とか、そんなことを考えながら接客に勤しむ先輩を見てると、からんころんとベルの音が鳴った。
客が来た合図だ、僕はすぐに気持ちを切り替え、笑顔を作る。
「おかえりなさいませ、ご主人さ……ま……?」
「おー、ここがメイド喫茶か、始めてきたぜ」
「白黒くんは来たことあるんだっけ?」
「昔一回だけな、二次元が至高だと気づいてからは興味すら沸かなくなった」
「剣斗は? 来たことあんの?」
「無いですねー、だからちょっと楽しみです」
「そうだな、見たところ――可愛い子も多いし」
そう言って、見覚えのある顔した彼ら三人は、苦笑いのまま固まる僕に向かって言う。
「おねーさん、三名です」
あっはっは。
どうしよう。
*****
「それでですね、秋人クンが――」
「待って剣斗、秋人って誰だっけ?」
「あー剣道部の同級生ですよ、未だに後輩に憶えられてないくらいモブ顔ですから白黒クンが分からないのも無理がないですね」
「おーい、注文決まったか? 店員呼ぶぞー?」
何で僕は誘われなかったのか。
何でメイド喫茶に行こうという発想になったのか。
いつの間に剣斗くん(だっけ?)とそんなに仲良くなったのか。
いろいろと訊きたいこと言いたいこと沢山あるけどとりあえず……。
(何で茶児は僕を見て頬を染めてんだキメエエエエエエエエエエエエエエエエエ!)
「ご注文は何になさいますかー?」
心の中でそう叫びながら、完璧な作り笑いを浮かべる僕。
幸いなことに、茶児と白黒は僕の女装に気がつけない。
無駄に洗練された無駄の無い無駄な技能の一つである僕の女装は、おそらく母さんくらいしか見破ることは不可能だろう。
ましてやほぼ初対面である剣斗くんとやらにはな!
「あれ? 君ツッくんじゃないですか?」
「え?」
「「え」」
「やっぱし! そうですよね、ボク、人の変装とか見破るの得意なんですよ」
言って、剣斗くんはさわやかに笑う。
テニスとかサッカーとかのスポーツが似合いそうな青年だな、なんて、現実逃避するように思った。
「いや」
僕はしばし呆然とした後、極力動揺しないように、首を横に振る。
「いやいやいやいや、勘弁してくださいご主人様、私があんなパンツ臭い男なわけないじゃないですか、そもそも性別からして違いますし、名前出されるだけでも不愉快なんでやめてもらえますか」
「あ、あそこのクーデレっぽいメイドさんのパンツ見えた」
「マジで!? 何処!? 何色!? 柄は!? ……あ」
やってしまった。
パンツで釣るとは……卑怯なり白黒。
しかも先輩のパンツ別に見えてないし。
「…………」
「にやにや」
「にやにや」
口に出してにやにや言わないでくれますかねえ。
「それって女装ってやつですか? すげー、滅茶苦茶可愛いですよ」
「いや……うん、そうなんだけどさ、あんまりそういうこと大声で言わないでくれる? えーと、剣斗くん?」
「剣斗でいいですよ」
「ああ、うん……とりあえず、女装言うのやめてくれる? バレたらクビになっちゃうから」
はぁ、しかし、どうしてバレたんだろ。
変装とか見破るのが得意って言ってたけど、その程度のことで僕の女装が見破られるとは思えないんだけどなぁ……。
まあいいか、バイトを首にさえならなければ。言いふらすようなやつらでもあるまい。
「じゃあ仕切りなおして……ごほん、ご注文は何になさいますかご主人様?」
「変声すごいな……完全に別人じゃん。……あ、俺オムライスで」
「同じく」
「じゃあボクはスパゲッテイ」
「はーい、かしこまりましたご主人様! 少々お待ちください!」
注文を紙に書き取り、厨房へとはや歩きで向かう。
数分で料理は出来上がる。
主な材料は冷凍食品だからね、しょうがないね。
これでお値段4桁だからびっくりだぜ。
「お待たせしましたにゃー、こちら特製ラブオムライス二個と、にゃんにゃんスパゲッティお持ちしました」
「お、きたきた」
手際よく料理を並べて、オムライスにはケチャップでハートマークを描く。
綺麗に描くのは難しいが不可能じゃない、が、あえて少し崩す方が萌えるらしい。
「じゃ、伝票ここに置いておきますのでごゆっくり……」
言って、すぐさま退散しようとする僕を、白黒が呼び止めた。
「ちょい待ちメイドさん、何か忘れてる忘れてる。ほら、萌え萌えキュン」
「チッ」
「舌打ち!?」
「ちょっと素に戻らせてもらうけど、マジで男友達の萌え萌えキュンが見たいの?」
「面白そうだから見たい」
「今日はやたら白黒と意見が合うな、同感だ、面白そう」
「ボクは女装姿のツッくんが可愛いから純粋に見たいですねぇ」
剣斗くんまさかホモなのか……?
「剣斗くんまさかホモなのか……?」
しまった、考えたことがそのまま口に出てしまった。
しかし彼は特に気に障った様子は無く、爽やかな笑顔を崩さず言う。
「違いますよ、ただボクは男だろうと女だろうと無機物だろうと無生物だろうと、可愛ければ正義、美しければ平等に好きだと言っているだけですよ」
「…………ああ、そう」
成る程……ね、茶児や白黒と仲良くできるわけだ。
この二人は、『僕よりは』比較的マトモ、といっても、比較対象はこの僕だ。
茶児も白黒も、中身は真っ黒で狂気的でぐしゃぐしゃのどろどろだ。
僕ほどでは無いにしろ、『普通』の人が友達になるには少しハードルが高いだろうに。
――まあ、中身はおろか外面もぐしゃぐしゃでどろどろの僕に比べれば、いくらかハードルは低い……か。
「どうしましたか? ツッくん?」
「いや、剣斗くんとは友達になれるかもしれないなぁって」
「それはそれは、是非ともお願いしたいですね、じゃあまずは『くん』付けをやめて頂ければ幸いです」
「いや、なんか呼び捨てより呼びやすいんだよなぁ……っと」
視線を感じて振り向くと、先輩がジト目でこちらを見ていた。
お客と雑談しているように見えたのだろうか、ちょっと怒り気味だ。
「そろそろ先輩に怒られそうだから、仕事に戻るわ、それじゃごゆっくり」
「ちょい待ち」
そう言って、足早に厨房の方へ戻ろうとした僕の腕を、目にも留まらぬ動作で白黒が掴んだ。
こいつ……時間止めやがったな……。
一日三回しか使えない癖にこんなところで使うなよ……。
「まだ萌え萌えキュンしてもらってないぜ、美味しくなる魔法の呪文なんだろ?」
「……一回だけだぞ?」
「おう」
くるりと身体を反転させ、テーブルの方に向きかえる。
こほん、と咳払いを一つし、手でハート型を作り、それを胸元へ。
「ではご一緒にお願いします! おいしくなる魔法の呪文! 萌え萌えキューン!」
「ぶっふぉ!」
「ぶふ…………! っ……! くふふ……! ……!」
「萌え萌えキューン! ……あれ? 二人とも一緒にやらないんですか?」
茶児は堪えきれず噴出し、白黒は目に涙を貯めて笑いをこらえている。
それを見て僕は、にっこりと笑って、拳を握り締めた。
「……アオちゃん? 何か凄い音がしたけど……って、あのオムライスに顔面突っ込んでるお客様は何?」
「何かオムライスが好きすぎてああやって食べるのが趣味らしいですよ、気持ち悪いですねー、あはは」
「え、ええそうね、でもあれ顔面火傷してない?」
「知りません」
「でも貴方、あの人たちと仲よさそうに話ししてたし、知り合いとかじゃないの?」
「知りません」
「そ、そう……」
とても良い笑顔で話す僕の姿を見て、触れちゃいけないことだと気づいたのか、それ以上何も言わないでおいてくれた玲先輩であった。
実際女装した友達がメイド喫茶でバイトしてたら笑いをこらえられる気がしない。




