春休みとはパンツに似ている
春休み突入ー
某月某日。
ていうか卒業式の二週間後。
桜はまだまだ現役で咲き誇っている。
綺麗なのはいいんだけど、季節によっては毛虫がいるから僕はあまり好きじゃない。
校門を抜けて、下駄箱へ。上履きを履いて廊下に出る。
二週間前より人が少ない。当然だ、3年生が卒業したのだから。
4月からは僕らが3年生。
泣いても笑っても最後の高校生活だ。
……が、その前に。
「やっと春休みかー」
「ねえ、どっか行こうよ」
「あれ? 鈴木は?」
「休みかな?」
「俺は明日からバイト三昧の日々だぁ」
「俺は彼女と旅行行く予定」
「焼け死ね」
「末長く幸せに死ね」
「滅べ」
「HAHAHA! 嫉妬の言葉が心地よいのう!」
クラスメイトがいつもより浮かれている。
ホームルーム前だというのに騒がしいのには理由があるのだ。
……そう、今日は終業式。すなわち明日から春休みなのである。
そりゃ浮かれるさ、誰だって浮かれる、僕だって浮かれる。
浮かれ過ぎて通りすがりの女子小学生のパンツを抜き取ってしまったほどだ。
ピンクのリボンが付いた可愛らしいパンツだった。もう僕の胃の中だけど。
「たまに思うんだけどさ……」
「ん?」
茶児が眼鏡を拭きつつ言う。
普段から眼鏡を付けてるやつが眼鏡を取ると、急にイケメンに見える現象に名前を付けようぜ。
「いくらパンツが好きだからって、成分は布だろ? 腹壊さないの?」
「んん?」
想定外の質問だった。
そういえば物心付いたころから食べてる気がするが、一度もパンツで腹を壊したことはないな。
「ていうか――そもそも腹を壊したことが無いな、多分胃袋強いんだろう、僕」
「ふーん、そんなもんかねぇ」
「うーい、席着けぇ」
そんな雑談を茶児としていると、チャイムが鳴って先生が教室に入ってきた。
思い思いの席で雑談に興じていた生徒たちが一斉に自分の席へと戻っていく。
あっという間に教室内は静かな空間へと変わった。
さっきまでの喧騒が嘘みたいだ。
「よし、じゃあ朝礼を――っと、斉藤はどうした?」
初老の先生がしゃがれた声で茶児にそう訊ねる。
茶児は「連絡はありませんね」とだけ答えた。
机の中に隠してある買ったばかりのスマホをちらりと見る。
着信・メールともに0件だ。
まあ多分普通に遅刻だろう。
そろそろ出席日数がやばいというのに呑気なやつだ。
「いやいや、いましたよさっきから」
「え?」
「あれ?」
いつの間にか、白黒は僕の隣の席に着席していた。
さっきまで確かに空席だった筈。
まさかコイツ……。
「んん? 斉藤何時の間に入ってきた?」
「い、いやだから最初からいましたって、遅刻なんてしてませんよ、決して」
「……見落としてたかなぁ」
いいえ、見落としじゃないです。先生。
さっきまで間違いなく白黒の席は空白だった。
僕はひそひそ声で白黒に話しかける。
(お前……学校で遅刻しそうだからって『時止め』んなよ)
(いやだって……、これ以上遅刻したらやばいんだよ)
(それがわかってんなら夜更かしやめろよ……)
(妹たちがオレを離してくれなかったんだからしょうがないだろ!)
(お前キメ顔をこんなところで使っていいのか!?)
くっ……イケメンめ……死ねばいいのに……じゃなくて。
コイツが無事卒業できるのか心配になってきた。
もうすぐ僕らは3年生だというのに……。
「せんせー、鈴木くんもいません」
「鈴木は休みだと連絡が入ってる。風邪らしいぞ、お前らも春休みにはしゃぎ過ぎて風邪を引かないようにな」
それから、先生は春休みの注意事項を述べていった。
やれ宿題はちゃんとやれとか、やれ深夜には出歩くなとか、あとは春休み明けに2年生の範囲のテストをやるからしっかり勉強もしておけという、春休みを遊びつくそうとした生徒の心を圧し折ったり。
「あーあと、不審者が最近出るらしいから気を付けろ。全身黒づくめで長い刃物を持ってるらしい、充分に注意しろよ」
不審者・刃物、という言葉に、僕らはぴくりと反応する。
でも、魔力の反応は感じられない。
まだ『渡り歩く魔剣』は、所有者を見つけてない筈だ。
僕らを倒せるくらいの負のエネルギーを持った人間を探しているのだろうか。
でも、こっちの世界は――少なくとも日本は、平和すぎるくらい平和だ。
異世界と比べれば、悪意の質は落ちる筈。
だからそうそう僕らを倒せるほどの負の人間はいないだろう。
多分。
……あ、ちなみに『歩く魔剣』という略称はいつの間にか使われなくなった。
まあノリで決めたから仕方ないね。
「じゃ、今から体育館で終業式だ。移動するぞー」
先生の一声で、生徒たちは一斉に椅子を引き、動き出す。
皆も早いところ終業式を済まして春休みを迎えたいのだろう。
(春休みか……)
二週間程度の休みだから、あっという間に過ぎるだろうけど、やはり楽しみなモノは楽しみだ。
ウキウキだぜ。
「……ん?」
机の下に置いていたスマホをポケットに仕舞おうとしたら、ポケットにもうすでに何かが入っていた。
スマホとそれを入れ替わりで取り出す。
…………。
……あー。
ふと、思い出したことがあったので、席を立った白黒と茶児を呼びとめる。
「どうしたツッくん? 早く行かないと先生が集合が遅いって怒って式が長引くぜ?」
「いや、歩きながらでいいよ、今日この後お前ら暇か?」
「オレは年中暇かな」
「まあ暇だな、ていうかこの後どっか遊び行こうと誘おうと思ってたところだ」
「それならよかった、今日ウチでパーティやるからさ、お前ら来いよ」
「何のパーティ?」
教室から出て、クラスメイト集団の最後列に着いていく。
僕はポケットから取り出した、小さいビニール袋に入ったマヨネーズをくるりと指で一回転させる。
サラダとかに付いてるあれだ。何故僕のポケットに入っていたのかは知らないが、多分母さんの所為だろう。
そう――、今日のパーティは。
「妹の卒業祝い兼中学入学祝い兼誕生日祝いだよ」
「兼ねすぎだろう」
*****
終業式も終わって、帰り道。
時刻は2時ちょっと過ぎ、パーティは6時からなので、僕らは3人でマヨへのプレゼントを買おうということで、商店街を歩いているところだ。
「そういえばさー、スマホに替えたらメルアド全部飛んだから送ってちょ」
「ほいほい、後で送っとくわ、赤外線通信を何故できなくしたのか……」
「ねー、それが謎だよなー」
「ツッくんそれアンドォロイド? アイポォン?」
「アイフォン、型落ちの安いやつだけどな」
「見せてー」
ほい、とスマホを白黒に渡す。
そのまま画面を弄くりだす白黒。
……まあ、変な風にはしないだろ。
「……で、何をプレゼントするんだ?」
「まーそんな高いもん送られても困るだろうし、お菓子の詰め合わせとか?」
「マヨネーズ味のお菓子か……」
「あー、そういうのはやめといた方がいいかも、市販のマヨネーズよりもマヨが作ったマヨネーズの方が美味い以上マヨネーズ系はやめといた方がいいかも」
成程、と茶児は指を顎に当てる。
……それにしても、この近辺に大型デパートが無いおかげか、商店街は繁盛してて目移りしちゃうな。
時折すれ違う女性のパンツに手が伸びそうになるのをぐっとこらえる。
今日は晩御飯が豪勢だから、腹を空かせていろと母さんに言われているのだ。
くぅ……商品の値引きに集中しているおばちゃんのパンツとか取りやすそうなのになぁ。
発酵食品みたいな味がするんだよね、おばちゃんのパンツ。ほら、納豆とかチーズみたいな。
「ほい、スマホセンキュ」
「おう、何した?」
「ちょっと……な」
電源を点ける。
ホーム画面の壁紙が二次元美少女の集合絵に変わっていた。
「…………」
まあいいか、別に嫌いじゃないし。
「ついでにレイアウトとか色々使いやすくしといたから」
「そっちがついでなのか……まあいいや、ありがと」
スイスイと指を滑らせて、色々動作確認。
確かに初期設定のときよか使いやすい気がする。
馬鹿のくせに機械には強めなのだこいつは。
「いいなそれ。白黒、俺のやつにも設定して」
「壁紙が二次元美少女になるけどいいか?」
「いや別に壁紙は変えんでもいい……っと、メールだ」
「誰から?」
「剣斗から」
剣斗? ……ああ、そういえば最近茶児と白黒に友達が増えてるんだっけ。
新聞部の取材で、僕以外の二人は実は比較的マトモということが生徒たちに伝わって、ちょくちょくと二人に声をかける人が増えているのだ。
……え? 僕?
僕の友達は白黒と茶児だけだぜ?
それがどうかした?
「ふーん……あ、あれなんてどうだ?」
雑貨店の店頭に置かれている、マグカップに手をかける。
モンスターボー○とピカ○ュウが印刷された、可愛らしいやつだ。
「値段は?」
「1100円」
「いいんじゃないか? オレは賛成かな」
「一人頭360ちょいか……まあ僕が400出すから、残り頼む」
「うい」
「了解」
商品を持って、店の中に入る。
『ガガ……次のニュースです……ガガ』
ノイズ混じりのラジオの音を聞きながら、エロ本を読んでいるレジのオヤジを発見。
おもちゃでごった煮の店内を歩いて、商品をレジに出す。
『ガピー……今日の早朝、また例の黒い剣を持った男が人を襲いました。……ガガ……警察は、男を銃刀法違反、連続殺人罪の疑いがあるとし、行方を探しております』
エロ本から顔を上げたオヤジが「1100円」と、だるそうに言う。
白黒と茶児から350円ずつ受け取って、おつりが出ないようにピッタリ払い、商品を包装してもらい、受け取った。
……よし。
「さ、帰るか」
「ちょい待て」
ん? どうした白黒。
「さっきのニュースだけどさ」
「……ああ、確かに怪しいけど、魔力は探知できてないんだろ? だったら『魔剣』の仕業じゃあ――」
「確かにそうなんだけどさ……こういうの何て言うの? 仮説っつーか、勘っていうか……」
「?」
「ほら、『渡り歩く魔剣』とオレたちって、異世界で都合三回戦ってるけどさ。そのたびに何かしら強くなってたじゃん? 負の力がより多い宿主だから――って」
「あ」
思わず、そんな声が漏れた。
もう、白黒が何を言おうとしているのか分かった。
でも、もしその仮説があっているとしたら、僕たちは――。
僕たちは、一体どうやって奴に勝てばいいんだ?
「…………可能性としては……充分、ありだな」
「……やっぱし?」
白黒が、渇いた笑いを浮かべる。
僕は、頭を抱えた。
「おい? どういうことだ? 異世界行ってない俺にも分かるように説明をくれ」
「……ああ」
『渡り歩く魔剣』の、最大ともいえる特徴。
それは、所有者の負のエネルギーを使って、剣らしからぬ魔法を使うことにある。
一度目、戦った時には、黒い斬撃を飛ばすという魔法を。
二度目、戦った時には、斬った相手を鬱にするという魔法を。
三度目、戦った時には、周囲の人間の負感情を爆発させて、廃人にしてしまうという魔法を。
奴は言っていた、所有者の負のエネルギーの量によって使える魔法が増えていくと。
つまり、つまりつまりつまり。
「万が一……【四つ目の魔法が自身の魔力隠蔽だったとしたら】」
「あ――」
「僕たちに、奴を見つける術は無くなる、それに、最悪一般人のふりをされて後ろからずぶりだ」
冷や汗が背中を伝った。
あくまで仮説だ。有り得る展開の中の、一つにすぎない話だ。
それなのに、何故だか、僕の中で、確信に似た何かが渦巻いていた。