美少女とはパンツに似ている
あけましておめでとうございます。
突然だが、カードスリーブというものを、ご存じだろうか。
所謂トレーディングカードゲームをやったことある人なら分かるだろうが、希少なカードやデッキに、カード保護のため、またはシャッフルをしやすくするための袋である。
透明なものから、カラフルに彩られたもの、様々なスリーブがあるが、中でも人気が高いのはキャラクタースリーブと呼ばれる漫画やアニメなどの版権キャラが描かれたスリーブだろう。
別に、アニメキャラのスリーブキメェとか言う気はまるでない。
ただ一つ、それとは別にモノ申したいことがある。
『キャラクタースリーブを保護するためのスリーブ』というものについてだ。
なんだそれは!? 保護するためのものを保護するとか訳が分からんぞ!?
DSのタッチパネル液晶保護シールを保護するためにもう一つシールを貼るやつなんていないだろう!?
それと同じだ!
パンツは【自主規制】を保護するために履くだろう!?
いや、僕は決してパンツは【自主規制】のためだけに存在しているとか言うつもりはなくて、ただ、ありとあらゆる事象において輝きを放つパンツという存在の、いや、概念のもっとも一般的で、もっとも普遍な使用法を述べているだけだ。
まあ僕が言いたいことは、もう分かってくれたと思う。
パンツは保護するもの、その保護するものを保護するスパッツは、存在する価値の無い、ましてやパンツ様を隠すために作られたソレは、忌むべき存在で、即刻全国で生産中止をすべき邪悪なる物体だと、
「僕は思うのだが、どうだろうか」
「どれだけ熱弁されようとも、スパッツを脱ぐ気はありませんよ?」
「ガッテム!」
場所は移り、喫茶店。
彼女のお気に入りの“穴場”らしいオシャレな喫茶店で、一番隅っこの席は、外から見えなくて、奥にあるから入口からも見えない、隠しごとをするならもってこいの席らしい。
「――で、僕を取材したいってことだが、別に僕はそこらにいる一般的な男子高校生だぜ? 面白くもなんともないと思うが……」
「貴方が一般的だったら私たち人類は一体何なんですか」
「人類規模でディスられてる!?」
まあ僕も自分が一般的だなんて思っちゃいないが……。
しかしまあ、うーん、取材かー、隠しごとなんて色々ありすぎて困るくらいだが、どれもこれも一般人には信じられないことばかり。
別に受けても構わんが、タダで受けるのも癪だなぁ。
「んー、そうだな、報酬として君のパンツをくれるなら取材を受けるぜ」
「いいですよ、では、取材の報酬は私のパンツ、ということでよろしいですね?」
「…………ああ」
即答。つまり、パンツを要求されることは想定済み、ってことか。
華の女子高生として、パンツを報酬にするには相当な覚悟と、新聞への熱意が無いとできないことだろう。
……ふふ、いいだろう、その熱意に応えて、ちゃんと取材を受けてやろーじゃねえの。
「ではまず、お名前から訊きましょうか」
と、春色さんは、頼んだアイスコーヒーをゆっくりかきまぜながら言った。
「おう、名前な、赤坂……えーと、え、え、えく……えく……えくなんとか」
「は?」
「いや、ごめん、忘れた。僕を名前で呼ぶ人が存在しない以上仕方ないね」
「いやいやいやいや、自分の名前忘れるとかありえないですよ、テストや提出物とかで名前書くときどうしてるんですか」
「書くときは簡単だからな」
ちょい貸して、と言って、春色さんからメモ帳とペンを借りる。
「さらさらーっと……はい、これが僕の名前」
「は? なんです? これ、『赤坂びっくりマーク』?」
いやいや、『赤坂!』だよ。
読み方は忘れた、確かえくなんとか。
「ま、まさかエクスクラメーションマークですか!? 人間の名前じゃないですよ? ふざけてるんですか? キラキラネームってレベルじゃないですよ?」
「こんな名前を大真面目に付ける親が、僕の親なんだよなぁ」
しかも親も僕のこと名前で呼ばないんだよなぁ、多分忘れてると思う。
ちなみに妹であるマヨの本名は『赤坂?』である。
読みはクエスチョンマーク。これは流石に覚えてる。
「……色んな意味でびっくりですよ……そりゃ誰も名前分からないわ……名前だと思わないもん」
「ま、僕のことは大人しくパンツマンかツッくん、またはあだ名を考えて、それで呼んでくれ」
「赤坂くんじゃ駄目なんですか?」
「色々事情があってね、この町じゃ『赤坂』は僕を指しえないのさ。まあ、どうしてもそう呼びたいならそれでもいいけどね」
「? ……まあいいです、それじゃ、とりあえずツッくんと呼ばせてもらいますね」
コーヒーを啜る。
ブラックなので、凄い苦い。
「では、次の質問です、斉藤白黒、古谷茶児の両名とはどんな関係で?」
「親友。それ以上である可能性はあるけど、それ以下ってことは絶対無い」
「きっぱり言いますねぇ、では二人と親友になった経緯を聴かせてもらってもいいですか?」
「経緯……ねえ」
調子こいてた小学1年生のある日、茶児と出会って、殴り合って、負けて、初めて負けて、白黒と出会って、あの事件があって、なんやかんやで親友に。
なんて、荒唐無稽だし、恥ずかしい過去だし、言えるわけもない……な。
「別に普通だよ、小学校の頃、たまたまクラスが一緒になって、たまたま意気投合して、そのまま友達に……って感じ」
「むむ? 意外と普通ですね、嘘っぽいですねぇ」
「……何で嘘だと?」
「だって、聞いた話、斉藤くんと古谷くんは、『比較的』まともな分類なんでしょう? 貴方が一緒にいるから、二人とも敬遠されているだけ、なのに、そんな普通な理由で貴方と親友を続けるとは思えないのですが」
「……さあな、流石に僕だってあいつらの考えなんてわかんねーよ」
「……そうですか」
こいつ……。
結構踏みこんでくるなー。
まあ、適当にあしらえる範囲だし、いいや。
「じゃ、ちょっと浮いた質問でもしましょうか。ずばり、好みの女の子のタイプは?」
「パンツの似合う子」
「……はい、次の質問行きましょう」
何!? スルーだとぅ!?
踏みこんできたら二時間以上パンツについて語ろうと思ってたんだがな……中々警戒心も強い……のか?
それから、僕は幾つかの質問を受け、それに答えていった。
春色文香の手腕は、まあまあ、と言ったところだった。
あの手この手で、情報を引き出そうとしてくるが、ちょっと露骨だ。
悪くは無い、決して悪くは無いが、良くもない。
今後の努力に期待っといったところか。
そして時間は流れ……。
「時間も押してますし、最後の質問にしますね」
時計を見る。
6時半。辺りも暗くなってきてるし、女子にとっちゃ帰り時か。
「最後だし、ちょっと洒落た質問してみましょうか。ずばり、貴方にとって『人生』とはなんですか?」
「人生~? あのね、僕だってまだ学生だぜ? 流石に考えたこと無いよ」
「そうですかー、今までの質問からして、意外と普通なんですねー、パンツ関連以外」
「……そうだよ、僕って結構一般人なんだぜー」
どの口が言うか、ってか。
ま、身分的にはそりゃ一般人だけどさ。
「では、これで取材を終わります。今日は忙しいところありがとうございました」
「ういうい、じゃ、約束の報酬を……」
「分かってますって……じゃあ、はいこれ」
はいこれ、と春色さんがカバンから取り出したのは水色縞々のパンツ。
「わざわざ脱いでおいたのか?」
「ええ、貴方がパンツを要求することは予測できましたからね、コンビニで買ったの履いてるので平気ですよ」
「成程、用意が良いな」
「ふふ、当然ですよ、流石にノーパンスパッツは勘弁ですしね」
ふぅん、ま、いいや、では早速。
「いただきます」
「え」
パクッと、そのパンツを口に咥える。
口に入れると、少し酸っぱい香りが、鼻腔をくすぐった。
舌で、味わいながら咀嚼する。
布の味? いいや、これはパンツの味だ。
うーん、
「ごくん…………うん、マーベラス!」
「…………」
「ん? どした?」
そんなドン引きみたいな顔して。
「いや……その……主食って……そういう意味だったんだなぁって……」
「どういう意味だと思ってたん?」
「その、普通にオ――……っと、ごほん、いえいえ私には見当もつかなかったですよ」
「ふーん……」
じゃあそれについて質問しなかったのは何でだろうか。
……や、まあパンツの話なんて記事にしにくいか。
「……コンビニで買ったの渡しといてよかったぁ……」
「ん? 今何か言った?」
「いえ? 何も?」
気の所為か。
あ、そういえば夜道だし送った方がいいのかな。
でも、僕と一緒に下校している姿なんて見られたら色々めんどくさいだろうし……そもそも彼氏でもないのに夜道送るとかでしゃばりすぎか?
く……今までこんなシチュ無かったからなぁ、エリーゼ姫は、ずっと一緒にいたからなぁ。
「あーえっと、夜遅いけど、家まで送る? 不審者とか怖いし」
「お? 男の子ですねえ、ですが、ここから私んちまで五分もかかりませんので平気ですよ」
会計を済ませ、喫茶店を出る。
もうすぐ卒業式も近いっていうのに、まだまだ夜は寒いな。
「もう数週間で三年生、受験勉強しなきゃだなぁ」
「うげ、嫌なこと思い出させないでくださいよ」
と言って、頭を抱える春色さん。
反応的に、そこまで頭が良くないのだろうか。
「そういえばツッくんは成績優秀でしたね……いいなぁ」
「でも僕は人格がアレだからなぁ」
「……自覚あるのに直そうとしないんですね」
「生まれ持った性質は、そう簡単には変わらないよ」
でも、変われないことは、ないのだ。
簡単じゃないし、難しいけど。
それでも、僕が変わろうとしないのは、一重に僕が変わろうとしてないだけだろう。
何故だろう?
分かり切ってることだ。
パンツを主食としてる、パンツ狂。
しかも、それを隠そうともせず、むしろ誇らしげに公言してる。
そんな人間が、好かれる筈もなく、近寄られる筈もなく、
白黒と、茶児、二人も親友がいるのが不思議なくらいだ。
それでも僕は、僕の生き方を変えない。
隠そうともしない。変わろうともしない。
(あれ? ――何で、だろうな)
店から少し歩き、大きな十字路の交差点に着いた。
僕の家はこの交差点を真っ直ぐだが……。
「あ、私ここで曲がるんで。今日はありがとうございました」
「了解。じゃあね、不審者に気をつけて」
そういえば――っと、一瞬『歩く剣』のことが頭によぎったが、周辺に魔力は感じないし、この子は負のエネルギーも少なそうだし、大丈夫か。
「はい、ではでは」
と言って、丁度青になった信号を、駆け足でわたっていった。
ぱかぱかと、信号が点滅する。
もう数秒もせずに、信号は変わる。
僕は変わらない。
いつまで経っても、変わらない。
*****
翌週の水曜日。
新聞部の作った新聞が学校の掲示板に、貼りだされる曜日だ。
新聞といっても、比較的ゴシップ的な記事が多いしその信憑性もあまり信じられたものじゃない、突拍子もない記事が多いが、それ故に一定数のファンがいるというのがうちの学校の新聞の特徴だ。
僕はその新聞を普段は見ていない。
そして、別に今日も見るつもりはない。
何故見ないかと言うと、別になんとなく、だ。
そもそも僕は紙媒体がそこまで好きじゃない。
新聞も好んで読む方じゃあない。
電子書籍は大好きだ。
早いところ、紙媒体の本を廃止して、オール電子書籍にしてもらいたいところである。
なので、僕がこの『事件』を自覚したのは、数日後だった。
数日間も、気付かなかった。
数日間で、気付くことができた。
「女子が……学校全体の女子が……」
わなわなと、手が震える。
いや、手どころじゃない、足も、唇も、目も、全てが震えていた。
僕は、震える口を開き、発音する。
嫌だ。言いたくない。言ったら、もう事実から避けられない気がして。
けれども、口を開こうとも、開かなくても、事実からは決して逃げられない。
ゆえに僕は観念して、息を吐き出すように言葉を漏らした。
「スパッツを……履き始めた……!?」
なんとその割合100%。
原因は9割方……いや、間違いなく、春色文香の新聞だろう。
一瞬で、殺意が芽生えた。
自分でもびっくりするぐらい唐突に生えたそれは、僕の脳髄を一瞬で埋めていく。
よし、殺ろう。
そう思い、席を立った瞬間――
「ツッくん」
小声で。
僕にしか聞こえないであろう小声で、話しかけてきた美少女一人。
春色文香である。
彼女は、名字のとおり春を感じさせるような朗らかな笑顔で、言う。
「今回の新聞、とても評判が良かったんですよ、貴方のおかげです。改めて、ありがとうございました」
そう言って、笑顔のまま軽く会釈すると、彼女は自分の席に戻っていった。
…………。
……はぁ。
「美少女って得だなぁ……」
もうすっかり怒りは収まり、それどころか朗らかな気持ちになっているもんだから、僕も単純な男だ。
席に座り、窓から空を見る。
春を告げる、暖かい風が、窓の隙間から吹いてきた。
「春一番……か」
もうすぐ、三年生。
最後の高校生活が、始まろうとしていた。
文香ちゃんは作中一の美少女だけどヒロインじゃないよ。
ヒロインは女装した主人公だよ(真顔)