第8話 王の間に戻りし堕ちた姫君
「何をしている。その娘を殺せ」
その言葉に兵士よりも先にナタリーが、アルベルトに向かって走り出す。
「姫さん、待ちたまえ!!」
殺す事を躊躇した兵士が、ナタリーを捕まえようと手を伸ばす。
『ザシュ』
兵士の手首から先が、宙を舞う。
「ぐぁあああ、手がぁあ」
無くなった手首を反対の手で、押さえながら叫ぶ兵士。
「クソッ!!そっちがその気なら」
別の兵士が、真っ直ぐに突き出す日傘を畳んだような形のスピア。
『ビッ』
衣服が破れる音に、微かに顔が歪む。
だが、何処がどのように破れたかを確認するよりも、一気に兵士の横を駆け抜ける。
『ザシュ』
「えっ・・・」
スピアを突き出した兵士の一撃は、空振りに終わった直後、
反対に、首から生温かい液体を飛び散らしながら崩れ落ちる。
一瞬で、二人の兵士が戦闘不能になる。
「なっ・・・、何者だ・・・」
予想外の展開に、足を止める兵士。
後ずさる兵士も数名いる。
「ふん、確かにその辺の兵士よりも骨がありそうだな」
王の椅子から、立ち上がるアルベルト。
全身に分厚い鎧をまとったまま、椅子に立て掛けていたボーンスピアを取って、
王の椅子の前にある段差を、静かに下りる。
その仕草だけで、その場の空気をアルベルトの物にする。
「はぁはぁはぁ」
息が上がるナタリー。
言うまでも無く、普段から体を鍛えているわけではない。
周りの人間が見ても、わかるぐらい体力の限界に達していた。
(だけど、引くわけにはいかない)
アルベルトに向かって走り出す。
「素早さも良い物を持っている。・・・だが」
詰め寄るナタリーに突き出されるボーンスピアの突き。
『シュ』
咄嗟に超反応を見せて体を捻って避けるナタリー。
「は・・・、早い」
「甘い」
アルベルトの声でボーンスピアに視点を合わせる。
突き出したスピアを少しだけ引いて、ナタリーに向けて再び突き出す。
「よけれな・・・い」
『キンッ』
「あっ・・・」
【カナンウェルナン】の腹でスピア防ごうとしたが、力に負けて突き飛ばされるナタリー。
「はぁ・・・、はぁ・・・、つ・・・よい、つよ・・・すぎ・・・る」
胸を上下させながら、体を起こすナタリー。
「ふん、やはり、所詮は女か、話にもならん」
「待ち・・・なさい!!まだ、まだ・・・カナンウェルナンさえあれば・・・」
「ほう、立てるか、姫よ。もしも、立てたのなら褒美に、我が心臓を貫かせてやろう。
逆に立たなければ、今までの事を全て水に流して見逃してやろう」
「アルベルト様!?」
兵士の一人が声を上げる。もちろん、反対の声だ。
「はぁ、逆に・・・立てて・・・見せたら、あんたの・・・心臓に私の剣を貫い・・・ても良いのよね」
疲れ果てた笑みを、浮かべるナタリー。
「よかろう。防御も抵抗もせん。ただ、一撃で貫ければの話だがな」
「だったら・・・、せっかくの・・・チャンスなのだから・・・、私、私の体、立ってみせなさい!!」
四つんばいになって、ゆっくり震えながら立ち上がる。
額から珠のような汗を、何粒も落として地面に濡らす。
顔は、疲労の色で染め上がる。
「はぁ・・・、はぁ・・・・・・」
力を振り絞って、立ち上がろうとするナタリー。
「立つか、今まで戦闘に、身を置いた事もない体で、
今日始めて人を殺し、勝ち目などなく、命を落とすであろう状況下で、
己の命が助かる選択肢まで、用意したと言うのに、それでも女の身で苦難の道を選ぶか」
「立った・・・わよ」
「よし、ならば・・・」
ナタリーに向かって歩き出すアルベルト。
「アルベルト様、お待ちください!!」
「うろたえるな、この娘はまだ本当の強さを知らぬわ」
「何ですって・・・」
「まだ、気付かないのか?お前はその短剣の力に、頼っているだけだと言っている」
「えっ・・・」
「そのような短剣をどうやって、手に入れたか知らないが、
その短剣は、おそらくは業物、もしくは、妖刀の類であろう。
だが、それゆえに、扱う人間の能力を必要とする。
貴様に、その力はない」
「そんな事ない!!私は、だって、私は!!!」
(悪魔に命を捧げたのよ。運命を歪める位の悪魔じみた力を得る為に)
悲痛の表情を浮かべるナタリー。
「ならば、貫いてみせろ」
目の前に立ちはだかり、ボーンスピアを右手に持って地面に立てる。
「思い通り貫かせてもらうわ!!!」
ナタリーは覚悟を決める。
【カナンウェルナン】を両手で握り締めて、アルベルトの懐に飛び込む。
『キンッ』
固い物があたり合う音だけが周りに響く。
「嘘・・・で・・・しょ、刃が・・・突き・・・・・・刺さらな・・・い」
【カナンウェルナン】の刃はアルベルトの鎧に届いてはいるが刺さってはいなかった。
「やはりな、子供が包丁を持ったようなものか」
「嘘でしょ?」
剣を静かに下ろす、呆然自失のナタリー。
そのナタリーを見て、ニヤリと、勝利の笑みを浮かべるアルベルト。
ボーンスピアを構えなおす。
アルベルトの動作をその場に立ったまま、呆然と見つめるナタリー。
「あははっ、そうよね。戦闘のプロに勝てるわけがないわ。
何を思い上がっていたのかしら、自分の思い上がりに涙が出てきたわ」
「何も泣く事はない。
誇れ、お前ほど、強い姫など見た事は、一度もなかったのだからな。
敬意を持って、苦しまずに殺してやろう」
ナタリーは、死ぬ事を覚悟した。
せめて、笑って死んでやろうと心に決めた。
普段あれほど笑っていた筈なのに、今はどうすれば笑えるのかがわからなかった。
だから、笑わなかった。
ボーンスピアをナタリーに向かって突き出す。
(ああ、どんな顔をして死ぬのだろう、私)
『バリンッ ガンッ!!』
ガラスの割れる音と、ボーンスピアに何かが当たった鈍い衝撃音が響き渡る。
「えっ!?」
ナタリーの目の前で、ボーンスピアを持ったままよろめくアルベルト。
しかし、すぐさま態勢を整える。
「オンデンブルグ兵の狙撃手か!?」
「いえ、ダーヴィッツ様の奮闘により、オンデンブルグ兵は戦線を越えてはおりません」
「ならば、別動隊か?此処を狙えるポイントは、まさか、あの大木からだと言うのか」
窓から離れるアルベルト。
「しかし、大木からだと距離がありすぎて、弓では届きません」
兵士は信じられないと、言わんばかり表情を浮かべる。
「ああ、弓ならばな。これを見てみろ」
そう言うと、床に落ちていた小さな丸い石を拾い上げる。
そして、兵士に投げて渡す。
「これは何ですか?」
「これはおそらく鉄だろう。
大陸の奥地では、火薬と言う物を用いて
弓以上の飛距離と、殺傷力を出す事が出来る武器があると、聞いた事がある。
もしかしたら、それかもしれぬな」
「そんな物があるのですか?」
「ククッ、半分正解だ」
声がする方に視線を向けると、ナタリーが入ってきた隠し扉に、一人の少年が立っていた。
その少年は、茶色のマントをなびかせて、豪快な笑みを浮かべていた。
何よりも目を引くのは、少年の右肘から、指先まで巻かれている白い包帯だった。
その包帯も、何か文字みたいなのが書かれている。
肘近くにはアクセサリーなのか、宝玉がぶら下がっていた
「なんだ、小僧。お前もオンデンブルグの者か?」
兵士がスピアを、少年に向けて構える。
豪快な笑みを浮かべたまま、無言で歩き出す。
まっすぐ、ナタリーに向かって。
「待て、止まらないと痛い目に合うぞ!!」
「おい、聞えているのだろう。ならば、返事しろ!!」
怒号が少年に向かって、浴びせられる。
しかし、少年は、何も聞えないかのように反応しない。
ただ、歩く。まっすぐに。
「くそっ!!」
溜まりかねて、スピアを少年に向かって突き出す。
「ちょ・・・っと、待ちなさい!!」
倒れこんでいたナタリーは、上半身だけを乗り出して帝国兵士に叫ぶ。
しかし、そんなナタリーの叫びは届かなかった。
『ガンッ カラーン』
少年は突き出されたスピアを、右手一つで薙ぎ払った。
薙ぎ払われたスピアは、持ち主の手から離れて地面に落ちた。
「なっ・・・何が起こった?」
スピアの持ち主であった兵士が驚きの声を上げながら、自分のスピアを見る。
「嘘だろ?俺のスピアがひん曲がっているぞ。有り得るのか、こんな事が」
力の抜けたような声を出す兵士。
「何をしている!!!!その少年は敵だ。
捕縛、もしくは、排除を持って対処しろ!!!」
アルベルトが浮き足立つ兵士に檄を飛ばす。
「ハッ!!!よし、全員連携を持って一気に突き刺す。円陣だ」
一人の兵士の声で、戦闘可能な兵士が少年に対して円を描くように囲い込む。
「よし、一糸乱れぬ突きを出せ」
『ヒュ』
一度に放たれた突きは空気を切り裂く音に変わり大きく響く。
しかし、それだけだった。
「な・・・、な・・・」
上の方を見上げて固まる兵士。
他の兵士がその視線の先を見る。
そこには突きを避けて、空中を高々と飛ぶ少年の姿。
そして、飛ぶ先は、先程から固まっている兵士の方に向かっていた。
『ズッ・・・シュ』
少年が兵士に飛びつく形で倒れ込む。
倒れ込むと同時に、鮮血が飛び散り、少年だけが起き上がる。
そして、呆気に捕らわれている兵士を、次々と包帯をした手で突き刺していく。
武器は何も持っていない。ただただ、包帯をした手で突きを放っているだけに過ぎない。
「うおおおおおおおおおおお」
兵士の中で一斉攻撃を命じていた兵士が、少年に向かって踏み込む。
さすがに他の兵士と比べると隙もなく、スピアで突くスピードが段違いの速さで
避ける事が出来ず、右手で受け止める少年。
しかし、そのスピアの一撃を、素手で受け止めてみせる芸当を披露する形になった。
「ははは、まさか、私の突きを片手で?少年が?ははは、まさかな」
目の前の出来事が信じられないのか、信じたくないのか、乾いた声で笑う兵士。
ただ、その一撃で右手の包帯が解けて行く。
少年自らが解いているわけではないのに、包帯自身から解こうとしているようにも見えた。
『カーン』
解けて地面に落ちた。宝玉も包帯と一緒に落ちて高い音を鳴らす。
次回更新予定日は11月13日の12時ごろです。