第7話 王国兵士の意地と王国襲撃の真相
オンデンブルグ兵が、自ら積み上げたバリケートを崩して攻め出す状況に、
驚きのあまり、声を上げられず、あっけに取られ見つめたままの帝国軍兵士。
瞬間、バリケートから飛び出したエドワードの一撃で、帝国軍兵士の首が高々と跳ね上がる。
この場は、立て篭もっての抵抗しかしないと思われていた為か、手薄になっている。
すぐさま、この場にいる帝国軍兵士を殺していく。
その場の兵士を全て殺し終えて、エドワードがナタリーに振り向く。
「では、姫様。
王を助けに行ってきます。
くれぐれも無理はなされぬように。では、御免!!」
そう言うと、演説の間に続く通路を、精鋭10人で駆け抜けていく。
異変に気づいて、部屋から廊下に躍り出た帝国軍兵士の首が胴から離れる。
「エドワード、張り切っておるな。
では、私達は王の間に。もちろん、姫は一緒に来られるのでしょうな」
「いえ、私は別行動を取らせてもらうわ」
「何を言っておられるのか、理解出来ませぬが?」
「私のすべき事は、他にもあると言ったわ。
安心しなさい。すべき事が終わったら合流するから。
第一、単独で行動した方が都合良いのよ。姉妹の情報が得る為だから」
そう言うと、笑顔を見せるアクセル。
「く、くれぐれも無茶は、せぬようお気をつけなさい。
では、我らは、これより王の間に向かう。
王の間は、敵の本拠地と思われる場所ゆえ、敵の抵抗も激しく、只ではすまぬだろう。
だが、ここを抑える事が出来れば、戦況を変える事が出来るだろう。
オンデンブルグ勝利の為に行くぞ!!!!!!!!!!!!!!」
『うおおおおおおお』
雄叫びが、地鳴りとなって城を揺らす。
この雄叫びで、帝国軍兵士は驚くだろう。
また、各地でゲリラ戦を繰り広げている兵士の士気は、一気に跳ね上がるだろう。
階段を駆け上がっていく兵士達を見送るナタリー。
「ごめん、アクセル。本当は、一緒に行くべきだったのだけど、
私は、私の戦う姿を、今までの私を知っている人に、見て欲しくないのよ。
もう、今までと同じように、私を見てくれなくなると思うから・・・、
私はもう人間じゃないから・・・、だから、私は・・・、一人で行くわ」
そう言いながら、厨房室へと入っていくナタリー。
厨房の奥にある食料保管室に入って、さらに奥に行くと、
果物が入った木箱が、壁一面に詰まれていた。
一番右端から3つ目の木箱が、4段重ねになっている下から2段目を、思いっきり蹴る。
『トスンッ』
と軽い音を立てて、簡単に倒れる木箱。
そう上3つの木箱は、中身が空だったのだ。
上2つは、壁に打ち付けられている為、下に落ちてこない。
その奥に出現する空洞。
それが、隠し通路だった。
オンデンブルグ国、王の間―
「アルベルト・ケトラー騎士団長!!
ドナーテ国の属領兵が民間人相手に殺害、略奪、強姦を行っているようです」
帝国軍生粋の兵士は真っ青になりながら王の間に走りこんでくる。
「殺せ、帝国軍属領兵としてではなく、賊として処理しろ」
「ハッ!!」
敬礼をしてすぐさま王の間を飛び出す兵士。
「話が違うではないか、アルベルト殿」
抗議するオンデンブルグ国大臣グスタフ・ヴァール。
しかし、王の椅子に座っているのは、彼ではなく、アルベルト・ケトラーであった。
その横に立ち、顔を真っ青にしながら、落ち着かない様子で、そわそわするグスタフ。
王の間には、王の椅子の左右に10人づつの重鎧で武装され、鋭いスピアを持った兵士が
脇を固め、アルベルトの命令を静かに待っていた。
「それを言うなら、グスタフ。貴様も話が違うではないか」
「な、何が言いたい!!」
「無血開城で、オンデンブルグを引き渡せると言ったではないか。
現に来て見れば、一部のオンデンブルグ兵士が、抵抗しているではないか」
「くっ、それは、国民の中に潜り込んだ帝国兵士が威嚇するのみだと、言う手筈だったのに、
実際は、オンデンブルグ国王を殺害するとは、話が違うではないか」
「ふん、既に軍の掌握は、済ませているものだと聞いていたのだが、
それすらも出来ていなかったお主に、何も語る資格などないわ」
吐き捨てるように言い放つ、アルベルト。
年は四十路を越え、少し銀髪に白髪が混じり始め、風貌がさらに渋く見せていた。
しかし、体格は180㎝を超え、熊とも素手で渡り合ったと言われている体格は、
あらゆる所の筋肉が盛り上がっていた。
それゆえに、同じぐらいの身長の兵士よりも、
一回り大きい重鎧を特注で用意して貰っていた。
「しかし、これでこの国は、貴様の物になったのだから、後は好きにせい」
「こんな状態で私に引き渡されても、国家の運営など出来るはずもないわ」
「貴様は、勘違いをしておるな。
帝国軍側の予定外は、ただ一つオンデンブルグ国王を殺害しただけで、
後は、貴様の思い通りになっているではないか」
「し、しかし、お主らの属領兵が民間人にまで、手を出しているではないか」
「ふん、それに関しては、ワシも不満がある。
帝国は近年、今までの国内充実政策から、いきなり帝国領土の拡大政策に変わった為、
あらゆる所に帝国軍兵士が散らばり、帝国軍兵士の数が足りない状況になっている。
それは仕方が無い、我らが、王にお考えがおありなのだろう。
だが、あのような下衆どもまで、
帝国軍兵士として使わなければ、維持できない戦線など、
この先、思いやられるわ」
「だ、だが、それがフリードリヒ王の政策である・・・と」
アルベルトは、自分の国王の名が、軽蔑している者の口から出た事に
無意識の内に、睨みつけていた。
だが、あえて口には出さない。
「王は急いでおられるように見える。何故かは、わからんがな」
そう言うと同時に、雄叫びが遠い所で聞えた。
すぐに息を切らしながら、入ってくる先ほどとは別の兵士。
「報告いたします。城内に立て篭もっていた一部の敵兵士が、反攻に転じました」
アルベルトの横で、短い悲鳴が聞えた。
しかし、アルベルトは、それに取り合うつもりも無く、ただただ、口端を吊り上げた。
「ならば、ダーヴィッツ・オルバラ!!」
「ハッ、将軍」
王の椅子に左側の一番近い位置に立っていた重鎧が、将軍の前に進み出て、
鉄のフルフェイスを外して、左脇に抱える。
まだ、若い青年ではあるが、目には闘志がみなぎっている。
「良い目だな、ダーヴィッツ」
「ハッ、この国の将軍は、かの猛者エドワード・ラウールと聞いておりましたので、
今か今かと決戦の時を、心よりお待ちしておりました」
「うむ、ならば行くがよい。そして、そなたの武力がエドワード・ラウールを、
凌ぐものだと見せ付けてくるがよい」
「ハッ、必ずや、彼の首を此処へ」
そう言うと、颯爽と手勢の兵士を連れて、王の間を後にした。
その後、王の間を静寂が制した。
『ガコッ』
王の間の反対の壁から、妙な音が響く。
その音に驚き、半分しかいなくなった兵士達がスピアを構える。
「はぁ、エドワードは大丈夫かしらね。
今のダーヴィッツって人、結構強そうだったけど。
でも、お陰で、この場にいる兵士の数は半減したわね。結果オーライで良いのかしら」
隠し扉があった事に一同驚いたのだが、中から出てきた人物にもっと驚いた。
「ナ・・・、ナタリー姫」
上擦った声を上げるグスタフ。
そのグスタフに、笑顔を持って答えるナタリー。
その表情に余裕すらも垣間見て、さらに、肝が冷え始めるグスタフ。
「何故、何故、ここに!!」
「決まっているじゃない。こんなオイタをした子供に、
押し置きをしないといけないと思ったのよ」
「ナタリー、ただ一人に何が出来る!?それとも後ろにエ、エドワードでもいるのか?」
怯えて、饒舌になるグスタフを一睨みするアルベルト。
その視線の力に、声にならない悲鳴を上げるグスタフ。
「いいえ、私は一人よ。ただ・・・一人」
静かに答える【ただ、一人】を強調する。
「そうか、そうだったのか、降伏する為に、姫自ら王の間にやってきたのか。
ならば、我が権限持って・・・」
「そう、あんた達の愚劣な策謀のせいで、私は一人になった」
「えっ・・・」
間の抜けた答えを返すグスタフ。
「私の姉と妹を返しなさい」
そう言って一歩踏み出すと、グスタフが一歩下がる。
二人の距離は、50m近く離れているというのに。
「オンデンブルグの姫君は、気が強くて良いな。気に入った」
声の主に視線を動かす。そこには、王の椅子に座ったアルベルト。
「あんた、誰よ?」
「良いな、ますます強気な所がな。ならば、ワシも誠意を持って答えよう。
ワシの名前は、アルベルト・ケトラー。
10師団からなる帝国リヴォニア騎士団の
第7師団の騎士団長をしている。
人はワシを【帝国の絶壁】と言う者もおるわな」
そう言うと豪快に笑うアルベルト。
「そう、私はオンデンブルグ国の第二王女ナタリー・フォルヌ・ユングリング。
長いから、ナタリーで良いわ」
そう言うナタリーの頬に、汗が伝う。
「ほう、その第二王女か・・・。状況は知っておるだろうな?」
「信憑性は、此処に来るまではなかったわ。ここに来るまでは・・・ね」
「確信に変わったか、姫よ」
「そうね、グスタフが裏切った事に、違いは無いわね」
「ひぃ」
アルベルトに隠れて、グスタフの悲鳴だけが聞える。
「そして、帝国が侵略してきた事もね」
「そうか、ならば、なぜ此処に来た」
「教えてくれないと思うけど、聞きたい事があるの?」
「聞こう」
考えながら、言葉を選ぶナタリー。
その様子すらも、楽しんでいるかのように笑顔のアルベルト。
「第一王女マリア・フォルヌ・ユングリングと、
第三王女シャルロット・フォルヌ・ユングリングの居場所について」
「ふん、それならば言っても差し支えは無い」
「えっ!?」
予想していた答えとは違っていた為、驚きの声を上げるナタリー。
「先ほど、この城から我らが王都に向かって出発されたわ。
皮肉な話だが、今、一番治安に心配があるのは、此処だからな」
「ア・・・アンタ達が・・・ぁ、あんた達が来たからでしょう!!!!
この国は平和だった。誰もがこの国を愛していた。
全ての人々の幸せを奪ったのは、あなた達帝国軍人でしょうが!!!!!!!!!!」
思いのまま叫ぶナタリー。
しかし、アルベルトは相変わらず笑みを浮かべたままだった。
「誰もがこの国を愛していただと、ふふふ、では、聞こう。
何故、グスタフ公が反旗を翻したと思われるか、ナタリー王女」
「そんなこと・・・、知るわけが無いじゃない」
「そうだな、その通りだ。他人の思考など、当の本人以外は知る由もなくて当然だ。
【誰もがこの国を愛していた】だと!?、それは、己が個人の思い込みと言う奴よ」
「くっ・・・、だったら、グスタフの反乱、帝国の侵略に、正当な理由があるって言うの?」
「理由?そんなものは、帝国が掲げている
【プロシア人による支配こそが、全人類の世界平和に繋がる】で、十分ではないか」
「ふざけないで!!そんな言葉の為に、この国を踏み荒らしたと言うの?」
「勘違いしないで欲しいものだな、ナタリー王女。
そもそも、グスタフ公は、数代前まで遡ると、ドナーテ国の国王の正当な血筋なのだよ。
もはや、何百年も前の話だがな。
その当時に交わした密約を、未だにグスタフ公が大切に持っておったのよ」
昔話を語る老人のように、嬉しそうに話を続ける。
グスタフが王族である事は、深淵の魔術師から話を聞いていたから聞き流す事にした。
それよりもダーヴィッツと言われた人間が帰ってくる前に、
戦うのなら戦ってしまわないと、状況がさらに不利になる。
ナタリーの頬に一筋の汗が伝う。
「密約って何よ?」
アルベルトの時間伸ばしかもしれない。
そもそも、ナタリーがここで戦うつもりでいるとは、思っていないのかもしれない。
ナタリーは、どうすれば姉と妹を助けて、国を助ける事が出来るのかを、
ただ、ひたすら考える。
今まで考えてきたどんな事よりも、深く考える。
「帝国に何かあった時、ドナーテ国は国を上げて援軍を出す代わりに、
ドナーテ国の繁栄と平和、もしも何かあれば、復興すらも約束すると言うモノだ。
ドナーテ国はその何年後か、クーデターによって、
国王が都落ちする事になったので、密約は廃止となったと思っていたのだが、
ご丁寧にグスタフ公が、その化石のような密約書を大切に持っておった。
そして、今になって、その密約書を突きつけてきおったのよ」
「何て事をしてくれたのよ。グスタフ・・・」
「実際に、この国を動かしていたのは私なのだ。
この国の豊かさは、私が執行してきた数々の政策が実を結んだ結果だと
何故、何故、誰も気付かない!!
豊かな国なのは、王の政策によるものだと!!!!!
提案したのは私だ、常に私だ!!!!
王は、ただ、ただ、許可を出していただけだ。
この国を平和に、国民が幸せに生活が出来ていたのは、私のお陰なのだ!!!!
何故、何故、何故、その事に、誰も気付かない。気付いてくれない!!!!」
アルベルトの後ろから飛び出して、子供の癇癪みたいに大声で叫ぶ。
良い年の大人が涙を流しながら、自分の能力や功績を訴える。
「グスタフ・・・、あなた・・・」
「だったら、実質的に国を動かしているのは私だ。
私が王になっても、この国は何も変わらないはずではないか」
「ふん・・・」
アルベルトは心底嫌そうな顔をしながら、汚物を見るような蔑んだ目でグスタフを見る。
「あなたは間違っている。
あなたのお陰で、この国は豊かになったのかもしれない。
ただ、王は何もしなかったのではなく、あなたを信じて全てを任した、違う?」
「ふざけるな。そんなのは都合の良い詭弁だ」
「逆に聞くけど、その不満を王に言わなかったの?」
「なっ・・・」
先ほどまで、饒舌だったグスタフの顔が固まる。
「あなたが人に認めてもらう前に、あなたは王を信じられなかったから
本心を話せなかった。
だから、この選択肢しか選べなかった、違う?」
「私は、ただ、ただ・・・」
「誰かに認めて欲しかったのね、グスタフ」
「ナタリー姫・・・」
ようやく、自分の気持ちに、気付いて貰えた事に感動したのか、
涙でクシャクシャになりながら、それでも救われたような顔をするグスタフ。
「ふざけるな!!!」
王の間の空間がパチィと静電気を放たれたような感覚に陥り、
アルベルト以外は、全ての者が身を竦ませた。
「子供の構ってもらえなかったから、
悪戯をして気付いてもらおうと言うのと、変わらないじゃない。
人の命を巻き込んでいるのだから、それ以上に性質が悪いわね。
だったら・・・、私は・・・」
腰の隠しポケットに手を入れて、【カナンウェルナン】の柄を握る。
「ほう・・・、だったら・・・、どうすると言うのだ」
アルベルトはナタリーの殺気を察して、目の奥で鈍い光が湧き上がる。
相変わらず笑みを浮かべたままで、ナタリーの仕草や表情を見つめる。
「あなた達、帝国軍も帝国軍ね。密約の方が、人の道よりも大切だと言うの?」
「先ほどから、面白い事を言う王女様だな。理由など、どうでも良いではないか。
現実は、【この国は外敵からの攻撃に耐える力がなく陥落した】
だけの話ではないか」
そう言うと、やはり豪快に笑うアルベルト。
その笑い声さえも、横にいるグスタフにとっては、震える対象になっていた。
「そうね、全くその通りだわ。この段階で押し問答なんて、意味が無いわ。
だったら、私はこの場にいる邪魔する者を全て切り捨てて、
私の姉妹を取り返させてもらうわ」
「出来るかね、平和ボケした姫君に」
「問答する気はないっ・・・と、言ったぁ!!」
【カナンウェルナン】を引き抜く。
周りの全兵士が身構える。
「構わん、姫を殺せ」
全兵士に命令を下す。アルベルトに戸惑いはない。
「・・・っ」
椅子の腕置きを掴みながら座り込む、グスタフ。
「邪魔だ、グスタフ」
「出来ない。相手は女性で、かつ、まだ子供ではないか」
「相手は剣を持っている。そして、剣を引き抜く事の意味を知っている」
「だが・・・」
『ゴッ』
「がはっ・・・」
グスタフの顔面に、アルベルトの拳がめり込む。
グスタフが派手に倒れて、動かなくなる。
次回更新予定日は11月6日の12時ごろです。