第6話 戻りたい場所と戻れない私
宝物庫から出て10分後―
謁見の間に近づくほど、喧騒が大きくなっていく。
「どうやら、オンデンブルグの兵士はまだ負けていないわね」
少しだけ嬉しくなりながら、角を曲がれば後はまっすぐ進むだけで、
謁見の間に通じる階段に出るはず、と思いながら角曲がる。
『スッ』
喉元に剣を突きつけられて内心驚くナタリー。
「ひ、ひめぇ!!」
それよりも驚いたのは、剣を突きつけた相手の方だったらしい。
声の主は、ナタリーやマリアの教育係であり、
オンデンブルグ国の生き仏【アクセル・オクセンシェルナ】人呼んで-
「オンデンブルグのゾンビ。良く出来たネーミングよね」
「姫様、このような状況でも、そんな事言っておられるとは・・・ひ、ひめ!!」
何処から引きずり出してきたのか、わからないが古い鎧で全身を固めているアクセル。
「初めて、アクセル爺様の鎧姿を見たけど、なかなかカッコいいじゃない」
「ひ、ひめ、その服装は、もしかして、姫に!!姫に手を出した奴が!!!」
ナタリーに起きた状況を察したか、一度、血の気を引いた顔が、
一瞬で真っ赤になって、額に筋を浮かべて、
ナタリーが出てきた通路に躍り出る。
もちろん、実際に襲ってきた連中は、この世からいなくなったのだから、いるわけがない。
「大丈夫よ、爺。私はそんなに弱くないから・・・」
【―――ヒトデスラナイカモ】
一瞬、ナタリーは、誰かに声を掛けられた気がして、思わず振り返る。
「どうされましたか、姫!!」
何処にも、人影はなかった。
今の声は耳元で言われたかのように、すごく近くで言われた気がした。
逆に、ナタリーの異変に気付いたアクセルの呼び掛ける声が、遠くに聞える。
「気のせいね。こんな常軌を逸した状況だから、幻聴でも聞えたのかしら・・・」
「姫、隠し事は、私にはしてくださいますな。その服の血は、姫の血はありませぬな?」
「そう、私を襲ってきた帝国軍兵士を、2人ほど殺したわ。これは、その返り血よ」
その言葉に、驚きの顔をするアクセル。
「姫に武術を教えた記憶は、私には一切ございませんが・・・」
さすがは教育係、内心舌打ちをするナタリー。
決して、【私、人間を辞めて魔王の心臓を埋め込まれました、てへっ】
なんて言える筈がない。
「私の脱走癖はご存知?」
「いやと言うほど知っております」
「脱走した後、城を歩くだけでは暇だったから、兵士の練習場を覗き見してたのよ」
「ひ、ひめ、姫ともあろうお方が、殿方を盗み見とは、どういう了見ですかな?」
詰め寄る爺。
昔と言ってもつい、先日までは、このやり取りが凄く嫌で堪らなかったのに、
今は何故か懐かしくて嬉しい、何故か、涙が溢れてくる。
「姫、どうされました?何処かに傷を?」
「ううん、ありがと、爺。今まで辛くあたってゴメンね」
「姫・・・」
ナタリーの言葉に、爺は遠慮なく涙を流す。
その様子を見て、涙がもらい泣きしそうになるのを、じっと我慢するナタリー。
「こんな湿っぽい雰囲気じゃ、勝てる戦いも勝てなくなるわ。爺しっかりなさい!!
私も戦闘に参加するのだから、オンデンブルグを勝たせて見せなさい!!」
グッと涙を堪えて、何とか言葉を出してみると、ナタリー自身も驚きの言葉が出る。
「姫?何を言っておられるのですか!!帝国軍の襲撃ですぞ!!!
今すぐ、城から避難されて、中立を宣言しているリッヒ国に入り、
大陸に船で渡り、兄君のカータス王子が、おられる聖地ツファット国へお逃げなさい」
捲くし立てるように話すアクセル。それだけ、今の状況が敗戦濃厚だとわかる。
「ダメ、それはダメよ、爺」
「何をおしゃっているのですか、姫!!」
「お父様、いえ、王の生存の有無・・・、そして、捕らわれた姉妹の救助、
何よりも王を裏切ったグスタフ・ヴァールには、鉄拳制裁を入れないと、気が済まないわ!」
「こ・・・、この反乱の首謀者が、グスタフです・・・と、・・・・まさか・・・」
「帝国軍を城内に引き入れたのも、
市民に変装して紛れて、暴動を誘導させたのも、
すべて、グスタフと帝国軍の作戦だったみたいね」
先ほど、深淵の魔道士と名乗る男の言葉を、思い出す。
「それは何処からの情報だと、申されるのですか?」
「それは・・・、深淵、いえ、私を襲った帝国軍の兵士から聞き出したわ」
深淵の魔道士の情報を、爺から聞き出したいけど、わたしの事も話さないといけなくなる。
そもそも本当に、魔王シェディムの心臓が、この国の宝物庫に保管されていて、
今は、自分の体内にあるなんて、いまだに自分自身も信じられない。
(それ自体も夢だったのかもしれない・・・よね)
「・・・そうですか、許すまじ・・・グスタフめ・・・、エドワード!!エドワードをここへ!!」
激しく怒号が飛び交う最前線から、2mぐらいのガッチリした体格の男がやってくる。
「なんだ、じいさん。こっちは忙しい・・・って、姫!!」
先ほどまでのやる気がなさそうな態度から一点、すぐさま、片膝を地面に付いて、頭を垂れる。
「エドワード、元気そうで良かったわね。
こんな時に、礼儀なんていいから状況を教えなさい」
彼の名は、エドワード・ラウール。
オンデンブルグ国の騎士団長。
腕は一流だけど、真面目な性格は良いのだけど、
やる気が体の何処からか、抜け続けている所が残念さんなのよね・・・。
「姫、このたびは!!このたびは!!!!自分が不甲斐無いばかりに!!!
国が!!!いっそここで我が命を持って、この失策の償いとさせて頂きます!!」
そう言うと、同時に自分の腰の長刀を抜き放ち、
己の首元にピタッとあてる。
やる気がなさそうな普段と違い、心底申し訳なさと、
己のふがいなさを悔やんでいるように見えた。
「そんな面白くもない償い方は許さないわ」
ため息を吐きつつ考える。
「ならば、どうすれば!!」
「何か妙案でもおありですかな、姫」
アクセルが、姫の思案に気付く。
「今、この国がすべき事は一つ。王の身の保護と、この国を守る事」
「しかし、王は・・・」
アクセルは、眉間に皺を寄せながら下を向く。
おそらくは、王が倒れる所を見たのだろう。
その怪我が、致命傷である事も。
「だからこそ、だからこそなのよ・・・。連中に父様を渡したままで、良い訳がないじゃない。
まして、まだ、可能性があるかもしれないでしょ」
何の可能性とは、言わない。
周りも、それを追求しない。
それが、例え望み薄であったとしても、それが臣下の勤めだから。
「さらに、私のすべき事は、姉と妹を奪い返す事」
「姫、何を言っておられるか、わかっていらっしゃるのですか!?」
「どういう事?」
「今の帝国軍は、今まで属領とした国からの兵士も吸収した為、
著しく礼儀を知らぬ連中の集まりに、成り下がったと聞いておりますゆえ、
連中に捕まると何をされるか、わかったものではありませぬぞ!」
エドワードの抗議に、破れた胸元を握り締めるナタリー。
「そう、こんな思いを姉さまや、シャルにさせるわけにはいかないじゃない」
「連中!まさか、姫に手を!?あ・・・あいつら!!!」
噛み締めた歯を、剥き出しにしながら叫ぶエドワード。
腕の筋肉が、異常なほどに盛り上がっていく。
悲痛な表情で、何も言わないアクセル。
「大丈夫よ、襲われる前に殺したから。
そんな事、今はもう、どうでも良いわ。
今の動ける人数が知りたいし、私が兵士達の前に姿を出せば、
少しでも、士気が上がるでしょ?だから、皆を集めて」
そう言うと、すぐに、エドワードが残った兵士を呼びに行く。
「姫、くれぐれも無茶をなさらぬように」
「爺、ここで無茶をしないと、何処でするのよ?」
「姫・・・」
爺の気持ちはわかる、痛いほどに。
けど、ここは逃げちゃダメな所だから、と心に言い聞かせるナタリー。
その後、集まった兵士はナタリーの姿を見て、喜びの声が上げた。
「皆、よくぞ、ここまで戦ってくれて本当にありがとう。
敵の侵略を許した事は、万死に値するのだけど」
「くっ・・・すまねぇ、すまねぇ、姫」
エドワードが、傍らで涙ぐみながら謝る。
その姿に兵士達も皆、目を充血させ、涙を拭う者もいる。
亡国となりつつある祖国と、無力な自分たちを恨んでいるかのようだった。
兵士たちの心が、折れかけている事は見て取れる。
「でも、この国がすぐに制圧を許さなかったのは、
ここにいる兵士達と、城中に散らばり、ゲリラ戦を繰り広げている兵士達、
皆のお陰だと言う事も、わかっているわ」
耳をすませると、今もこの場所以外の所で、争い合う声が聞こえる。
「今から言う事は強要ではないわ。ただ、一つ、私からのお願いとして聞いて欲しい。
この国を救う為に、連れさらわれた私の姉妹を救い出す為に、力を貸しなさい!!!
この国の兵士は、他国とは違う。
屈すると言う選択肢など、何処にもありえない。
オンデンブルグ兵士は、生粋の軍人であり、
決して、帝国軍に屈さない事を証明しなさい!!!!!!」
そう言うと同時に、懐から短剣【カナンウェルナン】を引き抜き天に向かって突き上げる。
『おおおおおおおおおおおおおおお』
ナタリーの姿を見て、次々に剣を抜き放ち、天に向かって突き上げ、雄叫びを上げる兵士達。
(皆の目はまだ死んでいない、まだ、勝てる見込みはあるわ)
ナタリーは、勝敗が決していない事を確信して、作戦を伝える決心をする。
「オンデンブルグ国騎士団長エドワード・ラウール、前へ」
「・・・っ、はっ!!」
まさか、ナタリーに冠名を呼ばれるとは思っていなかった為、エドワードの返事が遅れる。
「此処に!!」
ナタリーの前で、片膝を突くエドワード。
「貴方は一部の兵を率いて、演説の間を奪還し、王の身柄の確保を言い渡す」
「はっ!!この任務、命がけで成功させて見せましょう」
「お願いね、エドワード・・・」
「姫・・・、よし、選り抜きの兵士を10人だけ連れて行く」
そう言うと、次々兵士の名前を、呼んでいくエドワード。
「次に、アクセル・オクセンシェルナ、此処へ」
「ハッ、姫と供に、戦場を駆け巡る日がこようとは・・・、もはや、言う事はありませぬ。
戦うと決断されたのならば、我らが出来る事は、勝利を飾る事以外ありませぬからな」
そう言うと、片膝を突きながら笑顔を見せるアクセル。
「アクセルには無理をさせたくないけど、お願い。ううん、そうじゃない、違うわね」
「姫、戦場に立つと決めたのならば、例え、知り合い、友人、家族が
敵で出てきたとしても、討つしか道はありませぬぞ。
遠慮なく爺、いや、アクセル・オクセンシェルナに命を!!」
アクセルの目には、今までに見た事がない強さが宿っていた。
「何故、男の人はこうも、戦いになると元気になるのかしらね。
でも、今は頼もしく思えるわ。
では、言い渡します。
エドワードの部隊を除いたアクセルと兵士達で、王の間を奪還、
奪還した暁には王の間の窓から、勝ち鬨を町中に聞えるように叫びなさい。
それを合図に、情勢が一気に傾くでしょうから」
「ハッ、この老体の最後に、意義ある戦場を用意して頂けるとは、
その命、我が全ての力と経験を持って、必ずや成功させて見せましょうぞ!!!」
『うおおおおおおおおおお、我ら最後の舞台をナタリー姫と一緒に戦える事を
心の底から感謝します!!』
兵士の中から、あらゆる声が上がる。
死を覚悟した兵士達の魂の叫びのようにも、聞えた。
おそらく、ここにいる兵士の半分以上が、命を落とす事になるだろう。
(わたしは・・・、家族がいる兵士達に、国の為に・・・、死ねと・・・言ッ・・・た
心が痛い・・・)
それでも喜んで【死】を受け入れてくれた兵士達。
(だから、わたしは・・・・・・)
「姫、どうかされましたか」
喜びながら、悲しみの涙を流すナタリーに、違和感を覚えて心配するアクセル。
「ううん、何でもないわ。私のするべき事は、
此処にいる皆の顔を、1人残さず覚える事なのね」
(たとえ、此処にいる誰かが死んだとしても、私は一生忘れないから)
心に誓うナタリー。
そして、兵士を見る。
仲間同士で肩を組んで軍歌を口にする兵士。
仲間の傷を手当する兵士。
剣の手入れをする兵士。
黙々と神に祈る兵士。
家族の写真を取り出して見つめる兵士。
「姫・・・」
「わかっているわ、業は私が背負うわ。今日から死ぬ最後の日まで」
「やはり、勘違いしておりますな」
アクセルが笑顔で、昔の時みたいに優しい声で語る。
「私達は姫や国が気に入らないなら、初めから、立て篭もったりせずに降伏するでしょう。
何故、降伏せずに、ここまで抵抗したのか、それは姫と同様に、この国が好きだからですよ。
そして、王や姫を家族同様に愛しているのです」
「そうだぜ、姫。
俺達みたいな無粋な連中は、町では誰も寄ってこない。
見た目が怖いからか、誰も自分から話しかけてくれない。
町中から、煙たがられてきた。
でも、俺達だって、それが普通だと思っていた。
でも、あんたは違った。
俺達を兵士として雇うように王に掛け合い、兵士にして頂いた挙句、
俺達の所に無断で、良く遊びに来てくれた。
王妃さまには、よく俺が怒られたが、悪い気はしなかった。
むしろ嬉しかったぜ」
エドワードが嬉しそうに、アクセルの後に続いて話し出す。
「エドワード、姫に『あんた』とは無礼だぞ。
姫、しかし、エドワードも姫の事が好きで、仕方がなかったんじゃ」
「ちょ、おっさん、な、なにを」
「兵士達の練習場や実戦訓練に、姫が遊びに来た事が王妃様に見つかった時、
エドワードが必ず『私めが遊びに来てくださいとお願い致しました』と、常に言いよってな。
さすがに、事ある毎にそう言い続けるものだから、仕舞いにはエドワードが言う前に
真相を理解しておられた王妃様が呆れながら、
『また、エドワードが頼んだのか』と言うようになっておったわ」
そう言うと、豪快に笑うアクセル。
「確かに、よく近衛兵として、城内を見張っていた時に、
抜け道を利用して、部屋を飛び出したナタリー姫が、
王妃様やアクセル殿に見つかっては、部屋に引っ張り戻される光景は、ほのぼのしていたよな」
つられて兵士の一人が呟く。
俺も見たとか、俺なんか一日に三度見た、と言い合って、再び笑い合う兵士達。
ナタリーとエドワードは、苦笑いするしかなかった。
「おわかりになりましたかな。
だからこそ、私達は、この国を滅ぼされる事を良しとはしない。
たとえ、命を落とす事になるとしても抵抗するのです」
「わかった、わかったわ・・・。皆、ありがとう。
嬉しい、心の底から、私は貴方達が好き。
だからこそ、死を感じた時は逃げなさい。
でも、演説の間、王の間、どちらも無事に終わったら追撃戦に転じます」
ざわめき出す兵士達。
「姫はこの戦い勝つ気でおられるぞ」
「姫は戦い自体が初めてだから、現実を知られないだけでは・・・」
「勝てるのか、あの帝国軍に・・・」
あらゆる声が上がる。
「おまえら、何を!!」
「待って、エドワード。私にまかせて。
皆聞いて、帝国軍と言っても、実際の兵士編成は、
属領の兵士が80%、生粋の帝国軍兵士は、20%しか参加していないの。
と言う事は、状況が不利になったら、いえ、
五分まで持ち込めたら、属領の兵士は逃げ出す連中ばかりなのよ。
だから、この戦い勝てるわ」
「よし、勝ち目が出てきたな。では、バリケードを解いて
一気にそれぞれの目標の場所に行くぞ」
エドワードが叫ぶと同時に、バリケードを一気に崩し攻めに転じる兵士達。
次回更新予定日は10月30日12時ごろです。