第5話 闇に生きる者達
ナタリーが人間から足を洗った直後、別地点にて。
オンデンブルグ国を見下ろせる小さな丘の上に、2人の男が立っていた。
一人の男は、右手全体を包帯でグルグル巻きにしている。
所々、見た事の無い言葉が書かれた護符らしき物を、ペタペタと張っていた。
その手がまるで、封印をしなければいけない邪悪な物かのように。
「へぇ、この町に帝国の騎士団が来てるって、本当か?」
包帯されている右手で、頭をポリポリとかく男。
顔だけを見ると、少年の面影を残していた。
「おい、クラッシュ。わかっているだろうな、くれぐれも今回の任務は偵察もしくは、
援護であって、殲滅や壊滅、まして、占拠でもないからな」
側面をバリカンで反り上げ、帝国の若手将校にいそうな髪型の男が
神経質そうな表情で両目を瞑ったまま、クラッシュと呼ばれる少年を戒める。
「へいへい、わかってるよ。俺は聞き訳だけは良いって、言われてるんだ」
「どうだかな。前の作戦でも、最終的には突っ込んで殲滅したのは、何処のどいつだった?」
「あっれは、ちがっうだろっが!!結局、ターゲットは殺したんだ、文句はないだろ」
「いや、だからな、何度も言うがあれは、片方の勢力に味方するって作戦だったのだが、
クラッシュが全てを薙ぎ倒した。クライアント側もまとめて・・・な」
「ハッ、あんなもんで、壊滅するクライアントなんて、
助けてもすぐ何処かで、滅ぼされるのがオチだぜ。なぁそうだろ、ヘルムート」
そう呼ばれたヘルムートは、やれやれと首を左右に振る。
そして、彼は左目だけ開けて、空を見上げる。
下の町と違って、空は今日も晴れ渡り、蒼が何処までも広がっていた。
「無視か、無視すんのか!!おーい、ヘルムート・ビネガーさーん」
「ビルガーだ」
そう言うと、クラッシュは、ヘルムートの言葉に反応を示さず、城の方に目を向ける。
「ところで今回の援護って、誰を守れば良いんだ、ヘルムート」
「さぁな、大将の話では【俺達の仲間候補の援護】って話だ」
「それだけのヒントで人を探せって、そりゃ無理だろ、ハッ」
そう言うと、少し後ろの岩に背を預けて座り込むクラッシュ。
「そうとも限らない」
そう言うと、左目を閉じ、代わりに右目を開ける。
「騎士団の数が少ないな。ほとんどが属国の兵士で、編成された遠征軍と言う所か」
近くの城下町に目を向けると、やはり属国の兵士のみによる編成の為、
火事場ドロボーが、そこら辺に溢れかえっている。
盗む者は金か、物か、食料か、はたまた、女か。そして、気分次第で命か。
この世の地獄と化している町を目にする。
「この世界には、神はおられないか」
そう言うと、ヘルムートは首を左右に振る。
「そりゃ仕方ないだろ。
帝国遠征軍の進行は破竹の勢い、
この大陸のほぼ半分を、制圧するに至っているんだ。
これだけ戦域を拡大すれば、指揮する人間も帝国軍人も足りなくなる」
興味がなさそうに話す、クラッシュ。
「だからと言って、この有様はあまりにも嘆かわしい」
「じゃあ、俺が属国の兵士を、片っ端から殺してやろうか?」
「私は賛成したいが、大将が許してくれないだろうな」
「何だよ、大将、大将って、そんなに怖いのかよ!!」
俺は怖くないぜ、と言わんばかりに胸を張るクラッシュ。
その光景は、子供が親に自慢するかのようにしか見えない。
「私達は大将のお陰で、力を得る事が出来たのだ。それはクラッシュも一緒だろ」
「まぁ、そうだな」
「それと援護と言う事は、援護の障害になるものは取り除いても問題は無い筈だ」
そう言うと、ニヤリッと笑うヘルムート。
「ヘルムート、悪い奴だな、ヘルムート」
そう言うと、同じくニヤリッと笑うクラッシュ。
「だが、くれぐれもオンデンブルグの人間には、手を出すな。出来れば、聖騎士団にも・・・な」
「わかってる、ヘルムート、わかってるぜ。
んじゃ、援護要らないけど、援護と言う留守番よろしくなー」
地上から見ると、200メートル近い丘を子供が、自分で作った砂の山から
飛び降りるかのように、クラッシュは飛び降りていった。
「結局、クラッシュにやり過ぎないって行為自体が、無理な話だろうな。
何処までが許容範囲で、何処からがやりすぎなのか、わかるわけがない」
そう言うと、やはり首を左右に振るヘルムートであった。
次回更新予定日は10月23日の12時ごろです。