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魔王の血を引く者達  作者: 前田炎蔵
第一章 魔王の心臓を持つ姫 
3/15

第3話 闇に堕ちる契約

男の顔から落ちた汗の粒が、空中で止まっている。


『バサッ』


頭上から鳥が羽ばたくような音が聞えたので思わず見上げる。

見上げたと同時に、人が宝物庫の天井の窓から飛び降りてきた。

地面に着地する瞬間、体が少し浮いてから、再びゆっくりと音を立てずに静かに地面に降りたった。


宝物庫の天井は、普通の部屋に比べて天井が4倍高く、天井から飛び降りたという事は

4階から飛び降りた事になる。

しかし、その男は4階から飛び降りていないかのように、

何食わぬ顔で赤黒いマントをなびかせながら、ナタリーの前に立った。


「お前だな。望まぬ運命と引き換えに、運命すら曲げてしまう程の力を引き寄せたのは」


どう見ても魔術師っぽいのだが、魔術師の典型とも言える杖は持っていなかった。


「だ、だれ・・・、あんた・・・?」


「面白い目をしている。俺の名はそうだな・・・、

巷では【深淵の魔道士】と言って蔑まれている」


笑えば、多分カッコいいと思うのに、そう話す顔には表情はなかった。

雰囲気は、ただただ冷たい。


「深淵の魔道士・・・」


「俺の名など重要ではない」


「えっ・・・」


「お前は力を欲している、違うか?」

2人の声だけが、何処までも響いているように思える。

音の無い世界とは、こんな世界の事だろうか。

そして、2人の声以外は全く物音や人気、気配すらもない。

風の音も、木漏れ日さえも止まっていた。

夢なのかもしれないと思いながら、思った事を口にする。


「力が欲しい。助けたいの。マリア姉さまを、シャルを、お父様もお母様も・・・」

深淵の魔道士はナタリーの目をまっすぐ見つめる。

まるで、ナタリーの意思の値踏みをするように・・・。


「力を与える事が出来る。しかし、等価交換である物を対価として頂こう」


「ある物?」


「ああ、命を頂こう―」


「えっ、いのち?」


ナタリーは、きょとんとする。

深淵の魔術師の言う言葉がわからない。

いや、正確には理解すらできない。


「でっ、でも、死んでしまったら力も何も関係ないじゃない」

純粋に疑問に思った事を口にするナタリー。

深淵の魔術師の返答を聞くのが、少し怖くて声が震える。


「時間は無い・・・」


「どういう意味?」


「私は本来この場所にはいない。魔術を使って遠い地であるこの場所に

私と言う肉体を具現しているだけなのだからな。

この魔術は時間軸を越えて他空間、他次元に割り込む事と同義、

それゆえに時間が止まる。

だから、この空間で自由に動けるのは私だけだ」


「意味がわからない」


「理解する必要は無い。ただ、お前が今、するべき事はただ一つ【決断】する事だ。

 この状況で力を拒絶した場合、おそらくはその男に心を壊されるか、体を殺されるか。

どちらにしても、ただではすまないだろう」


「うっ・・・」

この深淵の魔道士の言う通りだ。

おそらく、時間が戻れば一瞬の隙を突いて、この場から逃れる事は出来ると思う。

でも、おそらく何の解決にもならない。

この者達は、おそらくナタリーが逃げれば姉や妹、城の女性達を狙うだろう。


「そんな事許せるわけがないじゃない!!」


「そうか、お前の名は?」



「ナタリー・フォン・ユングリングよ」



「ナタリー・フォン・ユングリング、汝は力を得る為に、

代価として命を渡す契約を交わすか?」



「あぁー、もうぉ、わかった、わかったわよ!!

契約成立。私の命でも何でも持って行きなさいよ。

でも、嘘だったら本当に許さないわよ。化けて出てやるから」



もう、人生投げましたと言わんばかりに大きなため息をつくナタリー。


「現時点を持って契約は成立。時間がない、始めよう」

懐から取り出した水晶が眩しく輝く。


「ちょ、まぶしいって」

思わず手で光を遮りながら目を瞑る。


「天使の聖杯に悪魔の血を。

 それは光と闇の交配と同義、太陽と月の狭間に歩くがごとく

 根の無き者として新たな生命を与えん。

 かくして、この者に永遠の力を、同時に永遠の牢獄に繋がん」


光の中から深淵の魔道士の言葉だけが聞える。

言っている意味はわからない。

出てくる言葉は気持ちの悪い言葉ばかりだ。


『ズズッ』


何かが胸の辺りに入ってくる感覚に気付いて、驚いて胸元を見る。


「嘘でしょ・・・」

目の前には先ほど容器に入っていた心臓が、

ナタリーの体内に、潜り込もうとしている所だった。


「ちょっと、待ちなさいよ!!!」

気持ち悪さに吐き気を覚えながら、自分の体内に入ろうとする心臓を掴む。

冷たく、硬く、一緒に入っていた液体のせいか、ネバネバする。


『ズズズズズ・・・』


「な、何コレ・・・気持ちわるい」

掴んで引きずり出そうとするが、ツルッと滑る。

その間に、どんどんナタリーの体内に入ってくる。


「あああ、ちょ、ちょっと、魔道士…、魔道士さん。

 こんなグロテスクなの想像してなかったわよ。

 だから、少し考え直させて・・・・・」


『ズンッ!!』


ナタリーの体が、自分の意思を無視して大きく震えた。


「えっ!?」

胸元を見直した時には、何の痕跡も無くなっていた。


「ちょっと、あの心臓は何処に行ったのよ!?

 ち、違うわね、あの心臓は誰の心臓よ。

待って。そうじゃなくて、うーん、聞かないといけないのは、私はどうなったの?」

錯乱状態に陥るナタリー。



「心臓の元の持ち主は、魔王シェディムの物だと言われている」



「まおう、あくまの?」

唖然とするナタリー。

輝いていた光は消え、魔道士の姿がはっきりと見える


「その魔王で間違いない」


「ど、どうして、そんなこと・・・」


「君が力を求めた。そして、その心臓は君を受け入れた。だから、私は一つにした」

その魔術師の表情には、一切の感情が無かった。


「だからって、そんな事をして良い訳がないでしょ!!」


「くくくっ、だとしたら、君はあの暴漢共に好き放題されて死を迎えるだけだ。

 運よく生き残っても心は壊れ、かつ、家族は全て君の傍から消え去る」


「なっ・・・」


「そうか、現状を知らないのだな。ならば、教えてやろう。

 この国は、領地拡大を狙う帝国軍に狙われていた。そして、帝国の属領となった暁には、

『オンデンブルグ王国の王にする』と、盟約を交わした大臣グスタフ・ヴァールが、

一部の農民を扇動、そして一気に革命を成立させる手はずだったらしいな」


「グスタフがありえない。王に忠誠を誰よりも、一番誓っていたのを私は知っている!!」


「くくくっ、では、逆に聞こう。彼には国を治めたいと言う願望など、持っていない人間だと言い切れるのか?」


「そんなこと・・・」


「ないとは言い切れないだろう。彼の家系はそもそも王族だったのだからな」


「えっ!?」


「実は、彼の生まれる遥か前に滅びた国の王家の末裔だった。

 何代も前の話だが、彼が王を夢見る理由には、それだけで十分だ」


「だからって、私の父を、オンデンブルグ国を・・・」


「それも君の主観でしかないな。そんな事はどうでもいい。私にとっても、君にとっても」


「そんな事って!!」

ふらつく体を精一杯力入れて立ち上がるナタリー。

2つの心臓がバクバクと脈打つ音が混ざった奇妙な感覚が吐き気を誘う。


「あんたが、深淵の魔術師だか、何だか知らないけど、私はあなたを許さない!!

 絶対に許さない!!絶対に!!」

見た目から精も根も尽きそうなナタリーだが、眼光だけは鋭く魔術師を見据える。


「それでいい。それで。だが、今だけは、相手を間違えない方が良いだろう。

 今、君の姉や妹は、帝国軍に捕まったようだ」


「えっ・・・」

それは今の自分の状況を考えれば、十分に考えられる事だったが、

何処かで、まだ現実として受け入れられていなかった。

だが、無常にも現実を突きつけられる。


「王も、王妃もどうなったか、わからないが、楽観出来る状況ではなさそうだ」

まるで、この場所にいながらも、その光景が見えているように言葉を紡ぐ魔術師。


「だったら・・・、だったら・・・・・・」


(おそらく、お父様もお母様も、もう・・・、)


頭の中では、最悪なシナリオしか思い浮かばない。


「お願いっ!!お願いします!!助けてください。あなたが深淵の魔術師なら、

 このオンデンブルグをお救いください!!!!」


地べたに膝をつき、ドレスが汚れる事も厭わずに、頭を下げるナタリー。

その行為を見ても、やはり無表情の魔術師。


「お願いします、お願い・・・、うっ・・・、ひっ・・・く、おね・・がい」

この状況を変える力を持たない自分が情けなくて、どれだけ堪えても涙が溢れ出す。

その涙を魔術師に見られないように、涙をドレスの袖で拭う。


「無理だ」


「えっ・・・」

一瞬、耳を疑うナタリー。


「先ほども言ったが、私の体は此処には無い。今の私は、あくまで幻影でしかない。

 それゆえに出来る事も限界がある」


「そんな・・・」

思わず顔を上げる、やはり、魔術師の表情に感情は無かった。

それだけに、嘘はついていないように思える。


「そんなのってないよ・・・」

愕然とするナタリー。もはや、なされるがまま、身を任せるしかないのか。


「もう時間が残り少ない・・・私に出来る事はこれだけだな」

そう言うと、魔術師は懐から短剣を出して、ナタリーに渡す。


「これは・・・、なに・・・」

見るからにシンプルな銀の鞘なのだが、所々、見た事のない文字が掘られており、

鞘の根元に、ルビーが嵌められていた。


「これは『カルンウェナン』と言う短剣、一応、かの光の剣ほど有名でないが

古の王の懐刀として使われていた名剣の一つだ」


「ちょっと!!これで、どうすれば良いの!?」

うっすらと消えかけている魔術師を、引き止めるかのように叫ぶ。



「もちろん、戦えばいい。護るべき者を護り、倒すべき者を見極め、己を貫け」



「何よ、それ・・・」



「そして、それでも生きる理由が欲しいなら、私を殺しに来るがいい。

 己を食われずに保ち続ける事が出来るのならばな」

その言葉を最後に、初めからその場に居なかったかのように、魔術師の姿は消え去った。


しかし、手元にある【カナンウェルナン】は、

それを否定するのに十分な証拠だった。

次回更新予定日は10月9日の12時ごろを予定しています。

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