第13話 望みし者達との再会
「敵が単騎で、こちらに向かってきています!!!」
「な・・・に、まさか、こちらに向かってくる単騎とは、ダーヴィッツが向かった方角か?」
アルベルトは、いよいよ戦慄せざるをえなかった。
「はい、ダーヴィッツ様の姿は、確認出来ません!!!!」
「ならば、その単騎で駈けて来る者を討ち取れ。
誰であっても、何であっても、油断せずに容赦なく殺せ。
情などかけるな、相手は数段上だと思え。
馬車従者は何をしている。さっさと修理を終えぬか!!!!!!!!!」
アルベルトの怒号が飛ぶ。
驚いた帝国軍兵士は、鞭を叩かれた馬のように勢い良く走り出す。
「普通の姫だと、優しい姫だと、まるで、悪魔か、死神ではないか」
背筋に冷たい汗が流れるアルベルト。
まるで、死神に後ろを取られたかのように。
「待て、止まれ、何者だ」
帝国軍兵士の1人は、アルベルトの命令を背いた。
容赦なく殺せ、と言う命令を受けていたに関わらず、
相手が女性で、かつ、ボロボロになっているがドレスらしき物を着ていた時点で、
警戒意識が、愕然と下がってしまった。
しかし、10人近くの兵士が、道を塞いでいる状況で、
強硬手段を選択するのは、リスクが高いと判断して、
大人しく馬から下りるナタリー。
そして、ゆっくりと帝国軍兵士の元へ歩き出す。
目を怒りの色に染めながら。
「止まれと言っている。止まって名を名乗れ!!!」
怒号に近い声で叫ぶ帝国軍兵士。
「待て、そいつは王の間にいた第二王女だ。既に何人か殺さ・・・」
『ザクッ』
王の間にいたと思われる兵士の胸に深々と
【カナンウェルナン】が数枚重なった紙束を、突き刺すように簡単に突き刺さる。
鉄の鎧すら、まるでバターの固まりのように、簡単に突き刺してしまう。
「なっ・・・」
目の前で起こった事に、呆気に取られる帝国軍兵士。
『ザッシュ』
次の瞬間、自分が斬り捨てられるとは、思ってもいなかっただろう。
「仕留めろ、この女を切り捨てろ!!!!」
一斉に剣を引き抜き始める帝国軍兵士。
『ザッシュ』
「く・・そ・・・」
引き抜く途中の帝国軍兵士を斬る。
「うおおおお」
剣を上段に構えながら、踏み込んでくる帝国軍兵士。
『ザッ』
カランっと剣が落ちる音がした。その光景を見た別の帝国軍兵士が震える。
「おま・・・え、両腕ごと斬られているぞ」
「えっ!?・・・アアアアア・・・」
両腕を斬られた本人は仲間に言われて、ようやく両肘から先がない事に気づき、
意識を失って倒れる。
「あれ、おかしいわね。いつの間にか鼻血が出てきたわ」
帝国軍兵士を気にするでもなく、鼻に手をやるナタリー。
「死ね!!!」
剣をナタリーに向かって振り下ろす。
『パキンッ』
鼻を押さえながら、【カナンウェルナン】を横に凪いだ一撃が相手の剣をへし折る。
「な・・・、何が起こった・・・」
「まだ、戦う気がある者は、かかって来なさい」
「・・・・・・・・・」
後ずさる帝国軍兵士。もはや、顔に覇気はなかった。
「アルベルト、先ほどぶりね」
「やはり、ここまで辿り着いたか?」
ナタリーが、この場所に辿り着いた事に驚きを見せなかったが、表情に余裕は無かった。
「あなたを倒して取り戻させてもらうわ」
「もはや、一切の手加減はなしと思え」
予備のボーンスピアを右手で、構えるアルベルト。
しかし、左肩を負傷している為、もはや、勝負になりそうではなかった。
「アルベルト、私と戦えば死ぬわよ」
ナタリーは挑発でもなく、事実として伝える。
「ふん、確かに王の間で会った時とは、雰囲気が違ったように見える」
「正直な話、アルベルトとアイツの戦いを、間近で見て思ったの」
「ほう、何を思った?」
ナタリーの後ろに回り込もうと、右へ右へと横歩きするアルベルト。
「2人とも、殺す覚悟と殺される覚悟を、持っているように見えたの」
「そんなレベルに、今日一日で辿り着いたのか、姫」
「そうね、今日はいろいろあったわ。早くお風呂に入って、ふかふかのベッドで寝たいわ」
同じく、右へ右へと横歩きするナタリー。
右手に【カナンウェルナン】を構える。
「ナタリー・・・、ナタリーなの?」
外の騒ぎが気になったマリアが、馬車から出てくる。
「マリア姉様?」
思わぬ形で探し人と再会した為、思わず言葉に詰まる。
「マリア殿、馬車にお戻りなってください」
舌打ちをしたくなる気持ちを、堪えるアルベルト。
「アルベルト郷、これはどういう事なのでしょうか。
私の妹ナタリーが・・・、
白いドレスが真っ赤になって、元のドレスがわからないぐらい破れて
顔も汚れて、体も傷だらけで、でも、瞳の力がこんなにも強い。
本当にナタリーなの?」
「マリア殿、馬車の中にお戻り下さい」
「マリア姉様、お元気そうで良かった。
お父様も、お母様も、兵士たちも、国民も、たくさん傷つけられた。
でも、姉様やシャルがいるなら、まだ、オンデンブルグは在り続けられるのだから」
「お父様、お母様は?」
「お父様は亡くなられて、お母様はわからないわ。でも・・・」
悲痛な顔をするナタリー。
「お父様が亡くなられた!?そんな・・・・・・、
そ、それで・・・・・・ナタリーは、私とシャルを追って来てくれたのですね」
父の訃報を聞いて、倒れそうになる体を気力だけで必死に持ちこたえる。
「はい、マリア姉様。帰りましょう、オンデン・・・」
「ふざけるな!!自由を得たいのならば力で得よ。
もはや、ワシも数多くの兵士を姫に殺され、引くわけにはいかなくなっている」
ナタリーの言葉に、アルベルトが言葉を差し込む。
「ナタリーがそんな事をするわけがありません!!」
妹ナタリーに対する侮辱と取って、抗議するマリア。
「ならば、何故、ドレスが返り血で真っ赤なのか、説明が出来ますかな?」
「そ、それは・・・」
「ならば、何故、その妹君が短剣を握り締めているのか、説明が出来ますかな?」
「それは・・・」
「ならば、何故、お供を付けず、ただ、ただ、
姫一人で帝国兵の前に立ちふさがっているのか、説明が出来ますかな?」
「それは・・・」
言葉を失うマリア。
目の前にいるナタリーの纏う雰囲気は、今まで一緒に暮らしてきたナタリーとは明らかに違和感があった。
でも、話す言葉は、ナタリーである証明には十分だった。
それだけに、奇妙な違和感があった。
アルベルトが一歩踏み込めば、突きの射程範囲に入る距離を保ちながら、
弧を描き続ける2人。
「勝負は、次の一瞬で決まるだろう」
「勝つのは、私。全てを取り戻して日常に帰ってみせるわ!!!」
「「勝負!!」」
左肩の負傷など感じさせない踏み込み、そして踏み込みと同時に放つ突きの一撃。
「速い!!」
アルベルトの突きは何度か見てきたが、この突きは今までの比ではない速さ。
言うまでもない必殺の一撃。
「でも!!!!」
足を踏ん張って右へ避ける。
『ザッ!!!』
空気を切る大きな音だけが響く。
「ワシの必殺の突きを避けただと!!!!」
アルベルトに衝撃が走る。
目に映るのはナタリーが、アルベルトに向かって踏み込む様子。
右手の【カナンウェルナン】を振り上げる。
「くっ・・・」
左肩負傷のアルベルトは完全に無防備のまま、ナタリーの動きを見るしかなかった。
「ナタリー姉さま!?」
「え・・・!?」
聞き覚えのある懐かしい声に、攻撃を止めて声の主に振り返る。
「シャル・・・」
今、自分がどのような顔をしているのか、わからない。
でも、今まで生きてきた中で、一番の笑顔だったのかもしれない。
「姉さま!!ナタリー姉さ・・・」
シャルロットも同様、今までナタリーの事が心配で堪らなかっただけに、
満面の笑顔で応える。
「すまぬ!!!」
『ズブッ!!!!!!!!!!!!』
「えっ・・・」
ナタリーは、自分の体に走る衝撃に驚いた。
何か馬にでも、跳ねられたかのような衝撃。
ゆっくりと視線を落とすと、そこには自分のお腹に、深々と突き刺さったボーンランス。
「ナタリー姉さま?ナタリー姉さま!!!」
シャルロットの声が、遠くの方で聞えた。
ナタリーは、シャルロットいる方向を見る。
シャルロットらしき人影は見えるけど、ぼやけていた。
「すまぬ、この勝負、ワシの負けだ。・・・すまぬ」
『ズッ・・・』
ボーンランスが、ナタリーの体から引き抜かれる。
引き抜かれた瞬間、体から力が抜けて地面に膝をつく。
「ナタリー?」
マリアの目に映ったのは、ランスに貫かれ崩れ行く実の妹。
呆然と立ち尽くすマリアの横を、走り抜けるシャルロット。
「ナタリー姉さま?わたしだよ、シャルだよ?」
ナタリーの横に座り込んで、ナタリーの手を握る。
「シャル?この匂いは大好きなシャルの匂い」
「姉さま、こんなのイヤだよ」
泣き出すシャルロット。
「・・・ううん、でも・・・、こうして、もう一度シャルロットに会えて、
触れる事が出来たのだから、満足したわ」
震える手で、シャルロットの頬を撫でる。
その弱々しさと、白のドレスが今や何色なのかもわからなくて、かつ、
ドレスの原型が、ほとんどわからなくなっているのを見て、
どんな中を潜り抜けて、ここに辿り着いたのか、幼いシャルロットでも予想がついた。
それが、涙を溢れさせてしまう。
「ナタリー、あなたはバカよ。どうしようもないバカよ」
マリアが、シャルロットの横に立って呟く。
「マリア姉様には、最後まで怒られるのね、は・・は・・・」
笑おうとして出たのは、声ではなくて血の塊が口から吐き出す。
一気に生気が無くなって、体温も下がるのを肌で感じる。
「ナタリー!!!」
マリアは地面に正座して、膝の上にナタリーの頭を置く。
「マリア・・・姉さ・・・まの膝枕っ・・・て、本当に・・・ひさしぶり」
徐々に、声が出にくくなってくるナタリー。
「ナタリー聞いて、私は貴方が羨ましかった。
私みたいに長女だからと言われて、いつも何かに縛られていた私と違って、
自由なあなたが羨ましかったの。でもね、勘違いだけはしないで。
私は、ナタリーの事を、一度も嫌った事なんてなかった。
大好きだったのよ」
ナタリーは、何か顔に水が落ちてくるのに驚いたが、
それがマリアの涙である事は、すぐに気がついた。
「私こそ姉様の事、好きだった」
精一杯の笑顔を作る。
自分でも笑顔になっているのか、本当にわからなくなかった。
「ナタリー姉さま、わたしも好きだよ。どこにも行かないで!!!」
「シャル・・・・・・、私は・・・何処にも行かないよ。ずっとシャルやマリア姉さまのそばに・・・」
意識が闇に落ちていく。光が遠のいていく。
誰かの叫び声が聞えた。
懐かしい声、好きな声、でも、もう、誰の声かわからない。
何も感じない。何も聞えない、何もわからない。
一つ、薄れ行く意識の中でわかった。
何もかも無くなるのが【死】なのだと、直感的に悟った。
次回更新予定日は12月25日12時ごろです。
物語は佳境に入ります、ナタリーの覚醒を見逃さないでください!!