第11話 侵略者はいつしか逃亡者へ
「一気に王の間を制圧するのじゃ、己が犠牲など考える事は許さぬ。
勝利だけを信じるのじゃ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
雪崩のように、王の間に突入を試みるオンデンブルグ兵を率いた元宰相のアクセル。
「アクセルは、まだまだ現役で、戦場に出ても大丈夫そうね」
疲労の色が強くて、かろうじて笑みを作るだけで精一杯のナタリー。
「姫!!?何故?いや、その格好は、まさか一人で帝国軍兵士と戦ったのですか!?」
詰め寄るように、ナタリーの元に駆け付けるアクセル。
「時間が無いわ。アクセルは、王の椅子の横に倒れているグスタフを捕縛して、
そして、エドワードに城内制圧と、同時に城下町の制圧を行わせるように、
命令を下しておいて」
そう言うと、帝国軍が出て行った扉に向かって、歩き出すナタリー。
「お待ちください。何をなされるつもりですか!?」
「・・・・・・」
「今やこのオンデンブルグの血を、唯一お持ちの姫に何かあれば、私は王に何と言えば」
「まだ、唯一じゃないわ」
「な、なんと!?」
「姉も妹も生きているの。私の助けを待っているの!!」
「しかし、しかし、姫!!」
「アクセル、ここに倒れている兵士は死んでいるわ」
王の間には至る所が血飛び散っていたり、床がめくれ上がったりしていた。
それはここで、行われた生々しい戦闘の傷跡。
「そうでございますな。我が王国を乗っ取ろうとした帝国軍兵士です」
「私が全て殺したのよ」
本当はほとんどクラッシュが殺したのだけど、その事実は口にしない。
「姫様が・・・」
「そう、王は、自らの手を汚してはいけない。
王だけは、血にまみれてはいけない。
私は血にまみれた。さらには・・・、バケモノになった」
「姫様・・・しかし、姫様」
今にも、泣いてしまいそうな声を出すアクセル。
自分自身も泣きそうになるのを、グッと堪え、平静を装うナタリー。
「ごめんなさい、アクセル。
いつものように城を抜け出して、町に遊び行くから、お母様には内緒にして、お願い」
「姫様!?」
「もう一度言うわ。
いつものように城を抜け出して、町に遊び行くから、お母様には内緒にして、お願い」
一週間前に、城から町へ遊びに行こうとして、
城を抜け出そうとして、アクセルに見つかった時、ナタリーは同じ言葉を口にした。
それに対してアクセルは、いつもこのセリフを口にした。
「それではいつもの饅頭屋で・・・、豆大福を・・・・・・買って来てくださるなら、
見逃して・・・・・・・・・、差し上げます」
「大好き、アクセル。絶対に戻ってくるわ」
「日が暮れるまでには・・・、必ず、必ず、お帰りくださいませ」
「わかったわ。アクセルも気をつけなさい」
全力で、扉を出て行くナタリー。
体が熱を帯びたように、熱くなっている。
力が湧き出るように思えるほど、体の芯が熱くなっていた。
「何をしておる!?」
馬に乗ったアルベルト率いる帝国軍の一段が、仲間の馬車を見つけて馬を止める。
オンデンブルグ城を、先発した筈の馬車が、思ったよりも距離を稼げていなかった所か、
途中停車して、乗馬従者が車輪の前に座り込んで、作業をしている事に苛立った。
「これはアルベルト様」
声の主を確認すると、同時にビシッと立ち上がり敬礼する乗馬従者。
「敬礼などいらぬ。現状を説明せよ」
「ハッ、辺境の地の為か、道路整備がなされておらず、
石を乗り上げた所で、後部車輪が破損した為、現在応急処置中であります」
事情を説明する乗馬従者。
ダーヴィッツが破損したと、言われる車輪を確認する。
そして、アルベルトの横を通り過ぎて、
今出てきたオンデンブルグ城の方を向いて、歩き出すダーヴィッツ。
「そうか、車輪の一件は人災か」
表情が険しくなるアルベルト。
「アルベルト様は車輪交換後、速やかに、この場をお離れになってください」
「敵の目星は、付いているのか?」
「狙撃による車輪の止め具部分の破壊と、思われます」
「ならば、少年の仲間と見て問題なかろう」
「少年・・・、先ほどの人外の右手の持ち主ですか?」
「ああ、少年には最低でも、あと一人狙撃手の仲間がいる」
「相手は2人ですか?」
「少年の方は手傷を負っている。怖いのは狙撃手の方だろう」
「どうやら、アルベルト様の予感は外れのようです」
ダーヴィッツの声に、オンデンブルグ城の方を振り向くアルベルト。
その視線先には、ただ1頭の黒い馬がこちらに向かって走ってくる。
その乗り手は遠目からでも誰かわかった。ドレスを着た女性である事がわかった時点で
「あの姫、此処まで追ってくるのか」
アルベルトは、笑みを浮かべるよりも、肝を冷やしてしまった。
ナタリーの行動に、執念に、恐怖を覚えた。
「あの王の間にいた王女ですか?投降でしょうか?」
「そんなわけがあるまい。兄弟を取り返しに来たのだろう」
「馬車の中におられる2人ですか」
ダーヴィッツも、アルベルトの尋常ではない表情と声色に驚く。
「そこの者、ワシの予備のボーンスピアを用意せい」
「ハッ」
すぐさま馬を走らせる帝国軍兵士。
「アルベルト様、左肩を傷めている事をお忘れですか?」
「ふん、右が動けば戦えるわい」
「あの姫は、そこまでの相手ですか?」
「そこらの姫が、あのように馬を走らせる事が可能か、ダーヴィッツ」
「確かに。では、私目が姫の相手をしましょう」
そう言うと、馬に乗りナタリーに向かって走り出す。
「死ぬなよ、ダーヴィッツ。他の者は、馬車の修理を手伝え。
残った者は、先を走る物資隊に合流せよ」
「待ちなさい、アルベルト郷」
客室の窓から、マリア・フォルヌ・ユングリングが顔出す。
「マリア殿、外は危のうございますので、客室で待機なさってくださいませ」
「私達の王国を襲撃し、王女を捕虜にした者の言う事か」
「返す言葉もありませぬが、もう少しの我慢を」
「それよりも我が父は何処におられる?母も、妹も」
語尾が荒くなる。何も情報が与えられない為、イメージだけが先行するマリア。
「マリア殿のもう1人の妹君は、どのようなお方なのですかな?」
「妹?ナタリーね、あの子は、お転婆で行動力が強くて、常に反抗期で、
世間知らずで、私の事やお母様の事を、煩わしく思っている普通の子です」
「あれが普通の子・・・・・・」
マリアの言葉と、自分が実際に見た感想に違和感があったが、あえて口にはしなかった。
「ナタリー姉さまは、優しいよ。みんな、わかってないよ。
いつも笑顔で、兵隊さんや町の人や厨房の人に話しかけては、皆を笑顔にしていたもん」
「シャル・・・」
マリアが優しく病弱な第三王女シャルロットの頭を撫ぜる。
「どちらにしても、オンデンブルグ国第一王女マリア・フォルヌ・ユングリングとして、
今回の帝国の行動に対して、遺憾の意を表明いたします。
それ相応の覚悟は、して頂きましょう」
「ハッ、是非ともマリア殿に、聞いて頂きたい重要な話があるとの事なので、
まずは、我がフリードリヒ王と会って頂きましょう」
アルベルトの言葉に反応せず、客室内のカーテンが閉められた。
アルベルトは、自分の任務が此処まで拗れた事に深く、ため息をついた。
次回更新予定日は12月11日12時ごろです。