第10話 戦う覚悟の決め方
「ここまで若い奴に、力押しで負けたのは初めてだ。
誇るが良い。小僧、いや、クラッシュよ」
苦痛に顔を歪めるアルベルト。しかし、死を覚悟した人間の目ではない。
「何、余裕な顔しているんだ、おっさん」
「力押しでは負けたが、したたかさではまだまだ若い者に負けんよ」
「何を言ってやが・・・」
「ダーヴィッツ!!!!!!!!!」
『ザッシュ』
「後ろがガラ空きだ。ガキ」
背中を深々と切りつけられるクラッシュ。
ダーヴィッツの手には、片刃の剣を両手に握っていた。
先ほどまでの重鎧と鉄仮面は捨てたのか、今は、軽装の胸当ての姿で立ち塞がっていた。
「いつの間に俺の後ろを」
すぐさま振り向きながら後ろに飛んで、ダーヴィッツとの距離をとろうとするクラッシュ。
『ザッシュ』
「遅い」
左肩から斜めに切りつけられるクラッシュ。
「なに・・・ぃ」
着地同時に、クラッシュは右手の突きを、ダーヴィッツに向かって放つ。
『スッ』
空気を切る音が虚しく響き渡る。
「避けた・・・だと」
「アルベルト様、あなたともあろうお方が、かなり苦戦されたご様子、如何なされましたか」
その声に驚きながら、振り向くクラッシュ。
目の前から消えて、アルベルトの横にいつの間にか立っているダーヴィッツを睨む。
「ふん、ダーヴィッツ貴様こそ、此処にいると言う事は・・・」
「戦線の維持は不可能と判断しました」
「そうか、イレギュラーが多すぎたか」
「ハッ」
軽く敬礼するダーヴィッツ。しかし、視線はクラッシュから外さない。
「ならば仕方があるまい、オンデンブルグから撤退する。
早馬は我らが帝都に、オンデンブルグ城下にいる兵士達には伝言を飛ばせ」
「待て、おっさん。勝負はついていないぞ!!」
クラッシュは、アルベルトに向かって叫ぶ。
「ワシの体は、帝国の鍬にしかすぎん。この大陸を全帝国領にしなければならないのだ。
よって、ワシ個人の私闘を行うわけにはいかんのだ。悪く思うなよ、小僧」
そう言うと、王の間を出て行く。
それにならって、緊張の糸が切れたのか、雪崩のように帝国兵士達が立ち去っていく。
クラッシュの視線の先には、クラッシュを睨んでいるダーヴィッツ。
その2人の間を、なりふり構わず逃げ出す帝国軍兵士達。
帝国軍兵士の波が消えた時、視線を一瞬たりとも外さなかった筈だったが、
ダーヴィッツの姿は、何処にもなかった。
「また、消えた。足が速いな」
その場から消えたダーヴィッツを、さほど、気にする様子も無く、
使い様がなくなったボーンスピアを、投げ捨てるクラッシュ。
「あんた、何者?」
何とか立ち上がるって見せるナタリー。
「何度も言わせるな。お前と同類だ。弱い奴が同類ってのはお断りだけどな」
「そんな事言われても、私は今まで、戦って来た事なんてなかったのよ。
いきなり、今日、こんな事に巻き込まれて、まともに戦えるわけがないじゃないの!!」
「そうか、なら、力に押さえつけられて、奪われるのを黙って見てろよ」
「っ!?」
姉さま、シャルロットの顔が浮かぶ。お父様、お母様の顔まで。
平和だった城内、優しくて逞しい兵隊達。賑やかな城下町。
奪われた。全てを奪われた。
「力がなかったから奪われて、奪い返すために力が必要なんて、おかしいよ」
「ふんっ!!お前の泣き言に付き合ってられねぇ。俺は、これで失礼させてもらう」
そう言うと、出口ではなく、窓の方に向かって歩き出すクラッシュ。
「待ってよ。待って、私の姉や妹を助けてよ。いいえ、お願い助けてください」
今まで誰かにお願いをする為に、頭を下げた事はなかった。
でも、悔しいと言う気持ちは無かった。
ただ、クラッシュなら、アルベルトをあそこまで追い詰めたのだから、
勝てるかもしれない。
取り返せるのかもしれない。
(だったら、こんな頭何度でも下げて見せるわ)
ナタリーは、覚悟を決める。
「悪いな、バカ姫。俺は同類と言ったが仲間だと言った覚えはない。
助けてやる義理もない。だが、ここで失うはずだったお前の命は助けたぜ。
後は、お前が何とかしてみな。
帝都とやらに向かう道を行けば、連中はもちろん、お前の兄弟にも追いつけるだろう」
「そんなの追いつけても、私だけじゃあ勝てないわよ。アルベルトだけじゃなく、
あのダーヴィッツって、人もいるのにどうやって戦えばいいのよ」
「確かに、あの速さはやりにくいな」
「だったら・・・」
「何度も言わせるな。俺がお前を、助けてやる事は出来ない。
だが、ダーヴィッツと言う男とは、相性が良いんじゃねーか」
「何よ、それどういう意味よ?」
「とにかく、自分の内なる力を解放してみろ。じゃあな・・・」
窓から飛び下りるクラッシュ。
ナタリーは、クラッシュを追って、窓から顔を出す。
4階の高さから飛び降りたクラッシュの姿は、何処にもなかった。
そして、彼がしていた包帯と、宝玉も、いつの間にか無くなっていた。
「おい、ヘルムート。こっちの仕事は完了だぜ」
オンデンブルグ城の外れの林を歩きながら、宝玉に向かって話すクラッシュ。
{そうかい、こっちも今お姫様達の馬車の車輪を打ち抜いた所だ。
時間稼ぎになるだろう}
ヘルムートの明るい声が聞える。
「ご機嫌だな、ヘルムート」
{ご機嫌斜めだな、クラッシュ。
お姫様の願いを、聞いてやれないぐらい右手の傷は深いのかい?}
「別に何ともないに決まってるだろ」
{そうかい、じゃあ何で、ダーヴィッツって奴を倒さなかった?}
「そういうお前こそ、ダーヴィッツどころか、アルベルトも狙い撃てたんだろ。
何故、撃たなかった?」
{そりゃ、クラッシュの獲物を撃ったら、後がうるさいと思ったからな}
「ちっ・・・」
舌打ちした後に、頭を混ぜるように掻くクラッシュ。
{悪い、言い過ぎた}
「・・・」
{なぁ、クラッシュ。あの姫様は、取り返せると思うか?}
「・・・しらねーよ。神にでも聞けよ、ヘルムート」
{あはは、どうした。珍しいなお前が、面白い事を言うとはな。
俺達が神様に聞く?俺達は、神の敵の悪魔だぜ、クラッシュ}
「うるせーよ」
{俺はお前の傍にいないから予想で言うけど、そんな悔しい顔するなよ、クラッシュ}
「うるせーよ」
{俺の方もオンデンブルグ城下町で、好き放題する帝国属国兵を
片っ端から撃ち殺して、弾が尽きたから合流する。例の丘で集合しよう}
「わかった。今から行く」
一回だけオンデンブルグ城を振り返って、
何かやり残した事が、あるような表情を見せたが、すぐに丘の方へ歩き出す。
その丘は、帝都とは逆の方角にあった。
次回投稿予定日は12月4日12時ごろです。