第1話 あの日見たデジャヴ
この作品は、2011年に作成しました。
私は、王道RPGが好きです。
運命に逆らう人、運命を乗り越えた時、さらなる運命のいたずらが、
それでも最後は必ず幸せになる大円団が好きです。
この物語も願わくば、そういう物語になって欲しいと思うのですが、
誰かにとっての幸せは、誰かにとっての不幸せ。
誰かに助けが来ると言う事は、誰かの元に助けが来ない事。
それでも誰もが幸せになるルートを選んでくれる事を
作者である私自身も信じています。
更新は定期的行うつもりですので、
どうぞ、付き合いの程、よろしくお願いします。
では、運命に巻き込まれた者達の生き様をお楽しみください。
この日、とある王都が1つ崩壊の憂き目に遭おうとしていた。
そして-
既に崩壊の憂き目に遭った王国の王女がその現場にいた。
この街に流れ着いたのは昨日の事だった。
農業を主とする王国であったが、主都と言う事もあり普段から人通りが多く、
常に大通りは人の行き交いが盛んに行われていた。
だが、その光景に違和感があった。
往来する人々の目が血走っているように見えた。
例えるなら祭りの前日でテンションが上がっていたが、
祭り当日から何日も雨が降り続き、祭り延期によるフラストレーションが溜まっていき、
それが何時爆発するかわからない。
そんな危険性を孕んでいるように見えた。
そのためか街全体に暴動前の緊張感が漂う。
何故、そんな事がわかるのか。
それはこの雰囲気を一度肌で感じた事があるからだった。
思い出したくない過去、受け入れたくない事実、手に入らない希望。
「いつまでこのまま生きていくつもりなの、私」
賑やかな表通りとは、打って変わって人一人もいない路地裏の石畳に座り込み、
背中を壁に預けながら座り込む者がいた。
ボロを全身にまとった姿は、
表通りでは目に止まるかもしれないが、裏路地には溶け込んでいた。
ただのみすぼらしい浮浪者の一人として。
ボロを全身にまとった者は、空を見上げた。
ボロに隠れている顔を覗き込めば、幼さの残る品を漂わせる少女の顔に、誰もが息を飲んだ事だろう。
しかし、ボロを深く被っている為、誰の目にも止まる事はなかった。
何処からか現れたドブネズミがボロを纏った少女の前に立ち止まり、
口を小刻みに動かしながら餌の催促をしていた。
「ごめん、今何も持ってないの」
その透き通った少女の声を聞いたドブネズミは頭を少し傾けて、
近くの下水道に繋がっている排水溝へ消えていった。
そのドブネズミが排水溝に入っていく姿を見守って、再び空を見上げる。
すると入れ替わるように、路地裏の奥から1人の若者が陽気な鼻歌を奏でながら、ボロの前を横切っていく。
鼻歌が聞こえた時点で、ボロを纏っている少女は、さらにボロを深く被り、
顔を隠しながらも、相手の顔は素早く盗み見る。
まだ若く成年にはなっていないと、勝手な憶測をしてみる。
髪の毛の色は金髪、髪を降ろせば耳が隠れるぐらいの長さの髪をまっすぐに立てている。
(まるでハリネズミみたいだ)
金髪ハリネズミと言う名前を本人の知らない所で、
付けられた事など予想もしていない彼は、
そんな客観的評価をされている事も気付かず通り過ぎる。
しかし、ボロの前を数歩通り過ぎてから、立ち止まって引き返してくる。
鼻歌は止めない。
(はぁ・・・、さっさと立ち去りなさいよ)
座り込んでいる少女の気持ちを気付く様子もなく、
少女の横まで戻って来て、壁に背を預けながら鼻歌を続ける。
(ちょっと、これは何の罰ゲームな訳?)
こうなったら、こちらから座り込む場所を移動する決心を固めた時に鼻歌が止む。
金髪ハリネズミの鼻歌が止んだ事に驚いて顔を上げる。
彼は、空を見上げていた。
彼女も彼につられて移動する事を忘れて、座り込みながら空を見上げた。
しばらく、流れる雲を見つめる。
「もうすぐ、世の中が変わるから。
変わったら幸せな明日が平等にやってくる。
だから、諦めるな」
そう言うと、懐から携帯用の缶詰を地面に静かに置く。
「携帯食の缶詰を馬鹿にするなよ、思った以上にイケるんだぜ」
茶化したように笑いながら表通りに消えていった。
金髪ハリネズミが、裏路地から去って1時間が経過した後も、
彼女の横には、缶詰が地面に置かれたままだった。
「わっ、わたしは物乞いじゃないんだから、勘違いされても迷惑なだけなのに」
誰かに言ったわけではなく、おそらくは自分自身に言い聞かせたのだろう。
しかし、彼女は最後の食事は昨日の朝、この町に向かう途中の道で
見つけた果物だけだった。
だから、普段なら我慢が出来るのに、今は缶詰が魅力的に映る。
『ぐぅるる』
おなかから食に対する抗議が、路地裏に響く。
(あう、おなかが鳴っている。わたしのおなかが盛大に鳴っている)
「でも、人様のお恵みで食べる訳にはいかないの。だって、わたしは・・・」
悩める彼女に目の前で、排水溝から飛び出てきたねずみが、
その缶詰を狙おうと、勢い良く缶詰まっしぐらに向かってきている図だった。
「ちょ、まて!!」
タッチの差でねずみよりも早く、缶詰を奪い、懐に隠す。
その光景を見たねずみは、歯をむき出しにして威嚇の行動に出る。
「しゃやややああああ!!!」
同じく歯をむき出しにして声を出して威嚇する彼女。
ねずみはその行動に負けたのか、驚いて排水溝に走り去っていく。
「うーん、驚いて逃げ去りたくなるぐらいの顔をする私って、どんな顔だって言うのよ。
失礼よ、ねずみのくせに」
そう言いながら、懐から缶詰とナイフを取り出す。
取り出したナイフの装飾は淡白なのだが、
その刀身を武器職人が見ると、まずは感嘆の声を上げるであろう名刀の一品。
しかし、今、そのナイフの立派な使命に使われるのではなく、缶切りとして使われ、
その後は、中に入っていたコンビーフを一口サイズに切る為に使用された。
おそらく、武器職人が見たら怪訝な表情を浮かべるであろう。
彼女は、ふっと口に入れる手を止め、一切れを地面に置く。
それを待っていましたとばかりに、
ねずみが排水溝から飛び出してきて、地面に置かれたコンビーフにかじり付く。
「あはは、そっか、お腹減っていたのか」
ボロの中から苦笑する声が漏れる。
そう言いながらもう一切れコンビーフを地面に置いて、残りを口に入れて頬張ると、
缶詰の中は、あっという間に空になった。
おなか一杯になって落ち着いたのか、自重気味な笑顔を浮かべながら、
表通りへと消えたハリネズミが口ずさんでいた鼻歌に聞き覚えがあった。
(確か、大陸で起こった戦争に遠征していた帰還兵の為に、作った曲だった気がする)
帰還兵を歓迎する式典で生演奏を聞いた記憶がある。それもずいぶん前の話なのだが。
「多分、今回も変わらない。
あなたが思っているようなハッピーな事は何も起こらないのよ」
地面に置いていたコンビーフを食べ尽くしたドブネズミが、
鼻を小刻みに動かしながら首を傾げる。
まるで、声の主の言葉に疑問を唱えるかのように見える。
そんな風に見えてしまう自分がまだ自分の中にいた事に驚いて、
ボロの中で再び苦笑する。
そして、その感情を思い出させてくれたドブネズミに向き直る。
「だって、あの時と同じなの。
今回の手口も、町の雰囲気も、町の情報統制すらもね。
だから、この町の、この国の結末も、ハリネズミの運命も見えるの。
ないの、この世の中に幸せも、ましてや神様なんていないのよ」
自分自身に言い聞かせるように、何かを思い出すかのように、言葉に搾り出す。
気が付くと、ドブネズミは姿を消していた。
(最近、独り言が多くなったわね。これは由々しき事態だわ)
ため息をボロの中でつく先に、ある物が視線に入る。
それは叶うはずもない希望を信じたハリネズミが、置いていった空になった缶詰だった。
「わたし、今度はどうしたいの?ううん、あの時、本当はどうしたかったの?」
裏路地に人はいなかった。
ボロをまとった者を含めたとしても、誰ひとり【人】はいなかった。
再び、表通りから路地裏に、村人が入ってくる気配がしたので、咄嗟に物陰へと身を隠す。
そこに入ってきた2人の村人が、表通りから入ってきて少し奥まできて立ち止まり、
周りに人がいない事を確認してから、声のボリュームを落として話し出す。
「おい、そちらの手はずはどうなっている?」
小太りの村人が表通りに、目をやりながら話しかける。
「予定通りの段取りで進んでいる問題ない」
長身の村人が路地裏の方を見ながら言い返す。
その話を盗み聞きするボロ。
「そうか、それは良かった」
「そんなに心配しなくても今回のやり方は、オンデンブルグ王国を陥れた時と
同じ手はずだろ」
その言葉にボロの中の顔に緊張が走る。
「ああ、そうだ。かつて善王と呼ばれたあのマグヌス・フォルヌ・ユングリング国王を
仕留める事が出来たのだから、
この弱小国ヴァルデマーなんて目じゃないだろ」
小太りの男が、楽しそうに話しかけている姿を、歯軋りしながら見つめるボロ。
オンデンブルグ王国は巨大都市とは言えなかったが、有名なワインの産地として有名で、
アーネスリア大陸の中でも、比較的裕福な商業国であった。
確かにそれでも市民の生活に格差はあった。
一番裕福だと言われる国でも、貧富の差は確実に起こりえる。
得た収入を均等に配分しない限りは。
この国の王マグヌスは絵本の中の王様みたいに、華絢爛な生活を送るタイプではなかった。
されどボロを纏っているわけでなく、他の王国と比べて決して貧相な服装ではなかった。
仮に、服を召していなくても風格と威厳に陰りはないだろう。
国民はそんな王を心からの忠誠と畏敬の念を込め、善王と慕っていた。
それがボロの中の少女にとっても、誇りであった。
「今日開催される収穫祭で王自ら姿を見せ、国民に対して言葉を発っした時を―」
(その計画の続きをわたしは知っている―)
ボロを纏った主の口元から唇を強く噛み締めていた為、血が出ていた。
善王マグヌス王を慕わぬ国民は、オンデンブルグにはいないと隣国に思われていた。
現に、毎年収穫時期に開かれる収穫祭となると、
日頃の国民の労を労おうと大量のご馳走を城内の広場で振舞っていた。
もちろん、国を上げての祭りとも言える為、国中から人が集まってくる。
それは隣国からも、また、離れた国からも、商売や見物を兼ねて押し寄せてくる。
その収穫祭を心待ちにしているのは、国民だけではない。
マグヌス国王には王子が1人、王女が3人と子宝にも恵まれていた。
特に3人の王女は見た目の美しさは大陸はもちろん、
他大陸からも見合いの話が、頻繁に持ち上がる程であった。
第一王女マリア・ソフィー・ユングリング。
公の場に現れて見せる笑顔を、見た国民から自然と聖母マリアの再来と言われ、
また、どんな場でも現れただけで場の空気を制してしまう存在感があった。
「オンデンブルグ王国の結末を知って、尚、その国民と王の対面の場を設ける国王がいたとしたら、
ただのマヌケか、それとも、豪傑のどちらかですね」
「ここの王は前者だがな」
そう言うと品の無い笑い声を出し合う。
ボロの懐から短剣が静かに引き抜かれる。
第二王女ナタリー・フォン・ユングリング。
一部の親族の間では、王女らしからぬ王女。
または、王族らしからぬ王族と陰口を叩かれ、お転婆姫として有名ではあったが、
かと言って国民からは嫌われているわけでなく、庶民っぽい所に親しみを持たれていた。
しかし、教育係とは勉強から逃げ出す日常茶飯事の騒動を起こし、王妃に捕まり怒られている光景を
通りかかった近衛兵に苦笑される事がしばしばあった。
容姿は、第一王女と同様整った顔立ちではあるが、男勝りな所があり、
全国共通である王女は、王国の風習として髪を長くするのが、当たり前であったのだが、
ナタリーは、自ら長い髪を耳が何とか隠れきる所で、バッサリハサミを入れ、
また、王妃に怒られている所を通りかかった所を、
侍女に目撃され、失笑される珍事件が頻繁に起こしていた。
第三王女シャルロット・リアーネ・ユングリング。
幼い頃から体が弱くあまり外に出る事がなかったので、
顔を知っている国民が極端に少ないのだが、第一王女に勉強や作法を教えて貰い、
第二王女に外に連れ回され、それを兵士に見つかり、
王妃に2人して(主に、いや、第二王女のみ)怒られる。
屈託の無い笑顔を見せるので、王や王妃を始め、顔なじみの人にはやはり慕われていた。
「そういえば、オンデンブルグ王国の姫様たちは美しかったですね。
この国に入るまで、一緒に行動出来たのは良い思い出になりました」
「ああ、あの姫様たちか。確かに我らの軍が遠征を行いながら、
姫君達を本国にお連れする話になっているから、何処かで待機している筈だが」
短剣を握る手に汗が吹き出る。
彼らが村人の格好をしているが、帝国兵である事実を知り緊張が走る。
(もう、村人に変装している帝国兵が、大分紛れ込んでしまっている)
この王国の崩壊が止められない所まで、来ていることを思い知らされる。
おしゃべりな彼らの一言一句聞き漏らさないようにボロの中から耳を傾ける。
(まだ、彼らを殺してはいけない。情報を全て聞きだす為には)
彼らの命を狩りたい衝動をグッと堪えるボロの主。
「でも聞いた話では姫君は3人ですよね。実際は2人しかいないと聞きましたが」
長身の男は噂好きの類なのか、小太りの男から情報をどんどん聞きだしていく。
答える度に尊敬の眼差しを向けられる事が嬉しいのか、おそらく機密情報レベルの事でも、
知っている事を全て話し出しそうな勢いで話す小太りの男。
「本当に耳が良いな。その通り、姫君は2人。
第一王女と第三王女のお2人が我々と行動を供にしているのだが・・・」
そこまで言うと途端に歯切れが悪くなる小太りの男。
「どうしたんですか?」
その反応が逆に興味をそそったのか、続きを催促する長身の男。
「いや、これは完全に機密情報なんだが・・・」
「はい・・・」
緊張した面持ちの2人。
正反対にその様子を見つめながら、先ほど唇から出ていた血を拭って
自重の笑みを浮かべるボロの主。
その機密情報を知っている。
いや、おそらく、彼らの持っている機密情報には誤差があるだろう。
その日、毎年のように収穫祭を執り行っていた。
しかし、そこで事件が起こった。
マグヌス王の演説の途中、突如、国民から毒矢が放たれ
王の心臓に直撃、即死したのである。
状況の把握の為に躍り出た近衛兵に対しても、民衆の渦から無数の矢を放たれ、
堪りかねた兵士が暴動として鎮圧に乗り出す。
そこを待ってましたとばかりに、民衆に化けた帝国軍兵士が民衆の中から
踊り出て近衛兵と応戦。
そして、30分後には帝国軍本体の襲撃を迎える事になり、
毒矢を放たれて1時間で、まさかの王国壊滅を迎える事になるとは、
オンデンブルグ国の人間は誰も思ってもいなかった。
ここまでが帝国軍が公表している情報なのだ。
しかし、真実はこの先にあった。
「マグヌス王は毒矢で即死、王妃も近衛兵と帝国軍の衝突の中、
流れ矢に当たって息を引き取ったらしい」
小太りの男から思い出したくない事実がどんどん語られる。
「第二王女は?」
長身の男は王や王妃に興味がないらしい。初めから第二王女に興味があったらしい。
「まぁ、その・・・死んだらしい・・・」
「やはり、暴動に巻き込まれてですか?」
「おそらく、そうなのだろうな」
流れから考えると、王妃と同様に戦火に巻き込まれたと納得し合う2人。
しかし、ボロを纏った少女は昨日の事のように思い出していた。