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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

5ショートストーリーズ

5ショートストーリーズ1 その4【夢と現実のハザマで】

男には昔からよくみる夢があった。それは警官隊に追われ…久しぶりにみた夢と現実とが重なり合い、どちらがどちらか分らなくなる…夢と現実とのハザマ…

 頬に冷たいものを感じ、俺はハッと飛び起きた。いつの間にか雨

が降り出していた。雨音が次第に強くなり、サイレンの音がかき消

されそうになる。でも、決してそれは消えないってことを俺は知っ

ていた。


 俺は今、壊れてそのままになっている映画館裏口の前に座り込ん

でいる。雨の冷たさで目を覚まさなけりゃ、このまま朝まで眠り込

んでいたに違いない。もっともオマワリの奴らに運良く見つからな

けりゃの話なんだけどね。


 俺は逃げ回り疲れ果てた体を、これ以上濡れることによって消耗

させない様に、ダンボールを被った。雨がそのダンボールの鎧を容

赦なく叩く。これでもか! これでもか! っていう風にさ。さっ

き追い詰められ、逃げ出した時に転んで出来たひざ小僧の傷が、ダ

ンボールで跳ねた雨にちょっぴり沁みた。


 ジーパンのひざの所は丁度ショップのおやじさんが細工をしたみ

たいに上手く解れている。自分で開けたやつは上手くいかなかった

のに、こんな時に気に入る様開くなんて何てタイミングが悪いんだ

ろう。このジーパン、ショップのおやじさんに見せたいな、と思っ

たけれど、そんなこと今考えてる場合じゃない。今考えなければな

らないのは、どうしたらこの状況から逃げ出すことが出来るかだ。


 サイレンの音が一段と強くなった。パトの奴が映画館の前に停ま

ったらしい。俺はどうしようもなく、ダンボールの鎧をもうひとつ

被った。今俺に出来るのはこんなこと位だったからだ。急いで逃げ

出したりなんかすりゃ、一発で捕まっちまうのは分りきっていたか

らね。


 その時の流れる時間の遅いことといったら! パトの奴が再びけ

たたましい音を辺り中に撒き散らしながら遠ざかっていくまでの、

ほんの一分間が、俺には何時間にも思えた。

 実際の処、急に降り出した雨とダンボールの鎧と、そして余り熱

心でない多分ペーペーのオマワリ、との三拍子が揃わなかったら今

頃俺はどうなっていただろう。


 ダンボールの鎧を叩く音が弱くなった。俺はダンボールの鎧を脱

ぎ捨てると辺りを注意深く見渡した。サイレンはまだあっちこっち

で賑やかだったが、すぐ傍ではないことにちょっぴり安心した。


「これからどうする?」

 声に出して言ってみた。でも、どうしようもないことは分りきっ

ていた。手に力を思いっきり入れたら、握っていたピストルで手が

痛くなった。

「とりあえずこの状況から逃げ出すには…」

 俺は自分で言ってるこの言葉で、いつもの結末が近いってことに

気づいた。オマワリの奴等に撃ち殺されるのはもうイヤだ。かとい

って裁判を繰り返し、その挙句の絞首刑ももう沢山だ。


 俺は銃口を自分のこめかみに突きつけた。いつか観た映画の中で

誰かが言っていたっけ。確実にやり遂げるには銃口を口に咥えるこ

とだってね。だが、俺はそうはしなかった。幼い頃からの母親の言

葉が、頭の中にこびりついて離れなかったからだ。

『何でもかんでも口の中に入れてはいけません! 入れていいのは

食べられる物と吹奏楽器、それから歯ブラシぐらいのものよ!』

 ピストルは吹奏楽器じゃないし、食べられやしない…そう思いな

がら俺は引き金を引いた。耳元で物凄い音がした。俺は思わずベッ

トの上で飛び起きた。


 これが俺がよくみた夢だった。状況に差はあるにせよ、俺は知ら

ない町でオマワリ達に追われている。そして逃げ回り、結局は疲れ

経てた処で射殺されるか、捕まり裁判のうえ絞首刑にされるか、自

殺するかのいずれかだ。

 とにかく俺が死ねば夢は醒め、俺はといえばベッドの上に座って

いるのだった。

 この夢をみ出したのは中学に入ってからだ。その頃俺は不良と呼

ばれる連中と付き合い出したのだった。


 あれから十年以上の歳月が流れた。最近ではこの夢のことなどは

すっかり忘れていた。なのにたった今、この夢をまたみてしまった。

 違っているのは、今俺が座っているのがベッドの上ではない、と

いうことだ。

 俺は今アスファルトの上に座っている。半分壊れかけた映画館裏

口の前の道路、のだ。それにひざ小僧の傷は同じなのに、穿いてる

のは洒落たジーパンなんかじゃなく、バーゲン吊るしのスラックス

だ。


 昨日、出張で訪れたこの町で十年振りに逢った悪友に誘われるま

ま酒を飲み、違法ドラッグをやり、気がついたら手にピストルを持

ち、オマワリ達に追われていた。

 俺は知らないこの町を逃げ惑い、疲れ果て、袋小路のこの場所

に逃げ込んだのだった。 

 時計を見ると眠っていたのは僅か一、二分だったらしい。


 悪友の奴はオマワリを何人か撃ち殺し、ついでに自分をも撃ち殺

したみたいだった。俺はと言えばどうしようもなく、空を仰ぐとポ

ツン、と頬に冷たさを感じた。ハッとした! すぐ傍でサイレンの音

が聞こえる。

「とりあえずこの状況から逃げ出すには…ん?」

 自分のこの言葉で、俺は結末が近いことに改めて気がついた。で

も…待てよ? これはいつものあの夢なのだろうか? それとも? 


 俺は手に力をいっぱいに込めた。やっぱりピストルを握っている

手が痛くなった。それからゆっくりと口を開け、銃口を咥えた。母

親の顔が浮かんだ。

 俺は銃口をこめかみに当て直し、それからゆっくりと引き金を引

いた。耳元で物凄い音がした。

 もしベッドの上で起き上がることが出来たら、このことを母親に

話してやろう。久しぶりに電話で話すのも悪くない…

 薄れゆく意識の中で、俺はそんなことを考えていた。

 

男はベッドの上で起き上がることが出来たのでしょうか?それとも…

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