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@ユーロード①




「次、どうする?」


 袋を振り回しながら、美南が尋ねてくる。

 思案のしどころだ。館内は涼しいし、このまま八急スクエアに留まるのもありだけど、それだとまた買い物に引き込まれるような気がする。せめて、衣料品じゃない所がいい。

 まだ一ヶ所回っただけなのに、早くも上機嫌そうな美南。その横顔を見た途端、はっとした。そうだ、俺も買うものがあったんだった。


「なあ、ユーロードに行かないか? そこの『激安の殿堂』に寄りたいんだ」

「いいよ、何か買うの?」

「言わない」

「えー、いいじゃん教えてよー」

「やだ、絶対に言わない」


 こればっかりは言うわけにはいかないからな。

 引っ越し祝いに何かプレゼントしようと思っていたのを、思い出したんだ。そういえばまだ何も買ってないまま今日を迎えてしまった。やばい。


「ねー、教えて。教えなさい」

「……腕にしがみついて来たって教えないぞ」

「くそ……色気作戦は失敗かぁ……」

「……お前なあ」


 頼むからやめてくれ、恥ずかしい。つーかマクシーの店員さんにがっつり見られてる。

 美南を引き剥がすと、俺は一階へ降りるエスカレーターへと足を踏み出した。

 今度は、俺がエスコートする番だ。






 ユーロード。

 八王子駅前から放射状に延びる道のうち、北西方向に向かう(モール)の名前だ。周囲はこの辺りでも一番の繁華街で、道沿いには大小色々の高層ビルが軒を連ね、たくさんの看板が道行く人たちを手招きしている。自動車が入れないようになっていて、イベントでもしていたら大混雑になる場所だ。


「都まんじゅう食べたいなあ」

「早ぇよ、まだ十一時台だぞ」

「あ、あそこの『黒豆栗かのこ』って和菓子美味しそう!」

「……話聞いてる?」


 目をキラキラさせながら財布を握りしめてる美南を横目に見つつ、俺は何を買おうか悩んでいた。

 美南(こいつ)にプレゼントか、一体何だったら喜んでくれるんだろう。

 文房具系か? 安定だけどつまらないな。前はラメ入りペンとかに目を輝かせてたけど、最近の美南の好み、俺には分からないし。

 お菓子か? そんな子供じゃないだろ──いや、でもさっきから食べたい食べたい言ってるし。いやいやいや、それが引っ越し祝いって常識的に考えたら幾らなんでも有り得ないから。

 電子機器系は? カラフルなイヤホンとかあげたら使ってくれるかな。いや、なんか怖い。すぐ壊しそう。

 なんて悩んでる間にも足は動き続けて、激安の殿堂八王子店のドアをくぐってしまう。


「ミナ、普段文房具ってどんなの使ってる?」


 諦めて素直に聞くことにした。

 すぐ後ろを歩いていた美南は目をぱちくりさせて、ウエストポーチから何かを取り出す。

 コンパクトな布製の筆箱だ。


「これだよ。中身はほら、シャーペンが二本とマーカー二本と5色ボール一本」

「これだけか……」


 意外に少ないな。俺、てっきり女子ってみんな取りつかれたみたいにカラーペン収集に精を出すもんだと思ってたよ。確かに小学生だった頃からそこまで熱中してる様子はなかったけど……。


「だって、ぶっちゃけこれで大半用足りるんだもん」

「じゃああんまりこだわりとかはないの?」

「ないなあ。この辺とか可愛いなって思いはするけど、いざ使うってなるとちょっと恥ずかしいし」


 ずらりと陳列されたペンの類いを、一言で全否定する美南。商品の多さが自慢の激安の殿堂も、こうなるとただの店になってしまう。

 どうしよう、マジで何がいいのか分からない。だからって、まさか本人に直接聞くわけにもいかないし。

 悩んでいるうちに徒に時間だけが過ぎて行き、三十分くらい居たにも関わらず結局何も買わないで出てきてしまった。せめて何か買って出たかったけど、この前新学期の準備のために文房具屋には行っちゃったんだよな……。


「うわ、暑い……」


 時間が経って強くなった日差しを、眩しそうに美南は見上げている。


「帽子とかあったら涼しかったのに」

「確かに。頭のてっぺんとか特に日当たりがいいしな……」

「あった! 帽子!」


 え、あった?

 美南は信号の先の店先を指差した。ユリマツヤ。激安の殿堂と同じく安さが自慢の、八王子界隈でも有名な衣料品店だ。

 なるほど。店頭で麦わら帽子のセールをしてるんだ。

 とてて、と駆けていくと、美南は一番手前のリボンで飾られたやつを手にした。そのまま、頭に乗せる。

 お、それいい感じだ。


「ねえ、似合うかな? 似合うかなぁ」

「似合う。それはすごく似合ってる」

「わーい、これ買お」

「決断早いな!」


 さっき八急スクエアで六千円も叩いたのに、躊躇ゼロか。いったい幾ら持ってきてるんだろう。


「ね、さっきから私が買ってばっかりだし、シュンも何か買おうよ」

「え、俺?」

「そうだよー。女の子に服を見てもらえるなんてチャンス、なかなかないでしょ?」


 う、それ言われると痛い。痛すぎるっす。

 俺は店内を眺め回した。奥の方にTシャツのコーナーが作られているのが見える。

 これなんかどうだろう。真っ青な地に読めない英文がプリントされた一枚を手に取ると、それを広げてみた。


「それがいいの?」

「あ、いや……ちょっと見てみてるだけ」

「なーんかイマイチだなあ。シュンが着てるそのジャケット、グレーでしょ? 色にも相性ってあるし、そのジャケットにそのシャツはなんかダサいよ」

「え、マジで……?」

「そんな程度のセンスしかないから彼女の一人も出来ないんだよ!」


 うるさい、余計なお世話だ。てか声がでかい。言い訳がましいけど今日のこの服は全部母さんが買ってきたものだ、俺じゃない。

 とは言え、ちょっと凹んだ。そんなに俺、センス悪いのか?


「こんなのどう?」


 美南はニッて笑いながら、一枚のTシャツを俺に見せてきた。白地に二ヵ所、黒の文字がプリントされている。

 ……『童貞』って。


「……お前にだけはファッションセンスをどうこう言われたくない」

「え、これカッコよくない!? そのジャケットにも、普通のシャツにも合いそうなもんなのに」

「いや、つーか確信犯だろお前! それ着るとか、歩きながら生き恥を晒してるようなもんじゃんか!」

「大丈夫だよ! 男子と違って女子はいちいちそんなの気にするほどコドモじゃないの!」

「ミナ、お前そこの『処女♡』ってTシャツ着れるのか!?」

「──やだ! それは絶対やだ!」


 …………。

 急に猛烈に恥ずかしくなってきて、俺たちは黙り込んだ。

 誰だ、あんな変態Tシャツをデザインした奴。責任取って今すぐここに出てきて五分くらい時間を戻しやがれ。




 ……ふと、思った。


 俺と美南って、傍目にはどんな関係に見えてるんだろう。

 やっぱ、彼氏と彼女みたいに見えんのかな。いやいや、男女でいればそう見えるなんて話はないだろ。ただの友達かもしれないんだし。


 ただの友達、かぁ…………。

 それもなんだか、しっくり来ない。






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