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とあるマイペース少女の北海道旅行記 ④



 新幹線に比べればそのスピード差は歴然としていたけど、さすがは特急だった。 あっという間に野を越え山を越えて、町から町へ飛ぶように走っていくんだ。

 お弁当をゆっくり食べると、後の時間を私は読書に費やした。時々見上げた窓の外の空は景色が変わる毎にどんどん暗くなってきて、やがて雨も降りだした。

 やだな。出だしからこんな天気なんて。文庫本から目を離してはため息をついてた私の顔もきっと、曇ってた。


 ──あ、そうだ忘れてた。

 苫小牧の到着時刻が分かったら、連絡しなきゃなんだった。また忘れる所だったよ。

 文庫本を膝の上に置くと、私はスマホを取り出して────



 ────言葉を失った。


 嘘でしょ。

 電池切れだ。

 画面がつかない。

 そう言えば、二日前から充電してなかったような気がしてきた。バカだ私、なんでお出かけするって分かってたのに充電しなかったんだろう……!

 いや、まだだ。まだ連絡手段がある。こういう特急だから、公衆電話の一台くらいきっとどこかに備えられてるはず!

 そう思って引っ掴んだ財布の軽さに、私は思わずぎょっとした。まさか、と思ったけどその通りだ。財布の中、お札と一円玉しかなかったんだ!

 これじゃ、電話がかけられない……。ああ、長万部であんなに迂闊な買い物しなければ……。

 途方に暮れるって、このことだと思った。

 車内アナウンスが、あと十五分で苫小牧に着くって伝えてる。びりびりと震動する座席に座り込んだまま、しばらく何も考えられなかった…………。





 こんな時、シュンならどうするだろう。

 もしここにシュンがいたら、何て言うだろう。

 「バカ」って言うかな……。言いそうだなぁ……。でもそれは一言だけで、後はいつも何とかして問題を解決しようとしてくれてたっけ……。


「…………」




 八王子を離れて、まだ半日。


 早くも私は白旗を上げた。

 こっそり、あのアルバムを覗き込んだ。

 そしてすぐに、ばたんと閉じた。


『美南は、やれば何だって出来るんだから。もっと自分を信じてみろよ』


 そんな一文が目に入ったからだった。

 前後の文脈なんて分かんない。ただその言葉だけが目に入った。

 そうだよね、って思う。どうせ無理だって思ってしまうのは、単に自信がないからだ。言い換えれば、勇気がないからだ。怖がりだからだ。シュンは私のそういうとこ、ちゃんと分かってる。分かってる上で、書いてるんだ。


 そうだよ。

 まだ、術はある。

 このくらいで諦めてたまるもんか。どうにかして、連絡取ってやる!

 少しずつ近づいてきた町の風景を、私は精一杯睨み付けた。アルバムを入れた紙袋を握るその力が、勇気までも絞り出してくれた。

 見ててよね、シュン。私だってもう子供じゃないんだから!




 苫小牧駅は、かなり大きな駅だった。

 札幌の方へと向かう千歳線と、日高本線の分岐点。そんな駅だから、構内にはきっと公衆電話がある。

 でもって、キヨスク的なお店もある。お札を崩して公衆電話を使えるようにすればいい!

 特急を降りた私は、ダッシュした。キヨスクで適当なお菓子を買って小銭を手に入れると、今度は公衆電話の場所まで走る。

 ダメだ、使われてる。あのおばさん長電話そうだ。

 ならば、と私は外を見た。駅前広場の外に、交番が見える。電話なら、あそこで頼めばきっと掛けさせてくれる!

 でも外は雨だ。あそこまでたどり着く前に、びしょ濡れになっちゃうよ。キヨスクには傘が売ってないし……。

 最悪、私は濡れてもいいや。やっと見つけたロッカールームに駆け入ると、私は大切なアルバムやその他を適当な箱に放り込んだ。コインを入れれば、施錠できる。鍵を引き抜いた私が踵を返すと、少しだけ雨が弱まっていた。

 今だ! そのまま交番まで、雨の中を強行突破!


「すい……ません……、電話……かけさせてもらえませんか……?」

「あ、ああ……。君、あんな雨の中を走ってきたのかい?」

「はい……。えっと、番号何だっけ……。$$$ー$$$$ー$$$$……です」


 やっと、電話をかけられた。

 電話口のお母さんは、遅い遅いって何度も言ってた。かなりご立腹だったけど、正直に事情を言ったら小言も止んだ。許されたのでは──ないと思うけど。

 とにかく、駅まで車で来てくれる事になった。よかった、ホントによかったよ…………。


「すみません、ありがとうございました」

「いやいや、これも警察の仕事だ。君、傘は持っていないのかね?」

「はい。雨が降るのを知らなくって……。こっちに着いたらこの雨で」

「おかしいな、昨日からこの辺りには予報が出ていたんだがな。その格好だと、旅行でもないのだろう?」

「引っ越しです」

「ひっ……!?」

「荷物、向こうに置いて来ちゃったので」

「一人でか!? どこから?」

「東京からです!」


 しきりに感心しながら──呆れてたのかもしれないけど、お巡りさんは立ち上がって傘を取ってきた。

 使いなさい、今度返してくれればいいから。そう言ってくれた。びしょびしょだった私を、見ていられなくなったみたい。タオルも貸してやるって言われたけど、さすがにそれは断った。でも、その心遣いは嬉しかった。

 大雨の中を、私は傘をさして駅まで帰った。ジャケットも何もかもすっかりずぶ濡れで、まるで水を着てるみたいな気分だった。あー、家に着いたら真っ先にお風呂に入りたい。昨日の汗も今日の涙も、何もかも流してしまいたいな。


 やれば出来る、かぁ。

 出来ちゃった。電話、ちゃんとかけられた。

 シュンのあの一言のお陰だと思った。スマホを充電したら、連絡してあげよう。 私、無事に着きましたって。

 きっと誰より……ううん、順序なんてつけられない。きっと私のこと、心配してるだろうから。









 初めまして。

 苫小牧。

 ここがこれから、私の新たな故郷になる町だ。


 どんな未来が待っているんだろう。

 生まれてはじめての、女の子しかいない学校生活。一から作り直す友達関係。何もかもが本当に新しくて、だからこそ何の制約もない。望むなら、私はここで完全に別の人になることだって出来る。

 ムリだろうな、とは思うけど。


 シュン。

 八王子のみんな。

 私はやっと少し、勇気を持てた気がします。

 寂しいけど、頑張ってみるよ。だから待っていてね、いつかまた必ず帰るから。 もっともっと成長して、見違えるようになって帰るから。

 約束だよ。





 文字通りの春雨の向こうに、お母さんの運転する車のライトが──新たな日常へと誘う白い光が、少しずつ迫ってきていた。














これにて、

「八王子戯愛物語」は完結です。


ここまで読んで下さった皆様、お疲れ様でした。

当初は22000字のはずが、蓋を開けてみたら75000字……。作者史上第二位の長編になってしまいました。こんな長い作品に付き合ってくださって、本当にありがとうございました!


レビュー、感想、ポイントお待ちしています。

また、さらなる続編も構想中です。

これからも作者をよろしくお願いします!




2014.6.21

蒼旗悠

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