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とあるマイペース少女の北海道旅行記 ②




 時速320キロ。

 新幹線はやぶさに使われてる車両が、営業運転で出す最高速度らしい。

 正直、実感がまるで伴わなかった。だって、ほんとにそんなスピードが出せるなら北海道まで四時間もかかるわけないじゃん。二時間で札幌までついちゃうよ。これって詐欺だよね。そうだよね?


 ……何が言いたいのかと言うと、カンタン。

 私は猛烈にヒマだったんだ。

 大宮を過ぎた頃には朝ごはんが消滅して、目の前に挟み込まれた「トランヴェール」も福島を過ぎる頃には読み終わっちゃって。

 こんなことなら、昨日シュンとCELEOの本屋さんに入った時に文庫本の一冊でも買っておけばよかった。一人旅ってこんなにすることないんだ。

 仙台を過ぎ、窓の外の景色が緑ばっかりになって、ついに最後の暇潰し手段が潰された。どうしよう、まじでどうしよう。もはや眠気すらないよ。中央線の中で寝るんじゃなかった……。


 そうか。

 よく考えたら、私がこんなに八王子を離れるのは初めてだったっけ。

 しかも、自分一人で。

 無事に苫小牧(むこう)に着けたら、少しは自信が出てくるのかな。私は一人でもちゃんと新幹線に乗って来られるんだぞーっ!って。


 そしたらまた、時間を見つけて八王子にも帰って来れるよね。

 そうだよね。きっと




◆◆◆




「すみません、そちら……ご相席してもいいでしょうか?」


 車窓を眺めながらぼうっとしていた私の左肩に、声がかかった。

 若い女の人だ。ちっちゃい子を隣に連れてる。わ、カワイイ……。


「ど、どうぞどうぞ!」


 私はあわてて隣の席を指し示した。さっきまでいた男の人は、仙台辺りで降りていってしまったみたい。と言うかこの車両、もうかなりガラガラ。

 ぺこぺこって頭を下げながら、女の人は座ろうとする。と、その脇をあのちっちゃい子が電光石火の勢いですり抜け、


「わーい!外だー!」


 ……私の膝に飛び乗った。


「こら! よその人に向かってなんてことするの!」

「ねーねーお母さん、家が飛んでくよ!ほらほら!」

「話聞きなさいっ!」


 きゃっきゃって騒ぎながら、その子は私を何度も見てきた。

 女の子だ。元気いいなー、人見知りだった小さい頃の私とは大違いだよ。


「あ……その、いいですよ。そんなに気にしてないですから」

「そうですか……? ほんと、すみません……。この子、どこへ連れて行ってもこうなので……」


 何度も何度もぺこぺこしながら、女の人──お母さんもやっと私の隣に腰を下ろした。

 どこに行ってもこうやって謝ってるのかな。お母さんって、大変なんだな……。


「ねーママ、あたしたちどこまで行くの?あの辺?」

「んー? もうちょっと遠くよ。新青森っていうところ。あのお山のうんと先の辺りかしらねえ」

「ふーん……」


 身体を前後に揺らしながら、女の子は窓の景色を楽しんでいる。

 さすがにそろそろ、膝が痛くなってきたな。蹴られないように紙袋を足元に寄せると、女の子はふいに訊いてきた。


「お姉ちゃんはどこまで行くの?」


 私? 私に訊いた?


「この新幹線の、終点の辺りまでだよ」

「それってどこ?」

「長万部っていうところ」


 女の子の両目に、はてなマークが浮かんでる。

 まあ、そうなるよね。そんなに何度も何度も目にするような地名じゃないかもだし。


「一人で?」

「そうだよー」


 頷くと、女の子はぱっと目を輝かせた。あーもー、かわいいなー……。

 そうだ。いい暇潰しが出来たと思って、この子と遊んでようかな。新青森までまだかなり距離があるだろうし!


「すごいね! お姉ちゃん一人で新幹線乗れるんだ!」

「そうだぞー、こう見えても中学生だからね。出来ないことなんかない!」

「じゃあじゃあ、ダンスとか踊れる?」

「学校で習わされたからね、踊れるよー。何が好き?」

「EXELE! ママがよく聴いてるから!」

「へー、そうなの?」

「こら! 余計なこと言わないの!」

「えへへ、ママ照れてる照れてるー」


 ついにお母さんが手を出した。女の子は呆気なく捕まって、お母さんの腕の中でもがもが言ってる。


「ほんと、すみません……やっぱりご迷惑でしょうか……」


 ああ、やばい。席換えられる。

 せっかくの暇潰しをみすみす逃してなるもんか!

 私は必死の形相で止めにかかった。


「あ、いえお気になさらず! 私も楽しませてもらってるので!」

「そうですか……。あの、お一人で北海道まで?」

「そうですー。両親が向こうにいるので」

「中学生なのに、なんて立派な……。うちの子はまだ小1なんですけど、もうやんちゃで……。将来、この子もこんな風になるのかしら……?」

「きっと、なりますよ!」


 だって私よりずっと、知らないモノに抵抗がないんだもの。

 きっとたくさんの友達に囲まれて、たくさんの経験を積んで、私の時よりも早く大人になっていくよ。私が保障する。

 期待を込めた目で見つめると、女の子は腕の中から不思議そうな目で見つめ返してきた。



 仙台を出てから新青森に着くまでの数十分、私とお母さんと女の子は三人でずっとしゃべってた。

 苗字は北野さん、女の子の名前はミホちゃんって言うみたい。単身赴任で青森で独り暮らししてるお父さんの所に、これから遊びに行くんだって。

 便利な時代よねぇ、って言って北野さんは笑った。そうだよね、仙台から青森までなんて新幹線に乗っちゃえば一時間とかからないんだもん。台湾に行ってるシュンのお父さんみたいに何時間もかけて行かなきゃいけないのに比べたら、断然ラクだよね。

 ミホちゃんは単身赴任が何かよく分かっていなくて、何度も聞かれたっけ。タニシの仲間?って。確かに語感似てるなあ、ってむしろ私が感動したくらいだった。子どもって、すごい。

 私も、一人旅してるいきさつを話した。心の広い親御さんねえ、って北野さんはしきりに感心してた。ミホちゃんは真顔で、シュンと私がそのまま結婚してそこに住めばいいのになんて言い出して、北野さんにすごい睨まれてた。私は……真っ赤になって顔が上げられなかった。

 そんなこんなで、時間も距離もすごい勢いで進んで行って、あっという間に新幹線は新青森に着いてしまった。


「じゃあねー、お姉ちゃん!」


 ドアの所で、ミホちゃんが手を振ってる。

 私も笑って振り返した。あああ、もう降りてっちゃうのかぁ。せっかく仲良くなれたし、まだ旅は長いんだけどなぁ。


「シュンお兄ちゃんとお幸せにね!」

「どこでそんなセリフ覚えてきたのよミホ! ……ごめんなさいね、最後までこんなんで」

「いえいえ! 気には……してないですから! そんなことより、早く行ってあげてください!」

「ミナちゃんこそ北海道までの旅、頑張るのよ!」


 えへへ。

 名前、覚えてもらえちゃった。

 軽い音を立てて閉まったドアの向こうに、笑い声がまだ聞こえる。お父さんの顔を私は知らないけれど、きっとすっごく優しそうな人なんだろうな。

 無事に合流できますように。ふう、と小さく息を吐くと、私は急に重たくなった身体をシートにもたげた。


 ミホちゃんのおかげで思い出した。

 私、シュンに言ったんだなぁ。「大好き」って。


 どうしてああ言ったのか、今でも分からない。

 胸いっぱいのあの感謝の気持ちを一言で伝えたくって、そしたら脳内検索に引っ掛かったのが「大好き」だった。だからそこに本来の意味があったのかは、私にもよく分かんないんだ。

 シュンのお嫁さんだったら、なってあげても悪くないけどなぁ。そしたら毎日、ふざけたり笑ったりして過ごせるのかな。


 ……ふとした拍子に、すぐシュンや八王子のことを思ってしまう私がいる。

 ダメだ私、こんないちいち思い出してたらやってけないよ。みんなのことを思い出すのは、時々でいい。どうしても挫けちゃいそうになった、その時だけでいいんだから。


 日も高くなって、窓側の席はぽかぽか暖かい。

 また眠くなってきちゃったな……。もう少ししたらトンネルに入って景色が見えなくなっちゃうし、寝ていようかな。

 中央線のよりずっとふかふかの新幹線のシートは、適度に温まっていてよく眠れそう。背もたれを倒して身体を擡げると、ゆっくりと私は目を閉じた。







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