@JR八王子駅
※本作「八王子戯愛物語」は、現実の東京都八王子市をモデルに描かれています。
作中に登場する店舗・施設・その他の名前は全て実名です。実名に問題があるとの意見を頂ければ名前を変更いたしますので、感想欄にてご連絡ください。
この物語はフィクションです。
都心から離れること、30㎞。
あたたかくて緑豊かな、桑の香薫るこの町で、
俺は君に出会った。
君という人間を知った。
君と一緒に、いくつもの季節を越えてきた。
約束するよ。
もう、俺は忘れない。
たとえ君が、傍にいてくれなくても。
この町で俺と君が共に生きた、幸せだったあの日々の記憶は────
◆◆◆
幼馴染みの女の子が、引っ越すことになったらしい。
らしい、っていうのは俺も人伝に聞いたからだ。まあ、具体的に言うと母さんからだけど。
その彼女からスマホにメッセージが届いたのは、高校への進学の準備を一段落させたつい一昨日の事だった。普段、あんまりケータイとか使わない奴だったから、ちょっと驚きながら読んでみた。
そこで、誘われたんだ。
「引っ越す前に、シュンと一緒に町を回りたいな」
って。
そんなことを思い出しながら、俺は彼女が来るのを待っている。
隣の駅から電車に乗って来るらしい。改札口の前のびゅうプラザの所で待ち合わせよう、っていう話になったはいいものの、天井に取り付けられた電工掲示板はさっきからずっと、
[【中央線 運転見合わせ】]
ってテロップをだらだらと流していた。またかよ、ほんと事故多いな中央線。
あいつ、ちゃんと電車で来れるんだろうか。待ち合わせ時間を過ぎてから十分、午前十時を回った腕時計の針が、やけに遅い。
「あー! シュンごめんごめんー!」
後ろから声がした。
待ち望んでいたその声に俺が振り返ると、南口の駅前広場の方からぱたぱたと駆け寄ってくる姿があった。
リボンで片側だけ留められた黒艶のある髪が、風に膨らんで揺れている。
あれが、俺の幼馴染み。
横山美南だ。
「ほんとにごめんね! ほら、中央線がまた三鷹で人身事故起こしたらしくて……」
「ああ、俺も知ってたよ」
「それで久しぶりにバスに乗ってきたんだけど、普段電車しか乗ってないからやっぱり慣れないや……。酔いそうになっちゃった」
「いや、それはいいんだけど……。バスにするならするって早く教えてよ。お前、何のためにケータイ持ってんのさ」
「てへ……」
てへ、じゃねーよ。全く。
照れ笑いする美南から目を背けて、俺は深く深くため息をついた。
いっつもそうなんだよな。美南の雑な性格に、振り回されるのはいつも俺だったっけ。
「ほら、時間もちょっと減っちゃったし、もう行こう。この町は広いんだからさ」
「うん!」
元気のいい美南の返事を合図に、俺たちは歩き出した。
広い駅の通路を出て、市街地へ。
俺たちの生まれ育った、この町──八王子へ。