告白というより激白な、コレ
「リサ、どうしたの? あらたまってさ……」
リサの表情は有田からはそれ程変わった表情には見えておらず、ただリサのこれから告げられる言葉に驚かされるばかりとなるのだ。
「私、有田さんの事好きみたいです」
この展開になる二週間前。
有田達はモンスターに遭遇、そして撃退。しかし有田が負傷するというハプニング、モンスターに追われていた男との出会い。
男の言うワゴン車があれば全員が同じ車で動けるし、軽自動車では五人が限界という搭乗人数の壁もあって車を乗り換える事になっていた。
コンビニのトイレに立てこもり、便座を閉じてその上に二人で座っているという奇妙な構図。
「リサ……残ってくれてありがと……一人だったらこれはキツかった」
「そんな、私の方こそ!! あの時見捨ていないでくれて本当に感謝してるんですから」
有田の意識は少し遠のいていた。男の言いつけで足を上げた状態で安静にしているが、これは見る角度によってはパンツ丸見え状態。だが、有田も痛さの方が勝っていてそれに気を取られるような事はなかった。
出血はどうやら止まったようだが、これは傷が塞がったのではなく、包帯に血がべっとりと滲み固まったせいだ。血を相当に失っていて、気分が良くないし体温も下がっている。
リサに抱き抱えてもらいながら、その体温で温められている状態は、有田にとっては忘れられないような心の跡。これは多分生涯を通してずっとこの瞬間を思い返すことになるであろう出来事である。
また、リサにとっても昨日の今日でこの様な事態なのだ。
こんな事態にありながらリサは、少しも取り乱してはいなかった。
それは有田の存在が大きいからだ。
リサにとっての有田はヒーローであり、そして今は思い切り傷を負っているヒロインであり、その傍でこうして抱き抱えている事は自分の出来る精一杯。
この気持ちを、どう言い表したところで、それは言葉になってしまう。
……だから、傍に居たし、だから抱き抱えていた。
こうした気持ちはなかなか伝わらないもので、有田の方は割とあっさりとしている。
そこへ、ズルっと手が滑り有田が体制を崩す。
「うわっとと!!」
ザバーという音と共に水洗のトイレの水が流れていく。
「あ、もうこのトイレも使えなくなっちゃったね……失敗失敗」
「……傷は痛まないんですか?」
「痛いけど、なんだかちょっと痛さに慣れてきたのかも」
ギュッと、有田を抱きしめるリサ。胸に顔が埋もれて有田が「ちょっと?」と困ったような声をあげる。
リサは黙ったままだ。
「ごめん、その中身男なんだよ、だからこうされてると……」
「あ、イヤでしたか……」
「イヤじゃない!! ていうか逆過ぎてさ、その、これ以上されると鼻血が出ちゃうよ……これ以上の出血はちょっとヤバイ」
こんな会話なのに、でも伝わった内容は違っていた。
鼻血が出るとかそんな内容ではなく、私はあなたなら大丈夫ですという想いが。
有田は信用して貰えているという満足感で気持ちが満たされ、それがそのまま心の支えに出来た事は大きかった。安静に車を用意しに行った四人を待つことが出来た。
「待たせた!! アリちゃん居るか!!」
「アルティシア!!」
トイレのドアを開けて、再会を喜ぶ皆の姿。
たかだか一時間程度の出来事であったが、それでもその奮闘ぶりはシャツに滲んでいる汗の跡などから推察出来る。
まずは痛み止め、そして止血して車の運転に戻る男。
「これで大丈夫、本当なら病院が良いかと思ったんだけど……電気も水も出なくなってるし、君達の言う通り、箱根に向かおう」
男はローガンと名乗った。
この名前の経緯はなんとも間の抜けた話だった。
「え、またエメルダが発声した言葉から……?」
「そそ、メガネのスペアがなくてね、老眼鏡ならって話をしてたらサ」
「老眼……ローガン……」
痛み止めが効いてきたのか、会話に普通に参加出来ている有田。しかし、やはり体力の消耗は激しくて、ここで会話からは外れる事となる。
痛み止めに、睡眠薬も服用していてこれでゆっくりと休めるだろう。
いざ、休もうと思ったがその前にやらなければならない事がある。それはジャージ。下だけ履いておくという事だ。
これをやらないと思いっきりのパンチラ、いや、モロパンを見せつける事になる。これはさすがに見た目が宜しくないので睡魔と戦いながらジャージを着用し、ワンピースにジャージの下を着ているという間抜けな格好の出来上がり。
これで眠れる……皆も起こしては可愛そうだと静かに景色を眺めて目的地まで走って行く事になる。
ローガンと名乗った男性が車を運転するようになって、相当に移動速度が上がった。ペーパードライバーである有田とはやはり比べ物にならない。
というか、有田は法定速度並で走っていた。
これは、実際には有り得ない事だ。
法定速度で走っていると必ず後ろがつかえるのが現代の車事情。では法定速度とは一体なんの為にあるのやら……。確かに事故は起こらないだろうけども……。
さて、その法定速度とは関係ない速度で走ったなら、箱根まではどのくらいの時間がかかるのだろう。
……ほぼ一時間で到着した。
「アリちゃんまだ寝てんな」
「誰かおんぶしてあげないとダメだょね?」
「んん、ふぁぁぁん、むむ……あれ? 着いた?」
起こしてしまった事を詫びるが、これでお湯に浸かれるという皆の期待もここで最高潮に達していた。ここは素直に温泉に浸かろうじゃないか。
有田は脚は絶対にお湯に浸けてはダメというところを守って温泉に浸かる準備を進める。
その途中で気が付いた。
エメルダやリサと一緒に入るって事……?
大きめの旅館、女子部屋、そこに配置される有田。
「ア、アタシは、後で一人で入るかな」
「ダメですよ! けが人なんですから」
「ワタシモテツダウヨ」
両手に花、むしろ中央も花。有田、ここに来て一気に運勢を使ってしまったような脱力感。そして高揚感。これは本当に抗えない流れ。
というか有田の望む限りの最高の待遇かも知れない。
箱根でも人に会えるかもという期待は外れたが、これはこれで悪くないとニヤけてしまう。これをなんとか表情を出さないようにと思うのだが……それは無理だった。
脚にはラップを貼り付けて多少の防水加工を施していよいよ温泉へと突入する。
着替え用に持った浴衣は旅館にあらかじめ用意されていたものだ。その浴衣を手に持ったまま呆然としてしまう有田。何しろ恥じらいを見せて欲しいところなのにサッサと脱いでしまう二人。
「やっぱりアタシ、後で……」
「ダメですってば!!」
断れない、大きな流れ。この流れに乗って有田の背中を流し続けるリサ、エメルダ。鼻血は出なかったが、他の部分が心配な有田。
お湯を自分の身体にかけて隅々まで洗い流す。
この頃には表情でバレない方がおかしい程の顔をしていたが、それ以上は悟らせないように、一人で先にあがる事にする。
「身体は洗えたし……アタシはそろそろ出るね」
「それじゃあ、私も……」
「ワタシモテツダウ?」
ゆっくりしてて良いよと、エメルダを残して部屋に戻る。女子部屋に普通に紛れ込めるという幸せを有田はまじまじと感じていた。
さて、温泉旅館なら楽しみの一つになるであろう食事だが……。
当然、用意されるはずもない。
昼も過ぎてセイヤが食事は任せろとばかりにガスコンロとその他、調理器材……と言っても鍋だけだが、用意を始めた。これで大量のお湯を沸かす。ずっと流れ出ている温泉のお湯は決して清潔ではない。
やはりペットボトルの水を使って作るのがベストだろう。
パスタ、それにレトルトのソース。
お湯で温めるだけで出来る料理の中では、これは最高級の料理になるのか。
わざわざ温泉まで来てパスタもないものだが、この世界においての食事はとにかく貴重なのだ。
「美味しい……本当に、美味しいよ……」
そこまで感動する味ではないのだろうが、ローガンの目頭には自然と涙が浮かんでいた。
これはロクな食事を取れてなかった事からなのだが、作った方のセイヤとしては悪い気分ではなかった。こうして食事を終えて本格的な休養をする事となる。
負傷している有田はもう一度傷口を見てもらい、寝室に戻る。リサとエメルダもとりあえずは部屋で休む事にした。
命を賭けた戦いが二日も続いたのだから、この休憩は当然である。
午後になって、男全員が集まってまず始めたのは簡易トイレの設置である。今のままではトイレは一度しか使えないのだから、ここを拠点に行動するとなるとどうしても必要なことだ。
有田の寝ている間にこうした作業を済ませてしまおうと、男共が集まって話し合っていたのだ。
やはり、有田の功績は大きかったという事。車の事もモンスターに対しての危機管理も。
そうした姿勢は男の気持ちを動かすには充分だったし、そして有田が回復するまでは今度は自分達がやらなければという危機管理の意識は根強く心に残った。
こうして十日間の間は、ゆったりと拠点造りに専念する。
有田も順調に回復していく。そんな中、リサの態度が明らかに有田から距離を置き始めるように見え始める。これは最初は有田の勘違いなのかとも思っていたが、甲斐甲斐しく世話をしているようで……。
その一方でローガンに密会を重ねていた。
そしてそれを偶然にも見かけてしまう有田。
深刻に話し合っているように見えるが、声までは聞こえない。この時点で有田の頭の中に浮かんだのは「そりゃあそうだよな……」というリサへの感謝の気持ちと、それが有田にだけ向けられている訳はないという判断だった。
「警備員よりも医者の方が頼れる、だいたいアタシは今は怪我してて守るような力さえ無い……」
何かがスっと体から抜けていくような、得体の知れない不安感が有田を襲っている。
そんな中、変わらない調子で世話を続けてくれるリサ。
そうして、旅館を拠点として二週間が経とうという頃。
「マリョク、モドッテきた」
という、エメルダからの唐突な申し出があり、皆で近くに見える森へ行ってみようという話が上がっていた。
有田はキズがまだ塞がって来たかどうかという治りかけの身体で、これにはもちろんついて行けない。エメルダにセイヤとショウ、ローガンも加えて森へ。この時にローガンはリサに目配せをし、リサも無言で頷く。
有田は不安でいっぱいだった。女子部屋に戻りしばらく無言が続く。
緊張しながら、神妙な顔を有田に向けるリサ。
リサは今しかないと勇気を振り絞って、とびきりの告白をするつもりであった。
どうやって切り出したらいいのか。
こんな事を話しても迷惑がられないだろうか。
色々な想いを胸に「有田さん……」言葉を口にした。
「リサ、どうしたの? あらたまってさ……」
リサの表情は有田からはそれ程変わった表情には見えておらず、ただリサのこれから告げられる言葉に驚かされるばかりとなるのだ。
「私、有田さんの事好きみたいです」
「えええ?!」
あれ? と思う間もなく次の言葉が続けられる。
「迷惑……でしたか?」
「そんな! でも」
元々は男だったというのは今までずっと言ってきた事だ。それでも好きだと言ってくれている。これは本物の好きという気持ちなのだろうか。
告白した当事者のリサは、涙ぐんでいる。
「有田さん……私じゃダメですか?」
「そんな事無い!! というか、アタシでいいの?」
「私は……男がもう本当に受け付けないようで……だから、有田さんみたいな、心を持っていて女性の姿というのが私の理想なんです……」
「アタシなら……そりゃ、リサの事は好きだよ……その、中身が男だから、やっぱり可愛い女の子にずっと世話してもらって……情が移らないはずないよ」
泣き崩れるリサ。
「う、うう……」
「あ、その、泣くほど嬉しかったの?」
有田は意外な答えをもらって、そして泣き崩れる少女に対してどうして良いのやら分からないままだったが、そこへ更におかしな言葉を繋げるリサ。
「私って……卑怯ですよね……」
「なんでそうなるの?!!」
驚くのも無理はないだろう。何故ならリサは……
「私……生理が来ないんです……」
この事実を先に言わなかったのだから。
この世界に来て実に二十日間という時間が経過し、人間模様が複雑になってきたのだった。
少し更新ペースが落ちるかも知れません。