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異世界なのに温泉旅行イベントがキタ

 緊張しながら、神妙な顔を有田に向けるリサ。

 リサは今しかないと勇気を振り絞って、とびきりの告白をするつもりであった。

 どうやって切り出したらいいのか。

 こんな事を話しても迷惑がられないだろうか。

 色々な想いを胸に「有田さん……」言葉を口にした。




 こう・・なるニ週間前。一行は温泉へ行こうとしており、そしてそれはそのままライフラインの確保になるし、エメルダの魔力の回復も見込めるだろうという一石二鳥を狙う計画をしていたのだ。


 朝方、有田とリサは服を選んでいた。ワンピースしか持ってきていない有田の服のセンスに疑問を覚えるリサに「これなら上下揃ってるからさ」「選んだ理由ってそこ……?」などと二人で揃ってワンピースとなり、……チャイナドレスは普通に却下された。

 温泉と言えばどこだろう? 

 箱根か草津か。

 そこなら森林やら木々という自然も同時に見つける事が出来る。


 もしもエメルダに魔力が戻って魔法が使えるようになったなら、この世界は本当に元の世界とは異なる場所だという認識が強くなる。だがこれを確認しないことは世界を知らない、ルールが分からないのと同じ事だ。


 ここは何処なのか。知っていても知らなくても時間は経つし、関係のない事なのだろう。


 でも、もし魔法が使えるとしたらこれは一大発見となるのではないか。そんな期待を込めつつ、行き先に箱根を選んで車に乗り込む。


 道は下道を通る。下道を選んだ理由は出来るだけ人と遭遇しやすいように。とにかくこれで進んでみようとアクセルを踏む。ゆっくりとスタートして、そして地図を頼りに西方向へ。


 最初のドライバーは有田だ。なんだかんだ言いつつもやはり免許がない二人にはまだ荷が重いかも知れないからだ。


 何しろ昨日の運転練習ではとなりに乗ってると怖いという物凄い状態。ペーパーですらないような全くの無免許運転であって、乗ってる人間が全員酔うというハプニングも起こった。


 いきなり実地講習というのは無理があるようだと、これを悟ったのはスリル満点のドライブを充分に満喫した後だった。まさに後悔先に立たずである。


 箱根に向かう道中は常に運転のやり方の事を考えながら、見学してくれという事になる。セイヤを助手席に乗せてレクチャーをしながら運転する。


 全く運転歴の浅いペーパードライバーがいきなり講師気取りで、偉そうなことなんて言えたものじゃないのだが、これだけは覚えておいて欲しいと少し強めに言葉にする有田。


「ブレーキの種類が何種類あるか、答えてみよう」

「え? 普通のブレーキとサイドブレーキの二つじゃねぇの?」

「あ! ボク分かった! アクセルを離すとスピードが落ちる!」


「……うん、まあそうだね、それをエンジンブレーキって言うよ、他には?」


 さて、どんな答えが出てくるやら? 楽しみに答えを待つ有田だが、本気で悩んでしまって話が進まない。仕方ないので答えを教えておく事に。


「最後の一つは、心のブレーキだよ」

「え? 何言ってんの?」

「ちょっと格好悪いょ」

「真面目に話してるの!」


 心のブレーキとは? 何を言ってるのかな? という疑問に満ちた空気の中で有田の語るブレーキ理論。それは、常に心にゆとりを。そして運転のスキルによってはスピードを出し過ぎないようにという簡単な事なのだ。


 だが、こんな簡単な事も忘れてるとこれがどんな大きな事故に繋がるか。

 例えばそれは自分の運転技術を過信してスピードを出しすぎる行為であったり。

 例えばそれは居眠り運転(自分の限界も分からないのか)であったり。

 例えばそれは雨で滑りやすくなっている路面を普通の速度で走る行為であったり。

 飲酒運転などもうね、言語道断。


 この心のブレーキは案外忘れがちだが、運転する者として軽視していい様なところではない。……まあ、この人の居ない世界でこれがそのまま伝わるのかどうか怪しいところだが、これが講習所で習った内容であるという、情報の出処を確かにする事でどうにか伝わったようだ。


「なんちゃってブレーキ理論だったよね……

 まあ、他にも信号が青だったら進めなんだけど、注意して進まないとダメとかあるけど……信号が消えてるもんね、これは関係ないか」

「アリちゃん、なんか本当の講師みたいだぜ!」

「ボクもアリちゃんみたいな先生に教えて貰えたらいいなぁ」


 男に言われてもあんまり嬉しくないと思う有田だったが、中身が女だとは分かってるので少し複雑な気分となる。


 そして走り続けること一時間ほどして足立区まで来たところでトイレに行きたいという提案が出た。

 最寄りのコンビニまで走り続けて停車する。


 コンビニは人が寄り付く場所であるし、人と出会ってもおかしくない。

 前例もあるので、武器を持って全員でコンビニへ入る事となる。


「アリちゃん、そっち男子便所だよ」

「うお?! また間違えた……」

「そう言えば、生理とか大丈夫か? やり方知ってる?」


 イケメンが言ってもセクハラはセクハラ。今は中身が女で身体も女という正真正銘の女性がいるのに、セイヤはお構いなしにど直球で言葉を投げかける。


「ああ、いやあ、まあ、絵的に色々とまずそうだしさ、リサに聞くよ……」

「はい、後で教えますね」


 そんなやり取りがなされているコンビニの遥か手前から一人のメガネの男が猛然とダッシュしてくるのだが、この時はまだ誰も気付いていない。身長は180センチはあるだろうか。外れかけたネクタイ、破れかけたスーツの下。


 見た目に三十歳を超えているこのメガネの男性はモンスターに襲われて、そして逃げていた。

「くそ、こっちの方で車の音が聞こえたと思ったのに!!」


 追いかけてくるモンスターは人食い鬼オーグルで、薄気味悪い緑色の肌に身長は190センチを超える巨漢である。この訳の分からない世界でもしぶとく生き残って居られるのは……。紛れもなく捕食対象が人間であるからだ。


 ガシャーン!! と大きな音を立ててゴミ箱をひっくり返して、道を空き缶だらけにする男。

 そしてこの音でようやく気付く一行。

 人が居たという事と同時に、モンスターも見かける事になり、途端に緊張感が漂う。


「あ、モ、モンスター……だよな」

 有田も突然過ぎて対応がイマイチ取れていない。


「アレ、オーグル、テゴワイ!!」

「ア、アタシが守る……!!」


 勇気を奮い立たせて、そのモンスターに戦いを挑む有田とエメルダ。


 コンビニを出てすぐに男と目が合う。男は「逃げろ!! 喰われるぞ!!」と、叫びながらコンビニの脇から全力で有田達をスルーして行った。


「あ、あれ? 逃げる? 車に乗れてないのに!」

「クルヨ!!」


 エメルダと力を合わせれば殺れる筈だ、人食い鬼オーグルは一匹だけなのだから。

 そう言い聞かせて槍を構える有田とキツイ表情で睨みながら武器を構えるエメルダ。


 人食い鬼オーグルは標的をこちらに切り替えて襲ってくる。今回の作戦は挟み撃ち。

 これは同時に前後の攻撃を防ぐのは困難であると想定した作戦で、前後に分かれてオーグル(別名オーガ)を挟撃する。


 人食い鬼オーグルの持つ武器は釘を打ち付けたバットだ。これはこのモンスターが作った訳ではなく、別の誰かが作って退治しようとして奪われたものであった。そしてこれは相当に危険な武器である。


 当たれば打撲といった程度では済まない。模様のように打ち込まれた釘はそれぞれが刃物のように鋭く、肉をえぐるのだ。ただのバットであれば問題ないのだが、この武器についてはエメルダも表情が険しくなる。


 槍を構えて雄叫びと共に突進する有田。得物が短いエメルダよりも槍の方がやや有利であると判断した有田は、大声を上げることでこちらに注意を引くという戦術で槍を突き出す。


「うおおおぉぉ!!」


 ガチン! と、音がして釘のついたバットでそれを払われる。これと同時に槍が手から離れてしまった。槍はガランガランと人の居ない道路へと飛ばされていく。

 急いで払い飛ばされた槍を拾いに向かう有田に後ろから人食い鬼オーグルが襲いかかる。


 グシュ! 脚のふくらはぎに強烈な痛みを感じながらも槍に到達した。急いで振り返りすぐさま槍を構えるが……脚の肉が少し割かれているようで有田は痛みに顔を歪めた。


 そしてそれがモンスターにもチャンスとして写った。


 有田に猛然と襲いかかるオーグルに足を引きずりながら後退しながら槍を突き出す有田はどう見てもこのままではやられてしまう。この機をもってエメルダが渾身の一撃を喉元に突き刺す。オーグルにとって、人間を一匹退治出来るという、優勢を奪えるという心の慢心が隙を生じさせたのだ。


 長らく戦士をやってきたエメルダがこれを見逃すはずもない。


 かくして、オーグルを仕留めることに成功したのだが、有田が負傷するというハプニングがその場にいる全員に緊張を促す。


「アリちゃん!! 大丈夫か!!」

「有田さん!!」

「アルティシア……」


 ショウが車から救急箱を持って駆けつける。「アリちゃん、包帯……でもどうやって巻いたらいいのか分からないんだけど……」戸惑うショウの声の後ろから、先程の男が戻ってくるのが見えた。


「やっつけたのかい?!」

「あ! 痛い……イタ、い、イタ!」


 有田の言葉も怪しくなっている。


「僕に任せてくれ、医者なんだ!」


 男は包帯と消毒液を奪ってそのまま有田の脚を消毒し、包帯を手際よく巻き始める。


「まさか倒せるだなんて……君たちはどうやってここへ来たんだい?」

「車だよ、そこの軽自動車でね」

「オジサン、運転出来る? アリちゃんをすぐに移動させた方が良いと思うょ?」


 だが、車は五人までは乗れるのだが……荷台にもかなりいっぱいに荷物が積んであるためにこれ以上は難しい。「それなら僕の車はワゴン……なんだけど燃料がもう切れそうで走れないし……」



「燃料ならアリちゃんに教わってるから入れられるょ」

「とすると……問題は誰が残るかだな、一人で残るとなるとどうしたって危険だしナ」


「アタシが残るよ……だから車の方はお願いしても良いか?」


 有田が残ると言い出した。一番の負傷者だし普通なら一番安全に匿うべき対象である。ワゴンがあるというのは助かるがその前から考えていた事であった。


 この世界で負傷者は守れるかどうか分からない、それに何かあったら対応出来ない。身軽に動ける人間が行動した方が効率がいい。残るという選択は妥当だ。だが、これに意義を唱えたのは……リサだ。


「それなら、私も残ります」


「な、なんで?!」

 全員がハモるように聞き返す。だが、考えれば分かることだった。


「私は……置いていかれても当然のところを助けて貰ったんです……だから、私が置いて行くなんて事は選べないんです……」


 こうなれば急いだほうが良いと、全員がそれぞれ表情を固く結び、有田とリサを残して車へ搭乗する。運転は男に任せる形になる。……初対面の人間を頼る事になるのは少し心許ないが、それでもこれ以上の選択はない。


 槍を杖替わりに、リサに肩を借りてコンビニの中へと非難する。


 トイレに立てこもればこれであとは動かなくても良い。


 一方のセイヤ達はまず車を走らせてガソリンスタンドへ。ガソリン用のタンクがスタンド内にあればベストなのだがまずはそれを探さないことにはワゴンを動かす事は出来ない。


「アルティシア、オイテキチャッタ……イソガナイト」

「エメルダちゃんもポンプ探すの手伝ってょ?」


「君達は……凄いね、見たところ凄く若いのに……どうしてドイツ語が分かるんだい?」



 その場にいる全員がすぐに事態を正確に理解する事は出来なかった。ドイツ語は医者にとっては別に必要なものではない。精神科医が患者の前でカルテを書く時に、内容が分からない方が良いこともあるためにそうする場合もあるが、男の場合は選択科目でドイツ語を習っていたというだけだ。話せる程ではない。


 言葉の事を考えるよりも早くガソリンスタンドに辿り着き、男とセイヤはタンクを、ショウとエメルダはポンプを同時に探し始めた。そしてそれは同時に見つかった。


 給油に時間を取られ、その後は病院へ向かう。未使用の注射器を大量に持ち、麻酔、痛み止め、止血剤、新しい包帯、それらを思いつく限り乗せて、そして男のワゴンのある場所へ向かう。


 かなりスムーズに事は進んでいたのだが、それをただ待つだけの有田とリサにはとても長い時間のように感じられる。待つという以外に選択肢の無い状態は本当に長いものだ。


 四日目の昼は不安で押しつぶされそうなまま、過ぎていく……。



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