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法律は、肝心な時には護ってくれないんだよ

「もし、さ、アタシが捕まったらアンタら助けに来れた? 悪いけど、アタシはアンタらを戦力としては見てなかったよ……アタシも同じ目に遭ってたんじゃない?」






 この・・セリフの後はやはり沈黙がその場を支配する。


 しばらくしてSビルに到着した。

 ここまでの時間はおよそ二十分で、尾行の後もない。車が走っている事自体が珍しいのだ。

 現在三時二十分、Sビル入口にて五人が誰ともなく座り始め、そしてこの事態について会議する必要があるとセイヤが宣言した。


「アリちゃん、あれは……男だったから簡単に殺せたんじゃないか?」

「どういう意味?」

「ボク達も男だから……怖いんだょ」


 なるほど、と納得する有田。ここまで来てようやく有田の胸の内を語る事になる。


「アタシはさ、みんなの事は仲間だと思ってるよ」


 そう切り出してからはずっと有田が説明する展開となった。

 有田は警備員の仕事をしていた。それ故に、この世界に迷い込んだ時もその習性のままこの世界を観察して来た。


 警備員時代に受けた講習の内容では、施設内警備、常駐警備のような危険性の高い警備があり、これを一号警備と習っていた。

 その一号警備の中でも三つほど大切な事がある。



 それの一つが自身の安全の確保。


 これは当たり前の事だが、しかし最も重要で、自分の命をまず優先に考えるという事である。だが、これは次に説明する事とは反する側面を持っている。



 もう一つは法律を守るという事。


 警備員には一般人と同じだけの法律しか適用されない。つまり、警備員になったからと言って、この施設内で絶対の権力者になった訳ではなく。

 そういった事は全て警察に任せなければならないという事。

 なのである程度法律も覚えておかなくてはならない。その最たるものが逮捕権。これは一般人が全員持っている権利である。


 だが、この逮捕というのは相当に難しい。


 それは犯人であると断定できるような判断材料が目の前にあり、簡単に特定出来なくてはならないという事。目撃情報だけでは裏が取れない。

 例えば包丁を持った、証拠を持った状況ならこれは逮捕する事が可能である。

 しかし、これを捉える事は危険極まりない。



 最後になるが、守るべき対象を警備する事が仕事であるという事。


 仕事の内容によってはそういった危ない橋を渡らなければならないという事を覚悟する必要がある。この三つのバランスが特に重要であるというのだ。

 

「それなら、法律を守らなくちゃダメなんじゃないか?」

「ああ、銃刀法違反だからね、この槍は」

「だったら何故!! そんなモノ作ってたんだよ!!」


 この問には少し間をおいて、落ち着くのを待ってから有田が言葉を続ける。



「……法律は、肝心な時には護ってくれないんだよ」




 この事実は多分みんな知っている事実だと思われる。

 例えばそれは通り魔事件であったり。

 例えばそれは強盗傷害事件であったり。

 例えばそれはトラックで歩行者天国に突っ込む行為であったり。


 有田は続けた。

「確かに法律ってのは守らないといけないものだと思うし、

 無秩序に行動してたら平和なんてありゃあしないんだ……だけど、目の前にナイフ持って来てる人に銃刀法違反だと言っても無駄なんだ。

 法律は……ナイフを突きつけられた状態では無力なんだよ、後から裁くことは出来るけど、その時には、逃げなきゃ、逃げられないなら犯人の思惑通りになるしかない」


「アリちゃん……そうか、警備員の視点から見てたんだね」

「うん、この世界にはどうやらその法律が無い、助けてくれるような人も居ない、身を守る術としてまず何か持ってないと危ない世界だと思ったんだ」


「……ひょっとしてボク達、護られてたの?」

「まあ、そのこんな物騒なもの持ち出してそれしかないかと思ってたけどさ、みんな護りたいと思ってたよ」


 捕らわれていた少女が、突然涙を浮かべる。

 これは助かった事への安堵。ようやく、今までの表情の無いところから。

 泣き顔という顔ではあるが、表情を取り戻した――――。


 これに気付いた有田は、自分がした事への疑念が取り除かれるような想いだった。

 どんなに言い訳を言ったところで人を殺しているのだし、罪悪感のようなものももちろんある。

 涙に濡れる彼女の姿を見る限り、これは良かったんだと……自分に言い聞かせた。


「そうだ、すぐそこに蛇口があるからそこで顔洗ったらいいよ」


 有田の声もいつの間にか震えていて、そして掠れていた。


「そういえば、名前聞いてなかったよね」

「あ、私、リサっていいます」


 リサと名乗った少女のそれは本名なのか偽名なのか。ここは有田も偽名なのだからこれ以上は聞くことは出来ない。名前を聞いてそして水飲み場まで足を運ぶ。


 キュッキュッと蛇口を回して水の出てくるのを待つ。


 ……水は出てこない。

 ハッと顔を見合わせ

「セイヤ、Sビルの待機室の水場見てきてくれる?」

「分かった! そっちも頼むよ!」


 数分後、無線機で水の出ないことを確認する。


「アリちゃん……どうする?」

「とりあえず合流しようよ」


 合流しようと歩き始めたところで、キュッと袖を掴まれる。……リサだ。

「どうしたの?」

「なんでアルティシアなのにアリちゃんなの?」

「ああ、本名がね、有田なんだ。 それから……まあこれは集まったら話そうか」


 そしてこの会話についてこれないエメルダもこの時リサに指輪を渡した。これで会話の方はなんとかなりそうだ。だが、水は……どうしたらいいか。


「水が出ないね……どうしようか」

 有田の頭の中は実は結構参っていた。

 何しろ人を殺したあとに水が出ない事件。昨日は電気だった。


「ああ、こういうのってマンガとかだと結構持ってるのになぁ?」

「どうせなら、ボク温泉に入りたいよ」

「……確かにお湯につかりたいとは思うね」


 リサがボソッと呟いた。「私も……入りたい」これは汚されたままの身体であるという事実から綺麗に洗い流したいという希望がこもっていた。


 そしてそれは皆が理解していた。




「車の運転のやり方教えるから交代で運転して行こうか」

「え、免許ない……なんて言ってられんか」

「ボクもいいの?!」


 案外乗り気な人もいた。しかしこれは有田には嬉しいところだ。精神的に運転も皆の安全も全部なんて、それは一人では抱えきれないのだ。


 ゆっくり運転で試しに運転するところから。


 事故の可能性は殆ど無いのだし、とにかくスピードの出し過ぎだけ意識があれば操作は割と誰でも出来る。オートマの軽自動車ではあるがこれである程度の遠出も可能だ。


 だが、もう既に午後四時半を回ろうとする時計の針、運転の練習に時間を費やしすぎた。


「少し休んで、温泉に向かうのは明日にしようか」

「そっか……夜は危ないょね」


 ショウの運転技術の飲み込みは割と早く、セイヤの方が割と遅いように感じた有田だったが、それは口には出さないでおく。夜、Sビルにて性別の事について集まって話をする。


「まあ、アタシはその……中身本当は男だけど、でも、まあこういう喋り方にした方がいいよねって皆で話し合ってさ。だから、俺って言わずにアタシって言う事にしてるんだ」

「オトコダッタデスカ?!」


 エメルダにも話していなかった事だ。「いや、今は女なんだけどね!」と言っても不思議な顔をするだけになった。そしてセイヤもショウも同じように元は女であるという事を告げた。


 ……結局のところ、中身が男なのは有田一人で、残りのメンバーは皆女という事になっている。本来ならこれはハーレムの筈だったのに、どうしてこうなったのやら。


 しかし、皆がそうやって集まって居られるのも有田のお陰なのだ。それを有田以外の皆が理解していた。当の本人は気付いていないのだが。


 今日の出来事をまとめてみると、まず、エメルダの魔法復活を鍵に富士山の樹海が一番森としてはイメージしやすいしそこを目指してみようと車を走らせた。


 だが、途中で車酔いによって下車し、そこでリサに出会う。そこにはリサを捕らえて犯しているという酷い現実があったが、それを救出しSビルに戻る。


 そして水が出ない事を知り、どうせなら温泉に入りたいという希望も兼ねて運転の出来ないメンバーに運転を教える。


「今日って結構色々あったよ……」

「私、本当に助けてい貰えて……嬉しかったんですよ」


 ピタッと有田にくっついてくるリサ。


「あ、アタシは中身が男なんだよ?」


 それでもそのまま、くっついていた。これはヒヨコの刷り込みに似た様なもので、絶望的な状況から救ってくれた、そして声を一番最初にかけてくれたという事実から、絶対の信頼を得ていたという事なのだが。


「分かってますよ……」


 これがそのまま恋心に変わるとはリサ本人でさえ自覚していない事柄だった。





 ペットボトルからどこぞの美味しい水をヤカンに注ぎ、カセットコンロでお湯をを作る。これで三分まてばカップラーメンが出来る。電気も水道もなくなった東京とは、全く不便な場所であり、都市という機能を全く果たしていない。


 コンビニもスーパー、デパートも、多分数日中に腐って食べられないようなモノが溢れ返っていくのだろう。そうした絶望的な中でも、人と人が出会えていることが希望になっている。


 休憩室に集まって美少女三人が揃ってカップラーメンを食べる。


 中央には電池式の懐中電灯。どこへ行くにもこの明かりがないと動けないので夜は大概集まって行動する事になる。食事もそうだが、トイレも、水浴びも。


 お湯を使って、軽く身体を洗い流すことは出来るのだが、やはりこれだけでは物足りない。日本の風習に慣れきっているという事なのか、やはり風呂に入りたいと願う有田とリサ。エメルダだけはそれ程苦にはしていないようだった。


「ここが仮眠室だよ、布団がある場所が思いつかなくてここで暮らしてるんだ」

「あ……布団で眠れるなんて……」

「マリョクもモウナイデス……ワタシネマス」


 布団とシーツが敷いてあるだけの簡単な仮眠室でも、リサにとってはこれがどれだけ遠かった場所なのか。絶望からようやく解放されたという安堵から、有田に感謝の気持ちとしてもう一度、「本当にありがとうございました」と、感謝の意を表す。


「まあその……、そうやって言ってもらえて嬉しいよ」

「どれだけ言っても足りないんです……」

「なんだかさ、今日って本当に意味のあった日だったんだなって……こんな状況なのに、なんだか前居た世界よりも生きてるって感じがする」


「有田さんは後悔してますか? 人を殺してしまった事」

「ううん、ちょっとはしてるけどね……でも、ああいった類の人種はさ、なんだろう、こんな言い方おかしいかも知れないけど、でも、死んで当然とも思ってるんだ」


「有田さんは、助けてくれたんです……私、あのままだったら自殺しようかと思ってましたから」


 二人共震えていた。

 これは何から来る震えなのか。

 震えながらリサは「今晩は一緒に寝てくれませんか?」と、有田にお願いする。


「え、でも、お、アタシ、中身男なんだし、ベッドも一人用の細長いやつだし……」

 嬉しい申し立てではあるが、さすがに素直に喜べない。だが「私が、男に汚されたままだから……一緒に寝るのはやっぱり……」言いかけて言葉を飲み込むリサ。


 有田は悟った。


「まあ、その……二つ並べれば寝れない事もないよ……」


 リサはそのまま黙り込んでしまった。自分で口にしておいて、だから尚更なのか、ショックを受けていた。その様子は見なくても分かるほどに有田は理解していた。


「女同士って、友達でもこうやって寝たりするの?」

 敢えて先程の言葉の流れを無視して、無かったことにして、話を続ける有田に


「……そんな事ないですよ、有田さんだけです」


 心を打ち明けてくれるリサ。別に抱き合ったりはしなかった。

 ただ、手を繋いで寝るだけだった。


 二人とも震えながら。震えを互いに支えながら――――。



 三日目の夜はこうして更けていく。



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