この残酷描写は寿司で言うとわさび
「アルティシアさんは悪くないです……、本当に助かりました……」
力なく、少女はうつむいたまま、やっとの想いで言葉を口にする。
「アタシも間違った事はしてないつもりだよ」
「でも、何も殺すことなかったんじゃないの?!」
セイヤの言う事ももっともだ。人を殺めるという事は法律で違反しているし、そもそもそれが簡単に行われるようになれば自分の身だって危ない訳だから。
こうなる日の朝方、エメルダは一人目を覚まして、薄暗い中で不安になり……ひとまず有田の存在を確認する。だが、そこには有田の姿はなく、冷たくなったシーツと毛布があるだけだ。
「アルティシア!! どこ?!」
……返事がなく、どうしようもなく不安がこみ上げてくるエメルダ。とにかく外に出てみる事にする。そこに――――全力ダッシュで近付いて来る有田の姿。
とりあえず姿を確認出来て安心したエメルダだが、何故走っているのか分からない。
「ナゼ、ハシッテいるの?」
「ん? ぜぇ……はぁ……ああ、ふぅ、トレーニングね」
息を切らしながらトレーニングと言い切るが、エメルダには少し意味が分からなかった。エルフにとってトレーニング、練習とは弓や魔法の扱いなどのイメージがあり、走るのに練習などいるのか分からないからだ。
有田としては、朝からダッシュを何本かやってみるというのは、普段ならゲームなのにそれが出来ないしやってる場合でもないのだから……暇つぶしにトレーニングのメニューに加えてみていたのだ。
……だが、開始早々のこの時点で靴ズレが発生している。
本当にか弱いなと、やや脱力気味に救急箱を求めて、待機室へエメルダを案内する有田。絆創膏を貼りながらエメルダに色々聞いてみたい事があった。
「戦士だったって言ってたけど、剣とか持ってるの?」
スっと腰の後ろに収めてあった短剣を取り出す。刃渡りはおよそ一五センチ程度だろうか。
「コレダケ、モッテた」
「これで戦ってたの?」
この問いかけには色々な意味があった。戦っていたとすればその相手、モンスター、そういった存在もこの世界に飛ばされて来ている可能性だって考えられる。
そして、肯定の返事を貰う事でより一層危機感が増す。
「セイヤ達と合流して武器を調達しよう」
「ココナラ、タタカイナイとオモッタのに……」
調達と言っても、もちろんこの世界には武器屋なんてものは無い。つまり即席でも自分で作るしかないのだ。この事はセイヤ達の同意の上で作る予定だったのだが……
「いや俺、平和主義だしね」
「ボクも、武器とかいらないと思う」
あっさりと否定される。「エルフが居たんだからモンスターだって居るかも知れないんだよ?」と言ったところで逃げれば良いだとか、とにかく戦わない方法を考えようと逆に説得される。
仕方無しに有田は一人で武器を作ると宣言する。その姿を追いかけて来てくれるエメルダの姿が頼もしく見えた。
……そう、彼女は唯一の実戦経験者なのだ。
まずはスポーツ用品店に向かう。これはオシャレな服では全く戦いに不向きだと言う事と、バットやゴルフクラブと言った武器になりそうな物を探すためだ。
とりあえずジャージ。速乾性、通気性に優れた割とお高めなものを気兼ねなく選ぶ。お金はこの世界では役に立たないのだから値段の高さで選んでも良いくらいだ。この時点では着替えはしない、トレーニングの時に汗だくになるだろうからその時用と言ったところか。
そして次にバットやゴルフクラブをエメルダに手渡す……が。
「コレハぶきデスカ?」
今まで戦ってきた戦士が言うのだから間違いない、これらはそれほど驚異ではないらしい。エメルダの意見をまとめると、リーチがあって刃の付いたものでないと致命傷は与えられないとの事。
リーチという部分ではバットやゴルフクラブは申し分無いが、やはり打撃武器としてもダメージは見込めない。何しろ重さがそのまま使いにくさに変わるし長さや形も使いにくい。
仕方なくそれならと、ゴルフクラブのシャフト部分が取れたらここに包丁をセットする事で簡単な槍が作れる。そう思ってシャフト部分を取り外せないか検討してみた。
全く取り外せない。……これは素人では無理だろうと諦める事となる。
次は百貨店へ。
パッと思いつくのはデッキブラシだ。あれはあのブラシの部分さえ取れれば得物としては長いし、そのまま穴に包丁が入れば……。有田はもしかしたら物騒なものを作っているのかも知れない。だが、ここはもう日本ではないのだ。
日本にソックリなだけであって、全く違う。
この違いこそが恐怖の根源。何が来てもおかしくない状況だという事に繋がる。
とりあえずの武器という事でエメルダからお墨付きを貰えたのが今回のデッキブラシの槍。ブラシの抜けた部分へそのまま包丁を差し込めたら良かったのだろうが、それがままならず、結局ガムテープでグルグル巻きにして固定しただけだった。
その時に簡単な槍の指導も受けた。
有田はこれで準備は良いだろうと、セイヤとショウを呼び、人の搜索と森林のあるところへエメルダを誘導するという目的が妥当だと話した。
「魔法……ねぇ、そんな便利なものは現代では難しいんじゃないの?」
「いや、この指輪が何よりの証拠だよ、絶対この部分を疎かにしちゃダメだと思う」
「アリちゃん、喋り方もうちょっと女らしくした方が可愛いと思うょ?」
微妙に会話が噛み合ってないが、それでも迷い込んだ人捜しというのは納得するところであった。
有田も「この喋り方でいい様な……アタシって言う事にしたらどうかな? これならちょっと強気な女戦士ぽくない?」などとある程度調子を合わせていく。
手製の槍は比較的には短い部類なのか、車には簡単に搭載出来た。
正午、昼ご飯を済ませてから探索に乗り出す。
モンスターに出くわす前に、出来るだけ仲間を増やしておきたい。
ゲームの内容はプロローグを適当に読み飛ばしてしまった為にあまり頭に入ってはいない。それはほぼ全員に共通する事であった。
森と言ったら富士山の樹海? という安易な発想から地図を頼りに山手線沿いに新宿方面へ向かう事にした一行。
ゲームの中の世界というにはまだ情報が足りていない。もう少し情報を……とそんな思索にふけりながら車を運転する有田。セイヤとショウの方は街の周りの景色、その中に隠れている人影がないかを真剣に探していた。
車を走らせて二十分程すると、エメルダは……車の中で勉強しようとしていて軽い車酔い状態に陥る。
仕方なく休憩をしようと車を近くのコンビニの前に停車させる。コンビニの中……そこには、とんでもない光景が目の前に広がっていた。
男三人が半裸の女性一人を犯している。
なんという事だろう、昼間からこんな外で堂々となんて……。
よく見ると女の首には首輪のようなものが繋がれている。――――――――?!
向こうもこちらに気付いたらしく近寄ってくる。その頃にはこちらの皆も状況を把握していた。
これは関わったらかなりマズイ奴らだと。
心の奥底から鳴り響く耳鳴りの様な警報。だが、ここでアクセルを踏めば、あの女はどうなる……?
有田達が逃げればあの女はどうなる?
「アリちゃん、ダメだよ、逃げなくちゃ!!」
「いや! 助けようどう見ても放って置いて行けない」
「アレハ……テキ?」
エメルダが短剣を抜きながら険しい表情になる。有田も手製の槍を構えて車を降りる。
相手も暴力を振るう用意はあったようだ。
バットを持っている。
得物の長さから有田は、バットを持った男に対峙する。エメルダは素手の男を睨みながら、隙あらば短剣の一撃をお見舞いするつもりだろう。
車を降りた二人に、後ろの男二人が懸命に声をかけてくるが、何を言っているのか聞き取れない有田。これはパニックによる一時的な呂律の回らない喋りと、有田の集中力との相乗効果である。
バットには血ノリが着いていた。相手はどうやら戦闘経験者のようだ。
有田はそれを見て怯んでいる場合ではないのだが、そう、普通の人間なら怯んでいたかも知れないが、有田には心の準備があった。
チンピラの三人のうちの一人は、女を抱えて様子を伺っている。
「おい、抵抗さえしなけりゃ、命だけは助けてやるぞ」
「そうそう、気持ちいい事しようじゃないの」
男達の思惑は主に脅迫からの恐怖、それによる戦意の喪失であったが。
この男達のセリフがそのまま、コンビニの中に囚われている女性のそれまでの経路だという事が分かる。
有田の防衛本能に警笛を鳴らすと同時に怒りの感情が湧く。
「……お前らが本当に下衆で良かった。心置きなく戦える」
ニ対ニのデスマッチが行われる。槍はリーチが長いが掴まれたら弱い、近付けないように早い段階から突きを何度でも出すつもりで突く……エメルダからのアドバイスだ。これを元に全く慣れない槍使いがジリジリと男に近寄りつつあった。
初手、二回程突きを繰り出す。そしてこれがそのまま男の胸に命中した。理由は一発目の槍を手で掴もうとしてスカった、つまりフェイントになったからだ。
刃は横にして突き出す、というのはアバラ骨に邪魔されて心臓に届かないという事態を避ける為だ。
「ぐぁ、……て、めぇ……」
男の心臓を突き刺して、絶命させる事に成功した。
一方のエメルダは苦戦していた。何しろ彼女の車酔いがあったから降りようという話になった訳だから。だが、有田が加わると途端に優勢になる。
すると男は無言で逃げ出した。後を追おうとするエメルダに「中の女性を助けるのが先だ!」と声をかけて、コンビニの中へと侵入する。
「た、助けてくれぇ……」
完全に恐怖が伝染していて、この男も楽に掃除出来そうではあったが。
「まず、その人を離せ」
「……わ、分かった……」
離すと同時に逃げ始める男。だがそっちは便所のマークが見えてはいるけど、逃げるには全然向かない場所じゃないか?
まあ、恐怖しているとこんなものなのだろう。
「立てるか? 車に乗って」
「あ…………あ、ぅ、あなたは……?」
「アタシはアルティシア、女性の味方だよ」
表情がない。この女性はどれくらいの間、拘束されていたのだろうか? とにかく車に案内してここから離れたいところだ。仲間が居るかも知れないし、逃げて行った奴も気になる。
車へ移動する途中で彼女の首輪を外してあげた。
男物のベルトで、厚さは五ミリ程度だが幅は五センチくらいになるかという革製のモノにバックルで短い部分に穴をあけただけの、簡単に作られた首輪であった。
これを首に繋げるなんてどうかしてる、というか人間性がねじ曲がっているとしか言えない。
念の為、エメルダを後ろの席へ乗せて囚われていた女性を前に乗せる。これは男性に対して恐怖心があるかも知れないという有田の気遣いであった。半裸の女性はやはり有田達と同様に年齢が二十くらいに見える。少女と言えるような身長だ。
車に搭乗し、少女にはとりあえず水と着るものを与えてグイっとバックして池袋方面へ戻る。元はふわふわした可愛いボブカットだったのだろうが……今は見るだけで痛々しい。
「なあ、アリちゃん……人殺しだぞ」
「分かってるよ」
言いながらセイヤとショウはこの事態に抱き合ったままだ。これは仕方ない事ではある、何しろ中身は女性なのだから。怖い思いをさせてしまったかも知れない。だが、それは有田もまた同じである。人を殺す事に全く抵抗が無い訳じゃない。
エメルダは元に居た世界が戦争をしていたという事もあり、それ程の動揺は見られないが。
セイヤは考えていた。――――もしかしたら男だから殺したのではないかと。
もしそうなら自分の身も危ない。
「こんな槍なんか作って……これが……」
言葉を詰めるセイヤに「あったから助けられたんじゃないか」と当然のように繋げる有田。
そう、これは人殺しではあるが人助けという名分もあったのだ。
「アルティシアさんは悪くないです……、本当に助かりました……」
力なく、少女はうつむいたまま、やっとの想いで言葉を口にする。
「アタシも間違った事はしてないつもりだよ」
「でも、何も殺すことなかったんじゃないの?!」
セイヤの言う事ももっともだ。人を殺めるという事は法律で違反しているし、そもそもそれが簡単に行われるようになれば自分の身だって危ない訳だから。
だが、更に有田は言葉を続ける。
「もし、さ、アタシが捕まったらアンタら助けに来れた? 悪いけど、アタシはアンタらを戦力としては見てなかったよ……アタシも同じ目に遭ってたんじゃない?」
三日目の午後三時――――。気不味い沈黙の中、一行を乗せた車は池袋Sビルへと向かう。