エルフが出たらそれもうファンタジーだ
「これを教科書にすれば間違いないぜ!」ペラッペラの薄い本に釣り合わない値段。その本を手にしてエルフの少女は言った。「コレガキョウカショニナルノ……」「なる訳……っておいっ! 食いつき良すぎだろ!!」魅入るようにその薄い本に目を落とす彼女。せっかくのキレイどころが汚されていく……。
こうなる前の昼間。一旦集まったメンバーで一番最初に確認しなくてはならない項目があった。――――ビルの停電。これはここだけなのか、それとも街全体なのか。これはどうしても素通り出来るような問題じゃない。何時からこうなったのかという問いかけも、結局空振りである。
「これは車とか見つけた方が良いんじゃないか?」セイヤが事も無げに言い放つ。「俺はペーパーなんだよなぁ」と、運転には自信がない事を主張する有田だったが。
「ボク、免許もってないょ」
「俺も実はないんだけどさ……アリちゃん、運転頼めないかな?」
「ええ? 運転出来るから提案したんじゃないのかよ……」
明らかに不満の声を出すが、車を運転したほうが確かに動くのには便利が良い。結局、その提案は受けざるを得なかった。ペーパードライバーではあるが、運転した事のないやつよりは良いだろうし、それに殆ど人が居ない訳だから事故の心配もない。
まずは鍵の付いてる車を探そう、という事になり車の多そうな場所で最初に思いつく場所の駐車場。Sビルにも駐車場はあるが地下なので、電気が使えない今となってはそこはただ暗い場所。
結局外を探す事にした。
外に出て、道路の状況を見てみると意外な事だが……事故が全く発生していない。これは何を意味しているのか? もしも運転中に人が車の中から消えれば? それはすぐさま大事故に繋がるだろう。その痕跡がどこにもないのだ。
考えてみるとこれはかなりミステリーだ。
ただ単に、ここが変な世界だからで済む話なのだろうか? この先を考えればもしかしたらこの世界の事が分かるのかも……。「事故が起こってないのって、やっぱ偶然なのかね?」ポツリと呟く有田に「俺にも分からないよ」と、奇妙なポーズを決めて分からない事をアピールする。
それはイケメン限定の謎ポーズ、謎スタイリッシュだな……? 有田は自分でそんな格好をした事がないので理解は出来なかった。だがセイヤのそうした行動はショウにとってはいちいち痺れるシーンを見ているかの様に目を輝かせている。
なるほど、見せる相手がいる場合には有効らしい。
――――車を探すのは四十分程はかかっただろうか。軽自動車だが、オートマで運転は楽な部類。有田の持っている免許はマニュアルなのでどちらでも運転は可能だったが、やはり操作の簡単な方が気が楽だと思う有田。
何しろ、ドライブ、ニュートラル、パーキング、バック、四種類だけ覚えればそれで運転が可能なのだ。ハンドルの重さやスピードに関しては慣れて行くしかないのだが……。車の走っていない大きな道路なら慣れていなくても、迷惑をかける事が無いのでカンタンだ。
「とりあえず、Sビルの周りを一周しようか」有田の言葉など届いてない。車の運転に慣れるまでは分かる道を走らなければ……。後ろに乗り込んだ二人は運転は任せたとばかりに周りの人影探しに目を向ける。
この二人は悪気は無いのだが、有田にとっては男同士でいちゃついているのがイチイチ引っかかった。
「そう言えば昨日話してたんだけど、聞いてくれる?」セイヤの唐突な物言いはもう慣れてきていた。「なに?」と適当に返事をして先を促す有田。
「この世界って十二種類の人間が居ると思うんだ」
「はい? 何の話?」
セイヤの声のトーンは割と低いが、その中でも更に低めに、隠された事実を話す探偵のような喋り口調で話を続ける。
「そうだな……心と身体の問題と言うのかな、つまり、心と身体が逆の場合とそうでない場合、これで四種類になるよな?」
「ん? まあ分かるよ、俺の心は男だが身体は女だもんな」
「それで、あとは好みの問題なんだけど、男が好きなのか女が好きなのか、これでも変わってくるよな?」
「え、そんな事ある?」
セイヤの話をまとめると『心』『身体』『好み』の三種類に、それぞれ男と女を入れて考えてみるというものだ。「それだと八種類じゃねぇの?」こんな有田の計算も最もだ。だが、更にセイヤは続ける。
「どっちでもOKってのが入ったりしたらどうだろう?」
バイセクシャル、両方イケル人。これが加わると……
男――男――男 これは完全なるホモだ。
男――男――女 これが普通の人。
男――男――バイ これは外見が男の両刀さん。
男――女――男 外見が女なのに中身が男、好きなのも男、変身願望でもあるのだろう。
男――女――女 これは有田。
男――女――バイ 有田の好みが男でも良くなった場合。
女――男――男 これはBLのセイヤ、ショウが喜ぶ。
女――男――女 やはり変身願望あり、女が男になって女を求めてる。
女――男――バイ セイヤ、ショウが、女の子にも興味を持った場合。
女――女――男 普通の女性です。
女――女――女 レズの人です。
女――女――バイ 女性のバイセクシャル。
これがセイヤの言わんとするところであった。
「どう?」セイヤがドヤ顔である。「どうって言ってもなぁ……」セイヤの言いたい事が分からない有田。
「つまり、アリちゃんのストライクゾーンはもしかしたら相当狭いかもって言いたいんだよ」
ストライクゾーンとは何の事やら……ここへ来てようやく真剣に考え始めた。有田の頭の中では女の子大好きなのはこの世界に来る前からの事だ。そして、相手にする場合……有田と同じように中身が男で身体は女……でも、女が好きというのは確かに有り得ない事もない。
だが、それは中身を知ってしまったら……男が中身だと知ってそれでも尚、女だからと抵抗無しにいきなりベタベタなんて……。有田は少し困惑気味に車のスピードを緩めた。
「あ、そうか、真性レズさんが居れば問題ないんだね!」
「そんな簡単に居ると思ってるのかい?」セイヤに間髪入れずに突っ込まれて、早々に無理だと悟る。そう。普通の女子だった人が目の前に居るんだから。
ああ、確かにと今更ながらに納得する有田。男が好きな男なんて、一回も会った事ない有田は……この現実をようやく思い出した。レズも見たことないな……。ネットなんかにはそう言うのも探せば載ってるかも知れないけど、電気の使えない今となってはそれも無理だ。
「俺って、あれか……もしかして終わってるのか」
「俺の言いたいことはそんなとこじゃない、俺達の事をキモイとか思ってるんだろうが、それは甚だ間違いだって言いたいんだ」
恋愛は自由に――――か。
確かに有田はキモイとか思っていた。でもそれは仕方ない事である。心が男のままなんだから。しかし有田にも思うところはあったのだろう。
「今までゴメン……ちょっと言葉に気を付けるよ」
「まあ、その、俺も言い過ぎたかもだ、悪かったな」
セイヤに普通にフォローされる事が有田にはショックだった。セイヤはこの現実をいち早く認めて、そして飲み込んだのだ。これからも試練が続くというのに、ショック状態は続く。
車はいつの間にか止まっていた。ブレーキに足をかけて放心状態の有田に「まあ、気楽にやってこうよ」と、セイヤが声をかけて先を促す。
ブレーキから足を離して、車をゆっくりと走らせていくが、まだ頭の整理が付いたわけではない。Sビルの二週目に突入する。
練習のつもりで二週目に突入した有田だが、これが思わぬ幸運となる。
――――人影を発見したのだ。
「おい、あれ見てみろ!」セイヤの興奮が伝わってくる。
「人がまだ居たなんて……もっと探せば居るかも知れないよね!」
有田も調子が戻ってきたようだ。
人影は耳の長い、髪の色は金髪のいわゆるエルフの女性の格好をしていた。この姿を見た有田の反応は「あ、エルフ耳とか付けれたのか!! もっとキャラ作るのに時間あればなぁ」等という誤解をしていた。
車を止めてエルフの女性に近づく。
「Es war gut....」良かった……と言っているが当然誰も訳せない。「あれ、この子……何語?」セイヤがいち早く反応して言葉にするが「ええ?! 外国人……なの?」当然有田も困惑気味である。
「Gibt es jene, die Sprache verstehen? 」言葉の分かる人は居ますか? 居ません。気不味い沈黙が場を支配する。この人は本場物のエルフさんのご様子。
「Dieser Ring....」この指輪を……。これはゼスチャーでなんとなく分かったようだ。
「ボク、リングって聞こえたんだけど……」
「お、そうなの? 全く聞き取れないと思ってたよ……英語?」
「俺は分からんなぁ……アリちゃんも分からないの? ……指輪貰っとけばいいのか?」
こんな時はイケメンは便利である。爽やかに挨拶すれば大概許される。
セイヤが代表で指輪を貰った。「Legen Sie bitte darin ein.」嵌めてください。これもゼスチャーで伝わる。この程度ならゼスチャーだけでやり取り出来るのだ。
ギャルゲーだけでなく、RPGをもやり込んできた有田だ。この指輪にはピンと来るものがあった。これは会話が通じるようになる例のアレですな、と。これはもはやお約束なのでこれ以上は追求しないでおこう。
三人共が指輪を貰うことになって軽く自己紹介タイムに突入した。
「ワタシ、エメルダ、セイヤ、ショウ……」会話は全部の会話をカタカナにして読むくらい聞き取りにくかったが、それでも会話が通じるというこのお約束。「あ、俺は有田いしぉ……」言いかけて止めた。なんだか自分だけがあんまりカッコよくない。有体の名前のように思えたからだ。
「アルテイシオ?」と聞き返すエルフの女性に、ビクリとして有田はそのまま硬直した。あれ? なんだかちょっと良い名前じゃない? しばらく考えた末に。
「私の名はアルティシアと言います」
自分で名乗っておいてなんだが、割と良いネーミングだと思う有田であった。
それから、アルティシアと名乗る事を決めた有田に、アルちゃんの方がいいか? とかボクアリちゃんで呼びたいだとか色々言われるのだが、一人おいてけぼりのエルフ少女。
「オナカスイタ」……とにかく今までのやり取りから、なんとなくはエルフなんだろうという事は推測出来てはいたのだが。この世界の常識の無さや、特にコンビニで適当に食料を漁るという発想がない事から、もはやエルフである事は疑いようのないものに変わっていた。
コンビニの弁当はそろそろ賞味期限がヤバイ。とは言えこれを食べるのが一番だろうとエルフの少女にコンビニ弁当を手渡す。もちろん、箸の使い方なんて知らないだろうしフォークを用意して食べる物だと説明した。
……泣き崩れるほど美味しかったのは幸いだ。少女は弁当を泣きながら食べていた。
確かにここがどんな世界か分からない状態で迷い込んだのなら、コンビニも知らなければスーパーもデパートも知らない。一人で、知らない世界に来て、食料も調達出来ないなんて……どれだけの苦痛だったのだろう。
有田達三人は、食事を済ませると今度はセイヤから提案が挙げられた。「アリちゃん、ちょっとその……服装なんとかならない?」
「え? なんとかって……」
さすがに女性がサイズの合わない男物の警備服というのもやはりオカシなものだ。
「まあ、今日は車もあるんだし、ちょっと街を探索しがてら、色々回ってみない?」
「おお、それなら俺も賛成だ」
「ボクもそれが良いと思う……」
エルフの言葉遣いに、まだ疑問符は残っているが……街への探索へ出発する事になる。
「燃料はまだ半分は残ってるな……」どこから回る? とりあえずはアリちゃんの服かなと、セイヤの意見で服を探す事にする。「俺スカートとかまだ履くのは抵抗あるんだよな……」と主張する有田だが、ちょっとミニスカの美少女を思い浮かべてニヤリとする。セイヤとショウは既に服をお洒落に着こなしている事から、そんな風に着飾るのも普通になるのかも知れないと有田は思う。
移動するとして、車に乗る際にはエルフには少し恐怖感があったようで、大丈夫だと代わる代わる説得してどうにか車への搭乗に漕ぎ着けた。
「後は、日本語を覚えた方がいいと思うんだよね」更に続けるセイヤ。どうすりゃいいのかね? と続ける有田に、セイヤは進路を指示。向かった先は、いわゆる本屋さんである。普通に本屋というというよりも、いわゆる本屋さんと言った方がしっくりくるような店構え。
そこは薄い本を大量に扱っている、専門の店であった。
「これを教科書にすれば間違いないぜ!」ペラッペラの薄い本に釣り合わない値段。その本を手にしてエルフの少女は言った。「コレガキョウカショニナルノ……」「なる訳……っておいっ! 食いつき良すぎだろ!!」魅入るようにその薄い本に目を落とす彼女。せっかくのキレイどころが汚されていく……。
セイヤ曰く、こういったモノの方が興味を持ちやすいだろうと言う事だった。確かに少女は興味津々で、ひとつずつ文字を「あいうえお」から教わる事になるのだ。エルフの少女と、それを教えているセイヤの姿に嫉妬する残りの二人。だが、嫉妬する相手はズレている。
ショウにとってはセイヤを取られたようで面白くないし、有田はセイヤが少女を助けて居るのが面白くなかった。そのポジションは俺の役目なのにとでも言いたいのだろう。
エルフの少女エメルダにとっても、セイヤは優しく頼れる「ニンゲン」であったし、有田の事は同性のそして車を運転出来る人という印象くらいしかなかった。
微妙な四角関係がここに成り立ち、この奇妙な世界の二日目の午後が過ぎてゆく……。