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走馬灯パンチ

 アルティシアの頭の中では、棍棒だとかの打撃系武器しか持ってないものなんかは全く相手にならないザコであった。

 だが、そうした油断が相手の勝機を掴むキッカケになり得るという事を、未だ経験していなかった。

 それが一番の原因であろう、そして後悔を繰り返しているうちにどんどん不安になっていくのも、本来なら居るはずの味方が居ないという状況が故だ。






 こう・・なったのは魔法の短剣が折られてしまったからだ。

この短剣はエメルダから譲り受けた武器で、一人無双状態のアルティシアを作り上げた『風の力』を宿していた短剣だ。

 刃が欠けてしまっても一応風の刃を作り出す事は出来るので、戦うことは出来る。

 だが、相手が同じように飛び道具として棍棒を投げつけてくるこの状況は優勢とは言い難い。


 飛び道具同士の戦いなら……人数が多い人食い鬼オーグルの方が有利だ。まともに戦ってはダメで、隠れながら、相手に気付かれないようにしながら風の刃を飛ばす。そうして逃げる方向は一旦車の向かった方向とは別方向に誘導するつもりで。


 しかし、これがどうしても数が減っていかない。


 そうこうしている間に日が暮れてくる。これで行軍速度は落ちるだろうと予想していたアルティシアであったが、実際に目で確かめる必要があった。

 モンスターを目の前に逃げ帰るというのは、RPGでは経験がない。

 それが自分ひとりではかなわない相手を対象にした偵察のような行為なのだが、これをしたことがなかった。


 今は気付かれないように、そして迅速に戻る……。


 最近の夜の様子というのを全く考えてなかったアルティシアだったが、今日この日がもし月が出ない夜であったならどうか。

 相手も動けないがこちらも動けないだろう。

 しかも、こちらは睡眠を取ることは出来ないという予想と帰って皆を安心させてやりたいという気持ちとがある。

 これは、夜になる直前には帰り道に敵が居ない状態まで振り切らなければ詰んでしまうという事だ。


 ……未だバタバタと動き回っている人食い鬼オーグルであったが、今は気付かれていない。夕方になり、もうそろそろ潮時である。

「よし、帰れそうだな……」


 急に皆が恋しくなるアルティシア。


 さっきまで必死で、考える暇もないほどの緊張感の中にいたので気付かなかったが。これがようやく終わると思うと皆の顔が浮かんでくる。

 パトロール、巡回に出かける事はこれまでに何度もあったが、これが帰れないような日は一日としてなかったのだから。






 帰れる場所がある事が実感出来る一瞬であった。



 一方のリサ達の様子は……アルティシアの奮闘もあり、お産に集中する事が出来ている。

 その奮闘している部分は違っているし、互の状況は分からないのではあるが……。


 リサの苦しみは各々が理解していた。アルティシアに対しては誰もが一目を置いており、中でもリサはずっと同室で、アルとリサで呼び合う仲で。

 そして恋人同士である事も、全部理解してくれていて。

 だからこそ、心配させまいと、気を紛らわせるような話を聞かせてくれたり。


 日が暮れて、出産の第二期を迎えると、リサの方も出産に集中するしかなくなった。この世界のメンバーで、出産を経験しているのがお城からのヘルプであるトメという女性。

 五十歳に届きそうな、戦国時代なら大往生のお付きの一人。


 女性陣だけがお産の準備に召集されていて、完全にトメの仕切りで出産を迎える事になる。


「大したものですよ……僕なんて医者であっても産婦人科ではないですし、あれなら任せておいても大丈夫でしょう」

「ボクも追い出されちゃったょ」

「俺達くらい良さそうなモンなのになぁ」


 事情を説明しても説明が付かないこの二人の事は、トメには知らされていない。なので仕方のない事ではあっても、それでも分かっていても口にしてしまうのは……無言でいる事が出来ないという、つまり落ち着かないという事。

 それに、日も暮れても人食い鬼オーグルの気配が感じられない事で、このまま無事に出産出来るのではないかというような、ちょっとした気の緩みもあった。


 これは、襲われないのなら下の階に移動してお湯を使いたいという状況でもあるからだ。


 温泉のお湯は使っている人間が注意すれば衛生的にも良い。特にこの世界では水は貴重なのだ。ペットボトルの水を沸かしてというのにも限界があるし、食器を洗うのも全部こなそうとすればどれほど水を使うのか……。


 蛇口を捻れば清潔な水が出る、そんな現代がどれほど恵まれているのか……。


 本来なら出産シーンにはお湯は付き物だが、何故必要なのか? 助産婦さんの手を洗ったり、赤ん坊を綺麗に拭うために使う布であったり、そうしたものを使わないと感染症になる恐れもあるからだ。

 だが、こんな状況でそんな事も言っていられない。


 沈黙の中で、こうした事を悩んだりしていると。


 とにかく息が詰まる。


 そんな中で知らされる一報。

「あれ、オーグルじゃないですか?」


 ローガンが不意に外に視線を走らせて気が付いたのだが、これはアルティシアの足止めが効かなかったのか、それとも抜け出てきたのか、新しくこの世界に落ちて来たのか。

 急に緊張感が高まる。

「俺が知らせてくる、見張り頼むゼ」

「分かったょ」


 静かに産めというのは無理な相談だろう。だが、見つかった人食い鬼オーグルの数が多いので静かにやり過ごして、無人だと思わせておいた方が今は安全か。

 こんなタイミングでなければ大勢で逃げるという考え方もありだろう。






 リサの部屋の中では状況が伝えられて、それでも唸り続けるリサに猿ぐつわを噛ませる。こんな状況なのでこれがベストなのだが見た目には酷いと言った印象が残る。

 トメ、スミコ、他に六名も女性が居て女手は足りているが、問題は人食い鬼オーグルだ。

 この人食い鬼オーグルは東京方面からやってきた一味であり、人間の住処を探すことに長けていた。


 ――――ソーラーパネルが仇となる結果になったのだ。


 集まりだす人食い鬼オーグルの群れと騒がしくなる一階部分。バリン! と大きな音を立ててドアのガラス部分を破られる。そこから中へ手を忍ばせて鍵を開ける。

「裏口からも来てるゾ!」

「僕が行きますよ! こんな時に役に立てなくて何が医者なんだって……腹立たしいんだ!」

「僕だって……アリタさんを一人で置いてきてしまったのに、これ以上格好悪い事出来ないです!」


 裏口から侵入して来たのは少し他のものよりも大きめで二メートルを超える。そんなのを相手に怯むなというのも難しいものだが、裏口付近で目標を補足した頃合に赤ん坊の泣き声が旅館内に響き渡る。

 これが、最後の勇気を振り絞るひと押しとなった。

「「うおおおおおお!!!」」






 一方でアルティシアはやっと帰れるという頃合に、油断。

 物陰から突然飛び出した人食い鬼オーグルにがっつりと胸ぐらを掴まれてそのまま壁に投げつけられる。背中から叩きつけられて一瞬だけ息が出来なくなっていた。

 いつものワンピースから見える流れるように美しい脚、これを掴まれてガブリと――――。


 帰ったらやりたい事は、まず子供に名前を付ける事だ。

 セイヤにまだ決めないのかとツッコミを入れられるシーンがアルティシアの頭の中に流れている。リサと愛し合った日々、お城が突然現れた時、畑を紹介した時。

 次々と頭に浮かんで来る様子は、走馬灯。


 ……機動力を、足を失っては逃げるどころではない。

 つまり食いちぎられたなら、即アウトなのだ。


 その食いちぎられるという刹那、終わったと、心の底からあきらめた。







 ガブリと食いつかれた部分に痛みはなく、ただ、舐められているだけ。

 ――――死んだかと思ったが、これは男性には分からない、女性に訪れる場面。周りにはこいつ以外は居ない。独占を図った為だ。


 この人食い鬼オーグルから見れば、人間の女性はこの時点で抵抗出来ないし、された事もなかったのだから、これは必然の機会チャンスだった。

 パンツに手をかけて、いよいよ両手が塞がったこの機に合わせて渾身の右ストレートを見舞ってやる。


 ウゴオオと唸り声をあげるところへ至近距離からの風の刃を飛ばす。


 危機一髪、帰り道にあっても油断は出来ない事が証明されたのだ。

「今のは、一歩間違えば死んでたな……」

 返り血で黒く染まった顔やワンピース、折れた短剣とズタボロの見てくれになり、それでも帰り道を急ぐアルティシア。もう油断はない。






 旅館の正面玄関にはセイヤとショウがオオカミの召喚カード、残りの男四人が手製の槍で武装していて人数も多かったが、実戦を経験している人間が少なかったのが災いしていて、錯乱と恐怖から味方の足を引っ張る者が現れ始めていた。

 弱気な人間が一人いるだけで、どれだけ足を引っ張られるか。


 実際のところ、多人数と戦う場合にはこれは数が多い方が有利なのは誰でも知るところ。


 ではあるが、それ故の油断が生じる事はあまり知られていない。そんな場面に出会うこと自体が現代では希であるからだ。

 この人数でかかれば相手はビビるだろうと思っているから、それが油断に繋がる。

 ケンカ等では一人でも戦えるという事を効果的にアピールしてしまえば形成は逆転する。


 結局のところ、この油断とかそういったものが一番の天敵なのかも知れない。


 今回の戦いでは味方が弱気になるという一番避けたい自体が起こっていて、それはもう手遅れの状態にまで混乱が増している。

 セイヤ、ショウ達の正面口が突破されるのはもはや時間の問題……。


 滅茶苦茶に暴れている人食い鬼オーグルの群れに後ろから攻撃を加える人物が現れる。アルティシアだ。


 間に合ったのだ。


「アリちゃん! 大丈夫なの?! 血が凄いけど」

「ああ、これは返り血だから……それより、リサと子は?」

「生まれたょ!」


 正面はアルティシアが駆けつけたところで簡単に解決した。残るは裏口だが、こちらはエメルダが遅ればせながらの登場。

 ローガン達との挟撃により、こちらも呆気ないほど簡単にカタがつく。


 日が落ちて、人食い鬼オーグルの行軍は止まった。


 やっとの想いでリサの元にたどり着いたアルティシアだったが、子をそのまま撫でる事は許されない。トメから身体を綺麗に洗い流してこいと言われてお湯に浸かりに行く事となる。

 この間も当然見張りが立てられて、厳戒態勢のままだ。


「アルティシア!」

「お、エメルダ……久しぶりだね、仲間は見つかった?」


 身体に付いた血を念入りに洗い流し、お湯に浸かる。エメルダもそれに習い同じようにお湯に浸かった。まるで返事がないが、それがそのまま答えであり、いつもならここで会話が終わるのだ。

 今回もダメだったのかと悟るアルティシアに、エメルダが意外な言葉を繋げる。


「見つからなかった、けど、エドで人食い鬼オーグルが勢力を作ってる。

 アルティシア、私と一緒に拠点を叩きに行かない?」


「は? ええ? エド? 江戸……東京か、なんでそんな事分かったの?

 それが分からなきゃ……今はリサと一緒に居たいし」


「千年樹は別の場所と繋がってて、情報を得るにはいい場所なの。

 それでね、エドの街が一番人が多く落とされてるみたいで、モンスターも一番多いみたいなの。

 つまり、放っておくと人食い鬼オーグルが今日の比じゃないくらいになっちゃうの」


 一番人の多い場所、東京。そこからなんの準備もなくこの世界に落とされて、モンスターも当然多く落とされて、その中で生き残るのは……食料が人間である人食い鬼オーグルであったのだ。

 誰かがやってくれるという保証は全くない。

 最初の人間として、勝ち取らなければ、この世界は人間の住めるような世界では無くなる。

 食料として、家畜のように生きることは出来るかも知れないが。





 世界を救うだとか言うけど、これは救うなんて生易しいものじゃない。


 人食い鬼オーグルから見れば、それは救われた訳ではないし、むしろ侵略された事になるのだから。もしも早い段階でこれが出来るのなら……。

 やるべきだ。


 勝ち取るしかない。


「……分かった。アタシとエメルダが居ればやれるよね」


 リサになんと言ってここを出ればいいのか。頭を悩ませるアルティシアと了承を貰えて安心するエメルダとが、この世界のこれから・・・・を賭けた戦いを仕掛ける。


 この世界に落ちて十ヶ月という期間はこれ程までに常識を変えていた。



大変更新が遅れて申し訳ありませんでした。


総合評価100ポイント、1万PVを超えて自信に繋がりました。

ありがとうございます!! m(_ _)m

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