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そろそろギャルに転職したいんだが

「あれ、俺……女になってる?!」


 思わず発された言葉は、言葉よりも声の方が本人にとっては意外だったようだ。声も女性の発する声そのものになっていたのだから――。


 驚きと共に身体の異常がないか、隅々まで手を這わせてみる。胸……なんとふくやかで柔らかいのだろうか。しかし、期待した程の感触はなく、ただ自分の胸に手を当てて弾力を確かめるのと変わらなかった。有田が何を期待して胸の弾力を確かめていたのか……? それはもちろん、ややエロ行為である。


 さて、胸の弾力を調べたならその次はどこを調べるだろう? 男にあるべきものが女にはない、その場所へ手を伸ばす――――。






 こう・・なる日の前日朝、その日は有田が楽しみにしているゲーム会社が公式の発表で新しいゲームの配信開始をする日であった。全てはこのゲームソフトをダウンロードするところから始まったのだ。

 春先といってもまだ寒いこの頃。Yシャツの上に何枚も着込んで寒さを紛らわし会社に出勤する。Yシャツは仕事で着るから必要だから着ているだけで、普段着には選ばない。


 彼の名は有田石男ありたいしお、27歳にして婚期は全部逃したと自負するチャラい社員である。


 有田の勤め先は池袋にある有名な某Sビルである。だが、こんな大きなビルに勤めているからと言って、有田が特に有能であるという事はない。何しろ彼の時給は870円で準社員という扱い。仕事にやりがいを感じる事もなく、毎日の楽しみは休み時間に携帯ゲーム機で遊ぶ事。


 朝礼の前に少し早めについて、会社のWi-fi回線を使って新着のゲームをダウンロードする。始めるとすぐに浮かんでくるダウンロードの所要時間は……3時間という長さであった。


「ったく、容量もデカイし、これでハズレだったら……ま、どうにも出来ないんだけどね!」


 朝礼までに宿直室にゲーム機の設置を終えて休憩室へ。宿直、1日勤めて1日休んでを繰り返す泊りがけでの仕事だ。有田はこのビルの警備という仕事に就いていた。警備という仕事がチャラい奴ばかりだと思われては困るので一応解説しておこう。


 有田もチャラくはあるがそれでも責任感はあり、各隊員がそれぞれ責任のある仕事を任されている。例えばそれはビルの中の巡回であったり、防災監視版でカメラをチェックする事であったり、有事の際には痴漢行為を働く人間を取り押さえたり、酔っぱらいを追い払ったり。


 多少は身体の造りが良くないとそういった事柄へ対処する事が出来ない。有田はそういった暴力行為にも負けない為に日々の鍛錬もしている。


 宿直室を出てすぐのドアを開けると休憩室がある。そこには仕事仲間が屯っていて、そこで朝礼までの時間を潰しながら仲間と雑談……この雑談も日課のようなもので有田には良い気晴らしになっている。


「あ、お早うございます、有田さん」と、気軽に声を掛けてくるのは後輩で年上の小野という人物。他の場所で就職していてこの職場にたどり着いたその男は、身長は172くらいで体重が100kgに近いという姿。いわゆるおデブさん。……皆が皆、身体を絞っているという訳ではない。だが、これでも施設内の施錠やらシャッターの開閉などの仕事もあるのでこんなフォルムでも役に立っている。いや、仕事への姿勢で言えば真面目だし従順に上司の言うことも聞くので、こういった存在も欠かせない戦力である。


「小野さん、おはよっす!」年上の後輩という微妙な関係故に、お互いに敬語になってしまう。元々本来の喋り方は全く雑なものなのだが。

「早いっスねぇ、どうしたんですか?」

「ゲームの新作ね、ダウンロードしようと思ってさ」

「またギャルゲーですか? 好きですねぇ」

「いや? 今回は割とまともそうなMMOですよ」

「そっすかぁ、また、いいギャルゲーあったら教えてくださいよ?」


 こんなくだらない日常会話も実は今日までだと知っていたら有田の行動はもっと違っていただろう。だが、運命の先を見る事なんて誰にも出来やしない。


「はあ、某ゲームでさぁ、ピチピチギャルに転職したいんじゃ! って言ってるじいさん居たじゃん? なんか今なら分かるって気がする、もう色々リセット出来たらいいのにねぇ……人生ままならんわ」

「なんかあったんスか?」

「何にもない……なーんにもないから刺激が欲しいんだよ」

 

 刺激的な毎日、そんなものは……それはそれで大変なんだって事を今の有田に伝えてやりたいところだ。

 それから朝礼を終えて、エスカレーターの停止だとかのちょっとした事件くらいしか起こらずに昼休みを迎える。


「お、ダウンロード終わってる」


 ゲーム内容はSFであるがRPG。宇宙を舞台にしているにも関わらず魔法も出てくるというやや欲張りな作品。まずはキャラクター作成だ。


 有田のゲームをやり続けるモチベーションは、やはり美少女を育てる事で保たれている。当然、キャラ作成で作るのは女の子だ。「出来るだけ可愛くしよう、あと、剣士が好きだから……」と、自分の好みに合わせてキャラクターをカスタマイズしていく。


 画面には下着姿の女子が映し出されている。


「おおう、結構基本パターンのままでも可愛いもんだな……だが、やはり理想とする女子を操ってこそのモチベーションキープってもんだ!」


 徹底的に理想を追求しようじゃないかと有田のテンションが高まる。多分それは下着姿を見てなにかを即発されたのであろう。身長は高すぎず低すぎず……160cmくらいかな、あと、胸はこんなになくてもいいな、手足は細く、肌は真っ白に近いくらいで、ある程度分かるくらいの茶髪セミロングで……瞳の色は緑がいい。


 有田の好みに際限はない。昼休みという時間を目いっぱいに使い、そのキャラクター作成が終わる。


「って、まだダウンロードすんのかよ!」


 休み時間も無くなり、ロクに説明を見ずにダウンロード開始。あとは夕方頃のご飯休憩があるが、その時間はそれ程長くないし未だダウンロードが終わらない。


 夕飯、そして巡回、出入り口の施錠へ。人の出入りが無くなる時間になれば施錠して不審者の侵入を妨げる事になる。いつもの日常、いつも通りの業務内容だ。


 1日置きに甲班と乙班で別れて交代する仕組みで、有田の所属する班は甲班になる。その夜の仮眠時間についても警備ならではの交代制の仮眠となる。


 21時から夜中の2時までの5時間を仮眠に当てる早寝の当番と、2時から7時まで仮眠の遅寝の当番と。有田は今回は早寝。21時くらいにもう寝る時間になるのだが……そうそうこんな早い時間に眠くなる訳もなく、ダウンロードしたゲームの方が気になるのもあり、少し遅めに休む事になる。


 ゲームの内容は、冒険の始まり、序章辺りをプレイする事が出来ていた。


「これ以上起きてると、明日の朝がきついんだよなぁ……」と、ゲームを中断する。こんな何の変哲もない日常も、実はこれで最後。


 そんな事は知らずに有田は自分用のシーツを、いくつもあるベッドのひとつに用意して就寝する。


 





 翌朝、目を覚ましたのはもう朝であった為に思い切り飛び起きた。

(やばっ!)そう思って携帯で時間を確認する。……6時。ハッキリいって大遅刻である。


 それにしても、誰も起こしに来てくれないなんて……俺なんかやらかしたかなぁ?


 有田はまだ自体を把握していなかった。とにかく自分の脱ぎ捨てた服を手に持って、ズボンだけはキッチリ履かないと不審者まっしぐらだし、自分のズボンをはく。……いきなりサイズが大きくなっている事を今更把握すると、色々な異変に気づいた。


 まず、慌てて警備本部へと駆けつけた有田だが、そこには本来居るべき責任者、班長の姿が見当たらない。班長だけじゃない、早寝ですでに起きている筈の仲間達も見当たらない。


 大きな事件でも起きたのだろうか?


 だとしても、本部に人がいないなんてのはありえない。ここで無線のやり取り、その指揮を執るべき場所なのだ。どうにも自体が飲み込めないまま……とりあえず、一口、何か飲み物が欲しい。


 焦っていると、どうしても喉が渇く。水道の蛇口をひねって自分用に用意したコップに水を注ぐ。……その水場には鏡がありそこでようやく異変の正体に触れる事となる。


 鏡に映る美しい少女。薄緑色の瞳は神秘的で……視線が離せなくなる有田。これを世間では目を奪われうと言う。二度見などというレベルではなく釘付けになっていた。


「あれ、俺……女になってる?!」


 思わず発された言葉は、言葉よりも声の方が本人にとっては意外だったようだ。声も女性の発する声そのものになっていたのだから――。


 驚きと共に身体の異常がないか、隅々まで手を這わせてみる。胸……なんとふくやかで柔らかいのだろうか。しかし、期待した程の感触はなく、ただ自分の胸に手を当てて弾力を確かめるのと変わらなかった。有田が何を期待して胸の弾力を確かめていたのか……? それはもちろん、ややエロ行為である。


 さて、胸の弾力を調べたならその次はどこを調べるだろう? 男にあるべきものが女にはない、その場所へ手を伸ばす――――。


「あ……んん」


 女性の身体はなんと敏感なんだろうか。だが、これ以上ここで、仕事場でいきなり身体を調べるなんて事は出来ない。というかそういう気分になるよりも、誰も居ないというその事実の恐怖がのしかかって来ていたのだ。


 有田は思う、これは夢の続きなのか? と。


 しかし、どれだけ時間が経とうが事実を把握できないまま、時間だけが過ぎていく。


 本当に誰も居ないのか……? というその疑問を解決する為には……何をしたらいいんだ……? そうだ、無線! 数台ある無線機の中からひょいと無線機を手に取り、無線に向かって問いかけてみる。


「こちら有田より、01マルイチ応答願います」


 ……当然の如く、返事は返って来なかった。


 どうしよう? という最初の不安は色々な疑問を呼び覚ました。このまま誰にも合わなかったらどうしよう? 会ったとしても自分が女になってしまった以上、普通に接する事が出来そうもないよな? 言葉遣いとか変えた方が良いのか? 中身が男だとかバレないようにするべきなのか?


 考えれば考えるほどに……鬱。


 こういう時、ストレスのスッキリ解消って言ったらアレしかないよな……有田はこんな時になっても、いや、だからこそだろうか。女体の神秘について、調べ尽くしてやるかな……などと本気で考え始める。


 有田の頭の中では、筋が通っていた。身体が急に女の子になったらやりたい事。ピチピチギャルに転職したら何がしたかったのか。その性的な欲求には全く素直に、身体の芯がシビれるまで……。


 急ぎ、周りを見渡し……もう一度仮眠室へ戻る。


 暗がり、基本的にここは暗室であり、秘密にこんな事・・・・をするにはうってつけの場所だろうと思った。何より、布団があるのがここしか思い浮かばない。


「では、失礼しまして」と、誰に向かってでもなく断りを入れて……始める。


 最初に確認する事としては「やや王道な身体の調査」はこうして幕をあげる。これが、この奇妙な世界での一日目となるのだった。



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