『一発触発』
「そりゃあ、楽しみだねぇッッ!!」
伊戯さんは、黒木さんにストレートに殴りかかり、黒木さんはそれを全ていなす。
黒木さんは隙を見て足払いをかけようとすると、伊戯さんは跳んでそれを回避。
そのままかかと落としへともっていこうとするが、黒木さんは空中の伊戯さんを引っつかみ、背負い投げをしようと
する。
彼女もただ投げられようとはせず、すばやく受身を取って、
黒木さんが寄ってきたところを見計らって立ち上がりざまに蹴り上げる。
黒木さんもその足を華麗に避け、伊戯さんに低空姿勢での蹴りをお見舞いする。
その蹴りを避けた伊戯さんは空中で華麗に一回転、黒木さんの背後に回って手刀を繰り出すが、
黒木さんはそれをしゃがんで避け、伊戯さんのメイド服をまたひっつかみにかかる。
しかし伊戯さんは身の危険を感じたのか、後ろへと一回転し、また間合いをつめていく。
手に汗握る攻防である。
私もいつの間にか見入っていた。
あまりに早くて動きが見えない時もあるので、私が解説している以上の動きも交えているのかもしれない。
「いやー。やるじゃんお兄さん!!
もう彼氏とか飛び越してお嫁さんにしてほしいくらいだよ~~
てか、お兄さんの名前聞いてなかったなー、私。知りたいなー!!」
お互いの目と目を見つめあい、決してそらさず、隙を探りあう二人。
「あー。名乗り遅れたね。これは失礼した。
俺の名前は黒木佐白。
まだ若いからお嫁さん探しはのんびり行おうと思ってます」
イケメェェェェン、と効果音が聞こえてきそうな台詞である。
何がすごいって、お嫁さんになることをやんわり断りつつ、なおかつ少しの希望を持たせて
相手が「私にもチャンスある!」と思ってしまうような台詞を確信犯で言ってしまうことだ。
「そっかぁー。
まぁ、じゃ、私よりいい女がいなかったら選んでよー!
炊事、洗濯、闇のお掃除もできるからね!」
伊戯さん、普通のお掃除のほうがきっと好感度上がるよ。
闇のお掃除って何。どういうこと? そういうこと? え、どういうこと?
「にしても、黒木佐白かぁ……」
目をそらさずも、考え込むそぶりを見せる伊戯さん。
彼女はしばらく「うーん」と考え込み、やがてぽん!と手を打つと、黒木さんを指差して言った。
「ニックネームは、サッちゃんでどうかな!!」
ヒュッと風を切る音が聞こえたと思うと、黒木さんの全力の回し蹴りが伊戯さんのガードした腕に当たっていた。
嫌だったんだ!!
黒木さん、そのニックネーム嫌だったんだ!!
「サッちゃんはね、黒木佐白っていうーんだ、本当はね!
みたいな……!! 可愛く、ない!?」
ギリギリと抑える音が聞こえて、伊戯さんも余裕なんてないはずなのに軽口を叩く。
この人も相当な見栄っ張りのようだ。
「可愛いけど、俺の可愛い系男子じゃないから……ッ
残念ながら却下しちゃおうか、な!」
抑えられていた回し蹴りは、力を振り切り、彼女にぶつかる。
彼女は少し吹っ飛ぶが、すぐさま足を地に着け、ズザザー、と後ろに滑っていく。
どちらとも五分五分と言いたい戦いなのだが……。
「と、いうか」
黒木さんはフッと殺気を緩めた。
「君も気付いてるだろう?
俺が君より強いことくらい。
手合わせして相手の実力が分からないわけでもないだろうし」
黒木さんの、優勢である。
交し合いを続けてはいるものの、黒木さんはまだ一発も食らっていないのだ。
対して伊戯さんは、少しずつではあるもののダメージを受けてきている。
このまま行けば、
黒木さんが勝つ。
「う、うるさいなぁ。
最後に正義は勝つって、それはもう世界のルールなんだから
きっと私が勝つんだもん!!
最後まで見てなよ!!」
誰から見ても分かるくらい、動揺する伊戯さん。
手合わせしても中々あきらめず、見栄まで張ってしまうところを見ると
かなり負けず嫌いのようだ。
しかしそれに対する黒木さんはもっと負けず嫌いだ。
むしろ負けなんて認めない。
負けたりなんかしたら負けた相手を殺害しても勝ちを維持しそうな勢いがある男である。
「悪が正義に勝つ場合がほっとんどだよ、この世界」
ニヤァ、と笑う黒木さん。
美人がそういう顔をすると物凄く不気味である。
「アンパンマンだって、バイキンマンを毎度毎度ギリギリまで痛めつけてお家に帰している。
仲間に入れてやる素振りもない。
彼を倒すことで稼いでいるんだから、理解できる行動だけどね。
その行動は果たして悪とは言えないだろうか?」
何を急に言い出すんだこいつは。
普通に悪い人の例を出せばいいだけの話なのに、何故アンパンマンを選ぶんだ。
小さい子供の夢を壊しにかかっている。
「はっ……!! 確かに考えるとそうかも…!!
にっくきアンパンマンめ…!! いままで憧れてたのに!!」
ショック受けてる奴こっちにいたよ。
憧れていたようだ。
もういい年なんだから見るなよ。
「食パンマンだってそうだ。
敵の女を惚れさせて、あえて振ることもせずその好意を弄んでいる。
いつか利用してやろうと思っているんだよ!
応える気もないのに、ね!!」
ピッシャーと雷でも背後に付ける勢いで、伊戯さんを指差す
それはあからさまないいがかりだ!!
いくらなんでもそれは深く勘ぐりすぎである。
「あああああああ私の初恋の人なのにいいいいいいいい!!」
ショックを受けてる奴またこっちにいたよォォォォ!!
頭抱えてまでショック受けるな!! 見ているこっちが恥ずかしい!!
「ぐ、ぐう、許さん……。
私の心ギタギタにしたその罪、その身をもって払ってもらおう!!
うえええええんうえええええええん」
泣くな!!
隠そうともせず泣くな!!
見ていられない醜態を堂々とさらすんじゃない!!
それを見ている黒木さんはうれしそうである。
ドン引きしたくなるSッぷり。
黒木さんは泣かした女と拳をまた交えることにも躊躇いが無いようだ。
今度は普通に構え、彼女からの攻撃を待つ。
彼女は、叫びながら黒木さんへと向かう。
「そこまでだ!!」
低く、通る声が道場内いっぱいに、響き渡った。