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『第一回戦』

「さて、と。

 どっちから行きたい? 

 メルの実家か、叔母さんのところか」



 翌日、事務所の扉を気だるそうに開けた私に何のお構いもなく

 そう聞く黒木さん。



 さすがは『俺が楽しむために他人は存在する』がモットーの男である。

 かなりの暇人と言ってもいい。

 よくこんな経営方針で成り立ってるなぁと思うが、この事務所はこの男の暇つぶしと言っても過言ではないのだ。



「簡単に言いますけどねぇ黒木さん。

 どうやって家に上がりこむつもりなんですか?」


 そんないきなり押しかけたからと言って急に入れてもらえるわけでもあるまいに。

 


 と、私がもっともな質問をぶつける。



「なかなかいい質問をするじゃないか、みっちー」


 久しぶりにほめられた気がする。

 しかし、黒木さんはそう言った後、相も変わらず上から踏みつけるような笑顔を見せるだけで

 その後の言葉は続いて出てこなかった。


 ……要するに


「何も考えてないんですね?」


「臨機応変にやっていこうと思っているだけだよ」


 言い訳をさせたら天下一品である。

 すらすらと嘘をつくのがこの男の悪いところだ。


 私は呆れた視線を送り、とりあえず事務所の机に置いてあるメルちゃんに関する書類を見やる。

 昨日私がまとめたものだ。

 黒木さんがメルちゃんが来た初日に聞きだした事柄も一緒に記してある。


 そこにはメルちゃんの実家の住所が書かれてあった。

 それを右手でつまみ、黒木さんに差し出す。


「そうですねぇ……やっぱり最初は実家の方から向かうべきかと思います」


 勿論そこについてからのフォロー言い訳その他諸々は黒木さんに任せる気満々である。

 

 あくまでも私は引き摺り出されている、被害者なので。


「じゃあそうしよう」



 黒木さんは、まるでこれから遠足に行かんとする少年のような表情を見せた。

 いつもの作り笑顔や、嘲るような笑顔ではなく単純に楽しそうな笑顔。

 しかしその表情を見ているのも悪くないと思う私も末期だな、と感じた。




「でかい……で、でか……ひろい……でかいです、黒木さん」


「見たら分かるよ」


 初見の感想。でかい。また。でかすぎる。

 ええとこ育ちだとは聞いたが、またまたこんな豪華な家に住んでいるとは。

 洋風の家でこそないが、和風の家の豪華さというものは気迫を感じるものがある。


 玄関から扉までの道のりは長く、玄関もまた私達の背より高い。

 この角度から少しだけ見えるご立派なお庭では、初老の庭師さんが着物を着てパチパチと枝を切っていた。

 

 すっげぇ……。


「黒木さん……金持ちに、なりたいです」

 

 思わずほんのりと涙を流し、演技がかった口調で言う私に、黒木さんはニコッと微笑みかけた。


「諦めた方が身のためだよ」


 安西先生のように黒木さんは優しくなかった。

 知ってたけどね。

 黒木さんの風でサラサラとなびく髪の毛が流れる川のようで目を奪われる。


「で、どうします?」


「言っただろう、臨機応変に動くと。ここで最適の行動は―-」


 言葉を区切り、躊躇いもなくインターホンを押す黒木さん。

 な に し や が る。


 ピンポーン、と軽快な音が鳴ると、ブツ、と誰かがインターホンに出る音が聞こえる。

 機械越しに聞こえる独特のサウンド交じりに、


『はーい、どっちらさま~?』


 ご機嫌な若い声が聞こえたのだった。

 

 それに対する黒木さんの返事は、


「頼もう! 貴様のところの看板をもらいうけに来たぞ!!」


 はい、最悪。

 由緒正しき格闘技のお家相手に喧嘩を売る印象を与えるのは何か、と聞かれたら

 この一言だろう。

 考えうる限り一番アクシデントを起こす言葉である。


「ちょ、ちょちょ黒木さーん」


 ツッコミの手を一応出してみるが、黒木さんはアハハハと笑いつつ無視。


『ほう、殴りこみって奴ですな? 

 じゃあお客様じゃないね!! ため口聞いちゃうわよん!!』


 随分とうるさ…フレンドリーな人である。

 ご当主がいきなり出てくると踏んだこちらが早計だったか。

 これがメルちゃんの話に出てくるレイくんとは考え辛いので、


『アンタたちは私が相手で十分ですう!!

 今からそっち行くから待っててよ~~~!!』


 やはり殴りこみ、という方向で話がまとまってきている。



 ……いや、殴りこもうとしてるのはこっちなんですけどね。

 

 そう思うと苦笑いが止まらないぜ。


「知りませんよ黒木さん。格闘技のご本家に喧嘩売って殺されてもー!」


「まぁなせばなるってことで!」


 最後に音符でも付けそうなご機嫌語尾である。

 

 とかなんとか言っていると、ついに扉を開く音がする。

 事務所の腐りかけの扉が開くときと違い、威厳のある重々しい音だ。


 その扉を開けた主は、小柄な女の子だった。

 ぴょんぴょんと跳ねたショートカットが愛嬌良く跳ね、メイド服に身を包んでいる。

 格好から見て、彼女も使用人の一人のようだ。


 彼女はいきなり私たちを見かけると腕をかまえ、大声をあげた。

 そうでもしなければ、その長い道を挟んでたっている私達には声が届かないからだが。


「かかってこいやーーーい!!

 こてんぱんにして門下生にしてやるんだからねーーー!!


 あんた達の相手なんか私で十分なのよーーーー!!」


「んじゃ、遠慮なく」


 黒木さんはその言葉を聞いてずんずんと奥に進んでいく。

 私は慌てて後ろを小走りでついていく。


「ちょ待てーーーい!! 誰が入って来いって言ったぁーーー!!」


「今かかって来いって言ったじゃん」


 気がつくともうメイドさんの前にいた。

 さすがにあまりの遠慮の無さに驚愕した様子である。


「あーそうやって人の揚げ足取るのよくないんだよーーー!

 まぁいいけどね! 道場でやりあうつもりだったから入りなよ!! いぇー!」


 さっきは遠くにいたから大声だったのかと思ったが、

 ただの性格だったようだ。

 黒木さんを目の前に音量を下げずに話している。

 テンションが高い使用人さんである。


 最後のいぇーは最早なんなのか。耳の穴に指をつっこんでいる私。


 メイドさんがすたすたと家……屋敷?の中に入っていくのを、私と黒木さんでついていく。


 外観に決して劣ることなく豪華に広がる内装。

 写真に撮っておきたいほどだ。


 高そうな壷とか掛け軸とかが綺麗に、また所狭しと置いてある。




 しばらく歩いていくとメイドさんが足を止めた。

 ここがメイドさんいわく、道場なのだろう。


 その場所は畳張りで、要らないものは一切置いておらず、神棚と大きくかけられた「気迫」という掛け軸が

 印象的だった。


「さぁって、殴りこみさん、

 

 私とやりあっちゃったりしよっか!!」


 

 メイドさんは前かけのエプロンを脱ぐ。

 何だそれは。戦闘開始ということだろうか。


 黒木さんは特に何をするでもなく笑顔だ。


「君は結局誰なんだ?」


 と聞くことも忘れない。


「いきなり女の秘密探ろうとかしちゃってるわけー!?

 よくない! それよくないよ!!

 お兄さんすっごい格好良いから教えちゃうけど!! てゆーかほんとにかっこいいねお兄さん!!」


 このメイドさんの話の飛び方と言ったら典型的な女パターンだ。

 あっちこっちと興味が移るのか、それとも今更黒木さんの超美形オーラに気付いたか。

 いや、無視したり、気付かずにいられるほどこの人の美形オーラは生易しいものではない。


「私は東宮家にちーッちゃい頃から仕えてる伊戯いざれっていうの!!

 ご覧の通りメイドさんです!!」


「他の使用人はいないの?」


 小首を傾げる黒木さん。

 なんとあざとい。しかし可愛い。


「他の使用人は着物着てた人たち!!」


 途中で何人も着物の人たちとすれ違ったが、あれは使用人だったのか。

 にしてもペラペラと喋ってくれる使用人さんである。


「私は着物動きにくいから嫌なんだよねぇー!!」


「……で、俺らの対応をするのは君、と」


「そ!! ここは名のある東宮流を受け継ぐ家だからねっぱないよ!!

 何人もあんたのような人が来ちゃうんだよ~~!!

 まぁ仕方ないから私がそういう人に対応するんだ~私ってば働き者ですな~~!!」


「お山の大将はどこに?」


 そう言って、挑発的な笑みを見せる黒木さん。

 伊戯さんはその表情に気付き、挑発的な笑みを返す。


「さぁ? 私がぺらぺら喋る子だと思ったら大間違いなんだよ~~~ん!!」



 大分ぺらぺら喋ってると思いますけどな。

 しばらくたっているのもなんなので、ゆっくりと畳の上に腰を下ろそうとすると、

 彼女の興味は私にも飛び火したようで、

 こちらをチラ、と見て黒木さんと交互に見比べる。


「ねぇねぇ!! 格好良いおにーさん!!

 もしかして後ろのおねーさんとできてんの~~!?


 格好良いとこ見せようとここまで来ちゃったりしてるの!? いやー純粋ラブー純愛ラブー

 格闘技の中心地で愛を叫ぶってか!! たはーー!!」


 あ、今黒木さん思いっきり不快な顔した。



「あれは俺の足兼奴隷だよ」


 酷い言い様である。

 しかしそれは伊戯さんの笑みを深くするだけだった。

 

 そして注目すべきはくだらない話をし続けながらどんどん張り詰めていくこの空気。

 二人は自然体を装ってはいるが、どこかでお互いの隙を探っているのが分かる。

 

 一歩、一歩と間合いを詰めあっていく二人。


 

「だって! おねーさん!! じゃあおにーさん私が取っちゃおうっかな~~!!


 すっごい格好良いし!!

 ねぇ、私と付き合ってよ!!」


 なんと積極的。

 あ、物理的じゃなく、こう、恋愛的な意味で。


「俺がすきなのは家庭的な女の子なんだけどね」


「私料理とかできるよ~~~!! メイドだし!!」


「なおかつスリリング」


「できるできる!!」


 フッ、と笑う黒木さん。



「いいよ」




 その言葉をきっかけに張り詰めていた空気は一気に爆発し、









「俺に勝てたらね」






 二人はお互いに目掛けて襲い掛かる。






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